世界最前線の振付家による多彩なコンテンポラリーダンスを堪能した、ネザーランド・ダンス・シアター日本公演
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ワールドレポート/名古屋
香月 圭 text by Kei Kazuki
NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)プレミアム・ジャパン・ツアー 2024
『ラ・ルータ』(La Ruta)ガブリエラ・カリーソ:振付 『ワンフラットシング, リプロデュースト』(One Flat Thing, reproduced)ウィリアム・フォーサイス:振付 『ジャキー』(Jakie)シャロン・エイアール&ガイ・ベハール:振付
世界中から才能豊かな振付家やダンサーが集まり、革新的な作品を生み出し続けるNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)が2019年以来、5年ぶりに来日した。元 Ballet BC(ブリティッシュ・コロンビア、カナダ)の芸術監督として国際的な評価を得たエミリー・モルナーが、ポール・ライトフットからバトンを受け継ぎ、2020年よりNDTの芸術監督に就任している。
日本公演に選ばれた舞台は、2019年来日公演でも上演されたNDTのアソシエイト・コレオグラファーの二人の作品、クリスタル・パイトの『ソロ・エコー』とマルコ・ゲッケの『アイラブユー, ゴースト』に加え、ウィリアム・フォーサイスの『ワンフラットシング, リプロデュースト』、日本初演となるシャロン・エイアール&ガイ・ベハールによる『ジャキー』、演劇的でユニークな演出のガブリエラ・カリーソの『ラ・ルータ』の5作品だった。高崎芸術劇場、神奈川県民ホール、愛知県芸術劇場の3会場5公演で毎回異なる3作品を上演するという、特別なプログラムが組まれたが、筆者は愛知公演の初日を観た。
『ソロ・エコー』(神奈川県民ホール)提供:Dance Base Yokohama ©瀬戸秀美
愛知公演の初日は『ラ・ルータ』『ワンフラットシング, リプロデュースト』『ジャキー』というトリプルビル。
ガブリエラ・カリーソ振付『ラ・ルータ』は、今年のローレンス・オリヴィエ賞で最優秀新作ダンス賞を受賞している。タイトルはスペイン語で「道」という意味。文字通り、夜の人気のない道路に電灯が灯るガラス張りのバス停のセットが据えられ、クラクションや救急車のサイレンなどの街角のノイズ、そして照明の工夫によって車のライトが表現されるなど、道路がそのまま舞台に出現する。そこで悪夢のような出来事が次々と展開するのである。ガブリエラ・カリーソがフランク・シャルティエと共同設立した「ピーピング・トム」のダンスグループ名が表すように、観客は数々の事件の鮮烈な瞬間を「覗き見」することになる。
時系列で物語は展開せず、各シーンがランダムに提示される、という映画的な表現も試みられている。冒頭では、着物を羽織った日本人二人(髙浦雪乃と福士宙夢)が封建時代からタイムスリップしたような、時空のねじれを観客に感じさせた。明瞭には聞こえない関西弁のセリフもBGMとして流れるなか、福士は手にした棒をアクロバティックに振り回し、天狗のように高々と飛んで歌舞伎のように見得を切ってみせた。別のシーンでは、舞台上手から車のヘッドライトのような強烈な光が照らされ、スペイン語混じりのカーラジオのようなBGM、車のブレーキ音とともに、女性が車から飛び出し、悪態をつきながら道路に倒れ込む。片足を首の後ろに引っかけて転げまわり、ハイヒールを懸命に脱ごうとするシュールな動きはユーモラスでもあった。男が瀕死の女を担ぎ上げて踊るデュエットでは、女が暴れ回る魚のように男の手から逃げ出そうとした瞬間に、限界まで伸展した美しいポーズが表れた。轢かれた鹿の心臓を自分の体に埋め込まれた男は、胸部が暴れ出して、まっすぐ立っていることができない。男は頭や背中を思い切りのけぞらせて悶えるが、すぐに直立の姿勢に戻った。白鳥に追い回される哀れな男の姿もあり、ヒッチコックのホラー映画のヒロインを彷彿とさせる箇所もあった。両方の舞台袖から白鳥たちが現れては、男を拒絶して、カッコウ時計のように引っ込む様が、『白鳥の湖』の群舞のパロディのようで滑稽味があった。落石が道路にいる人々の頭に当たる場面はスローモーションで描かれ、男の抱えた岩が人々の頭に次々と当たっていく。衝突の瞬間を演じたダンサー一人一人の動きがコミカルに戯画化されて、笑いが込み上げてくる。ほかに、冷蔵庫のような物体のコードに触れて、ビリビリと感電する瞬間を捉えた表現、それから怪我をして脚の関節が壊れ、倒れそうになりながらも絶妙なバランスを取って歩く人間のグロテスクな動作などもあった。「事故に遭ったとき、人はどんな動きをするのか」という視点で、巧みにコラージュされた動きの数々は、ダンサーたちの高い身体能力がなければなし得ない、複雑で高度なコントロールを必要とするものだった。この作品では、ダンサーたちは劇場プログラムで「コラボレーター」と記されている。カリーソから出されたテーマについて、ダンサーたちが即興で演じて作品が練り上げられていったという。創作におけるダンサーの貢献度は高いのだ、とあらためて思った。
『ソロ・エコー』
提供:愛知県芸術劇場 ©南部辰雄
『ソロ・エコー』
提供:愛知県芸術劇場 ©南部辰雄
続いて、ウィリアム・フォーサイス振付『ワンフラットシング, リプロデュースト』が上演された。初演は2000年フランクフルトで、「テーブルダンス」とも呼ばれ、世界各地のバレエ団によって上演されているフォーサイスの代表作のひとつだ。フランクフルト・バレエに在籍していたエミリー・モルナーにとっても、フォーサイスの作品は思い入れがあるという。音楽はフォーサイスの作品を多数手がけるトム・ウィレムス。横5列、舞台手前から奥に向かって4列、合計20台のテーブルを引きずってダンサーたちが舞台前に進み出る。テーブルで区切られた空間を、ダンサーたちが縦横無尽に動き回る。学校の教室で休み時間にテーブルの間を無邪気に駆け回るのが大好きな子どもたちにも興味を惹く作品かもしれない。フォーサイスの緻密な振付の設計により、ダンサーたちは互いに合図を送り合い、複数のダンサーが同じ動きを開始する。シンクロした動きをするダンサーは隣り合った者だけでなく、離れた地点にいるダンサー同士が反応することもある。鍛え抜かれた肉体を持つ彼らは鞭のようにしなやかに動き、腕を机の上で滑らせる何気ない動きにも、隅々にまで神経を行き届かせていた。爪先までピンと伸びたダンサーたちの脚は、空中を振り下ろす刀のようにシャープな軌跡を描いた。平行棒の体操選手のようにテーブルに手をついて身体を振動させ、脚を空中に放つアクロバティックな妙技も見られた。刈谷円香と福士宙夢の日本出身の2人のダンサーもダイナミックな演技を見せていた。四半世紀を経てもなお、新鮮な魅力を感じる名作だ。
『アイラブユー, ゴースト』(神奈川県民ホール)提供:Dance Base Yokohama ©瀬戸秀美
『アイラブユー, ゴースト』(神奈川県民ホール)提供:Dance Base Yokohama ©瀬戸秀美
トリプルビルの最後に、今回、日本で本格的に紹介されるシャロン・エイアール&ガイ・ベハールによる『ジャキー』が上演された。エイアールはバットシェバ舞踊団でダンサー、ハウスコレオグラファーとしての活動を経て、テクノ・レイブのプロデューサー、ガイ・ベハールとともに2013年、ダンスカンパニー L-E-Vを設立した。
薄明りの中に、一塊のダンサーたちがおぼろげに浮かび上がると、その様子は水中で揺らめく海中生物のようにも見える。照明の光が強まるとダンサーたちの個体がくっきりと浮かび上がる。無駄な装飾がない肌色のレオタードをまとった彼らは、身体の線が露になり、彫刻のように美しい。細身の男性ダンサーが女性的に見えてくるなど、両性具有の印象も感じられた。冒頭シーンでは、坂本龍一作曲のレオナルド・ディカプリオ主演映画『レヴェナント: 蘇えりし者』のメイン・テーマが使われ、重厚な音でドラマを予感させる効果を与えている。もしこの作品がテクノ調の音楽で始まったとしたら、表面的な見方しかできなかったかもしれない。音楽は、彼らと長年協働してきたDJ、作曲家のオリ・リヒティクが手がけている。彼を取材した動画では、NDTのスタジオでのシャロン・エイアール&ガイ・ベハールによる振付の場に機材を持ち込み、動きを見ながら音を探る様子がカメラで捉えられていた。いわば、採寸して仕立てるオーダーメイドの紳士服のような作りだといえる。メインのパートでは、ドイツの実験的バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのインダストリアルな音楽に強いビートが加わり、全員が爪先立ちでほぼ全編を通して動き続ける。時折、群舞から離れたダンサーたちがソロを繰り広げる。シャロン・エイアールのダンスは、バレエの様式に則った脚部の動きに対して、上半身の動きは、耳たぶをつまむ、肩肘をもう片方の手で押さえる、片方の腕を腰に回す、1本の人差し指を高く突き立てる、足を痙攣させるなど、ダンサーの身体の各部に張られたアンテナから、違和感を感知しているような不安定さを醸し出していた。このような体勢で、ダンサーたちが自らの肉体を意識しながらも同じ波長に同調して踊る群舞は、実に官能的だった。ダンサー一人ひとりがビートの効いたリズムに身を委ねて踊る姿には個性があり、一糸乱れぬ古典バレエの群舞にはない自由さがある。終盤で、ダンサーたちは陶酔の極みへと上り詰めていった。観る側も舞台と同じリズムを身体中に感じて、心の奥底まで揺さぶられた。
今回の日本公演で上演された作品は、すべて振付家とダンサーたちの緊密な連携による創作のプロセスを経て、多くのダンサー間でソロ・パートが交代していくという構成となっていた。今後、NDTがどのような新作を生み出して舞踊芸術を前進させていくのか、その動向に注目していきたい。
(2024年7月12日 愛知県芸術劇場 大ホール)
注)今回公演の舞台写真については、NDTおよび招聘元により、愛知公演の『ソロ・エコー』および神奈川公演の『アイラブユー, ゴースト』のみとなりました。
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