『ボレロ』で終わった〈上野水香 オン・ステージ〉、スタンディングオベーションは鳴りやまなかった

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団〈上野水香 オン・ステージ〉

『白鳥の湖』第2幕より レフ・イワーノフ:振付/『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付/ほか

東京バレエ団が、上野水香の令和3年度(第72回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞記念公演の第2弾として、〈上野水香 オン・ステージ〉と題した特別公演を行った。上野がバレエ団の定年である45歳を迎え、この3月でプリンシパルとしての契約が満了することもあって企画されたようだが、今年でちょうど舞踊生活40年になるというから、二重の意味で節目の公演になった。なお、類まれな資質を持つ上野だけに、2023年度もバレエ団のゲスト・プリンシパルとして活動を続けるという。

上野は日本人離れした素晴らしいプロポーションの持ち主で、しなやかな身体性に恵まれ、抜群のテクニックも備えており、古典から現代作品まで幅広くこなしてきた。東京バレエ団の海外ツアーに加えて、海外の劇場のガラ公演に招かれるなど、世界の舞台での経験も積んだ。とりわけ、キャリアをスタートした牧阿佐美バレヱ団でローラン・プティの作品と出合い、2004年に入団した東京バレエ団でモーリス・ベジャールの作品と出合ったことは、彼女にとってかけがえのない財産になったようだ。
今回の公演では、そうした蓄積を活かした演目が選ばれた。上野がライフワークのように取り組んできたベジャールの『ボレロ』と、最も多く踊っているという『白鳥の湖』より第2幕(レフ・イワーノフ振付)を、A、B両プロのメインに据え、さらに、Aプロには彼女が挑戦したいと望んだルドルフ・ヌレエフ振付『シンデレラ』よりパ・ド・ドゥを、Bプロにはプティの『シャブリエ・ダンス』と『チーク・トゥ・チーク』を、それぞれ加えた。ほかに、東京バレエ団によるマリウス・プティパの『パキータ』とイリ・キリアンの『小さな死』という新旧の対照的な演目を加えた見応えある内容である。なお、上野の相手役として、長年アメリカン・バレエ・シアターで活躍し、現在はドレスデン・バレエのプリンシパルでバレエ・マスターも務めるマルセロ・ゴメスを招いたが、舞台稽古中に肋骨を痛めたため、一部の演目で降板する事態になった。3回公演の最終日のAプロを観た。

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『白鳥の湖』photo Shoko Matsuhashi

幕開けは『白鳥の湖』第2幕より。ジークフリート王子は、ゴメスに代わり、長年にわたって上野のパートナーを務めてきた柄本弾が踊った。オデットと王子が出会うシーンは含まず、王子が白鳥たちの中にオデットを探していると、オデットが登場してアダージオが始まるところから、四羽の白鳥や三羽の白鳥の踊りなどを交えて、オデットが白鳥の姿に戻って退場するまでが上演された。上野の凛とした姿はオーラを放ち、腕や指先で細やかな表情を伝え、柄本のオデットへのいとおしさが溢れるサポートに応えるように、しっとりとした情緒を醸した。王子と引き裂かれまいと激しく身体を震わせ抗う様は、悲しみにゆがむ顔の表現と相まって、これまでにない熱演だった。四羽の白鳥の踊りは見事にそろっており、三羽の白鳥もおおらかに舞っていた。続いて上演されたのは『小さな死』。キリアンは作品について「詩的でありながら、性的な行為がもたらすエクスタシーを風変わりなほどに意味ありげに描き出す作品」と語っている。6人の男性たちはフェンシングの剣をもてあそぶように操り、6人の女性たちは黒いトルソーを抱えてダンスし、また男女で6組のペアになり、それぞれが緊張感をはらんだパ・ド・ドゥを織りなした。無音の状態で始まった舞台では、モーツァルトのピアノ協奏曲のゆるやかな楽章が流れる中、意表を突く展開が繰り広げられていった。男性性を象徴するようなフェンシングの剣や、頭と手足をもがれたようなトルソーは示唆的であり、何とも意味深長な作品である。

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『白鳥の湖』野水香、柄本弾 photo Shoko Matsuhashi

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『小さな死』photo Shoko Matsuhashi

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『シンデレラ』photo Shoko Matsuhashi

第2部はヌレエフ版『シンデレラ』よりパ・ド・ドゥで始まった。ヌレエフ版では、チャップリンや映画「キング・コング」が人気を集めた1930年代ごろのハリウッドが舞台で、シンデレラは映画界に憧れる少女、王子は映画スターに置き換えられている。シルヴィ・ギエムに憧れる上野が、ビデオでこのヒロインを演じるギエムに魅せられ、今回の上演を熱望したという。初日はゴメスに代わりブラウリオ・アルバレスが上野と踊ったが、この日は予定通りゴメスが出演した。森英恵デザインのエレガントなピンクのドレスで着飾った上野は、ゴメスのサポートに初々しく応え、滑らかにステップを踏み、身体をしなわせてリフトされるなど、幸福感を噛みしめるように踊っていた。ただ、ゴメスは身体をかばって踊っているのか、今一つ燃焼しきれなかったのが惜しまれる。続く演目は『パキータ』より結婚式の場で、古典バレエの魅力を十全に伝えていた。プリンシパルは秋山瑛と宮川新大。秋山は空中でのポーズも美しくジャンプし、フェッテも鮮やかにこなし、華やかさを際立たせた。宮川もスケールの大きな跳躍をみせ、着地もきれいに決めた。ここで休憩になるはずが、上野とゴメスによる『チーク・トゥ・チーク』がサプライズのように追加上演された。タキシード姿のゴメスが、黒いハイヒールを履いた上野を引っ張り出し、テーブル越しに向き合ったり、一緒に上に載ってステップを踏んだり、飛び降りたりと、プティ特有の脚さばきも軽やかに、大人の男女の戯れを洒脱に演じてみせた。ゴメスにとってはこちらのほうが身体への負担が少ないのか、楽し気だった。以前はキュートさが勝っていた上野だが、今回は大人の味わいを出していた。

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『シンデレラ』photo Hidemi Seto

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photo Shoko Matsuhashi

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『パキータ』photo Shoko Matsuhashi

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『パキータ』photo Shoko Matsuhashi

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『パキータ』photo Shoko Matsuhashi

第3部は締めの『ボレロ』。上野の「メロディ」は繰り返し観てきたが、今回ほど気迫に満ちた、凄みさえ感じさせる演技はなかった。この作品を踊り始めたころは、音楽に敏感に反応しながら、赤い円卓の上でぽつねんと、ひたむきに振付けに向き合っていたものの、まだ自分の内から湧き出るものを表出しきれていないようで、次第に厚みを増していく「リズム」の男性陣にも対応しかねている印象を受けた。回を重ねることで自分なりの「メロディ」を見出してきたようで、今回はそれが花開いた。手の指を大きく開いて頭上に掲げ、リズミカルに身体を揺らし、肩をそびやかし、「リズム」の男性陣を鼓舞するように腕を振り、口から覇気を放ちながら、内にはエネルギーを漲らせていった。終盤にもかかわらず、ブリッジから立ち上がる力量はさすがで、クライマックスへとなだれ込んでいった。終わると同時に満場の会場から盛大な拍手が沸き起こった。上野からは「やり切った」というような表情が見て取れた。カーテンコールでは、上野に「リズム」の男性陣とゴメスから赤いバラが1輪ずつ贈られ、斎藤友佳理・芸術監督からは大きな花束が贈られた。スタンディングオベーションは鳴りやまなかった。
(2023年2月12日 東京文化会館)

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『ボレロ』photo Shoko Matsuhashi

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