「One heart 2022」演出・振付の針山愛美とウクライナのダンサーたちに聞く
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ワールドレポート/大阪
香月 圭 text by Kei Kazuki
国内外で幅広い活動を続けてきた針山 愛美は、ウクライナ情勢が悪化するとすぐにリヴィウ国立バレエのダンサー二人を受け入れて、チャリティ公演を開催するなどサポートを行ってきた。その模様はウクライナのダンサーとミュージシャンYOSHIKIの共演となって「24時間テレビ」でも放映された。また、「ウクライナ支援プロジェクト Awaji World Ballet」では、様々な公演やワークショップ、"学べる"コンクールを主催するなど彼女のアイディアはさらに広がりを見せている。10月2日には、豊中市立芸術文化センターで自身のプロデュースによる「One heart 2022〜世界平和への祈りと願いを込めて心をひとつに〜」公演が控えている。針山 愛美とウクライナのダンサー二人にオンラインで話を聞いた。
ーー10月2日に行われる「One heart 2022」のプログラムにある『One heart 特別版』一夜限りのベートーヴェン交響曲第九番「合唱」はどんな内容でしょうか。
針山愛美:『第九』は第三楽章の一部分から始まります。今回の私のイメージとしては「世界の平和」が念頭にあります。 些細なことで始まる諍いや歴史的に繰り返される国同士の争いが続くのをすごく悲しい思いで見ています。私が1991年最初に留学した年に 旧ソビエトが崩壊し、その後次々にウクライナ、カザフスタンそしてジョージアとなってそれぞれ独立しました。今回はウクライナ問題が焦点になっていますが、明日は日本もどうなっているかわからないなか、 今こそ一人一人手を取り合い、勇気を持って進んでいきたいという願いを込めてこの曲を選びました。
『第九』は喜びの歌でもあり、私はベルリンでも暮らしていましたが、一年の締めくくりの大晦日と新年には第九が街に流れ、人生の一年を一つ終えてまた一つ進むという、私の中の伝統ともいうべき意味合いもあります。先にコンセプトがあって『第九』を選んだわけではなく、何か曲をと思った時に『第九』がすぐ浮かんできたのです。
生演奏で上演することにはいつもこだわっております。オペラとのコラボレーションはよくやらせていただくのですが、いつか合唱との共演もできないかと希望しておりました。合唱やオーケストラ、そしてダンサーの方々が集まり、みんなで共演できるような作品を創りたいと思っていたので実現できてとても嬉しいです。創作にあたり、まず音楽からインスピレーションを受けて、場面ごとにぴったり合う踊りとコンセプトをはめ込んでいき、最終調整をしながら全体をまとめました。
ーー合唱とオーケストラにダンスが加わる作品ということで楽しみですね。二番目のプログラム「ウクライナの民族舞踊」はどんな内容でしょうか。
針山:「ウクライナの民族舞踊」は三部構成となっています。『ブレスカーチ』は「手拍子」という意味で、キーウ国立バレエ学校のマルガリータ・ドシャコワ先生がお作りになった作品です。ウクライナの民族舞踊を基にふくらませていったもので、マルガリータ先生ご自身と同僚のカテリーナ・エフチコーワ先生、そして元リヴィウ国立バレエのダンサーで日本に避難してきているネリア・イワノワとスヴェトラーナ・シュリヒテル、それに 日本人ダンサー6名も踊ります。
二曲目はチラシに記載されていた『ウクライナメロディ』の代わりに、ネリアとスヴェタ(スヴェトラーナ)の二人がウクライナへの想いを込めて創ったネオ・クラシック・バレエ『More Than Rose』が上演されることになりました。三曲目の『ゴパック』もやはりウクライナの伝統舞踊のひとつです。
ネリア・イワノワとスヴェトラーナ・シュリヒテル
© Mami Hariyama
リハーサル中のネリア・イワノワ© Mami Hariyama
ーーネリアさんとスヴェトラーナさんからも今回の公演についてお話をお聞かせください。
ネリア&スヴェトラーナ:二人で創った新作『More Than Rose』のバラは魂の精神的な状態を表しています。恋をしている人々の感情や恋人に裏切られたときに感じる思いをお見せしたいです。ほかにも、新たな作品の創作が進行中です。和太鼓とのコラボレーションがあり、ネオ・クラシック的なダンスもあります。
ーー大太鼓と共演されるのですね。
針山:はい、大太鼓との共演は一番の見どころのひとつだと思います。この作品のミーティングがここ数日立て込んでおり、まさに現在進行形のプロジェクトです。冒頭は上田秀一郎さんの太鼓の演奏に合わせて私がソロで踊ります。「強い心と信念を持つ和の女」というようなイメージです。その後、倉智太朗さんとのパ・ド・ドゥという流れになります。シャオさん(蔡 暁強)というアクロバテバットとミュージカルの踊りができる男性ダンサーによるインプロビゼーションも加わる予定です。コンテンポラリーのダンサーたちが炎の舞を踊り、私も変身して最後は10名位のクラシック・バレリーナが曲に合わせ、太鼓に合わせて踊るシーンが7分程度あります。最後に全員が出てきてフィナーレを迎えるという、全部で15分から20分ぐらいの作品になると思います。上田さんのメインの大太鼓に加えて、9名の伴奏の奏者が自分の太鼓を抱えながら登場し、舞台の中を移動していきます。
今、衣装も制作中で、墨絵のような柄の生地を用いています。先ほどもデザインの打ち合わせをしており、チュチュでもコンテンポラリーでも合うようなものにしたい、という私の思いも込められたものです。今やっとデザインが決まったところです。
ーー急ピッチで制作が進行中ですね。〈歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲〉と〈組曲「アルルの女より」ファランドール〉という演目についてお教えください。
針山:「カヴァレリア・ルスティカーナ」は好きな曲なので、イントロダクションとしてオープニングか間奏として用いることで、観客を夢のようなシーンへ誘う役割を持たせています。「アルルの女」は私が振り付けたネオ・クラシック的な作品で、活気あるテンポの曲に元気づけられます。こちらの作品では10人のダンサーが踊ります。
ーー今回、出演されるダンサーはどのように集めましたか
針山:通常、ダンサーをオーディションで選ぶ際には、3、4ヶ月前から彼らに対して出演を保証する必要がありますが、今回は8月末に公演の開催を決定してから本番まで時間もあまりなかったので、今年1月の「マラーホフより愛をこめて」公演にご出演いただいた方や、カザフスタンの世界バレエフェスティバルに30名ほど現地にお連れした時からずっとついてきてくださった方々、それからご自分の意志で出演を申し出ていただいた方、コンテンポラリーでは神戸女学院で私の生徒だった方々、その他の素晴らしいダンサーが出演します。
「One heart 2022」リハーサル © Mami Hariyama
ーー「Awaji World Ballet」を設立した経緯をお聞かせください。
針山:ご縁があり淡路島で一人で踊る機会をいただき、それを見た方に、淡路島でもぜひバレエを続けてほしいと言っていただきました。コロナ禍で様々な公演がキャンセルになる中、当初はほぼ一人でできること、一人でできる舞台を続けてきました。淡路島ではバレエを見たことがない方がほとんどでしたので、『白鳥の湖』とか『眠れる森の美女』を50分程度の短縮ヴァージョンにし、セリフを入れるなどミュージカルのような形式のバレエを制作したりしました。
今までお世話になった世界各地の先生方をお招きしてワークショップを開催したり、企画ごとに人材を集めるプロジェクト・カンパニーのようなシステムや、町の方々に学んでいただけるようなクラスを定期的に設けたいと思っていましたが、一人の力では限界があり、実現のきっかけをつかみかねていました。しかし、今年の2月にウクライナが攻撃される事態となり、旧ソビエトの時代からお世話になってる先生方などにメッセージを送り、生存確認をするようになりました。来日して以来、日本のことが大好きになったダンサーもたくさんいらっしゃるので、この淡路島に避難してもらったうえで私にできることはないかと考えるようになりました。発言しないことには何も始まらないと意を決し、ウクライナのダンサーの方々のサポートについてご相談させていただきました。兵庫県の方でも避難民の受け入れについて検討しているところだということで、私たちの提案に賛同していただいたので、まずはウクライナから避難してくるダンサーの方々を受け入れようということになりました。避難先でも自分が誇りを持っていることを続けてもらいたいと思い、彼女たちには踊れる環境を準備しました。
ーーネリアさんとスヴェトラーナさんが来日された経緯をお教えください。
針山:ウラジーミル・マラーホフさん、ヤーナ・サレンコさん、ニキータ・スハルコフさんといった、私が信頼するウクライナの方々にお声がけしたところ、ヤーナさんのお知り合いのネリアとスヴェータからすぐにでも日本に行きたいと連絡が届きました。彼女たちとお話してみて、すごく感じがよく誠意も伝わってきたので、5月に日本にお迎えすることになりました。
リハーサル中のスヴェトラーナ・シュリヒテル © Mami Hariyama
リハーサル中のネリア・イワノワ © Mami Hariyama
ーーネリアさんとスヴェトラーナさん、日本に避難した理由を教えてください。また現在の生活はいかがですか?
ネリア&スヴェトラーナ:家族や親しい人たちからは、私たちがウクライナから避難するようにとずっと言われ続けてきました。私たちは好きなこと(踊ること)を続けたくて、またウクライナのために何かをしたかったのです。日本で暮らしていると、自然がとても素敵だと思います。ウクライナでは得られなかった安心感をよく感じています。日本の皆様や演出のために来てくださる方々は私たちを歓迎してくださって感謝の言葉しかありません。でも、やはりウクライナの実家が恋しいです。とはいえ、淡路バレエは日々進化しており、今後はさらに舞台やバレエのワークショップなどのイベントが増えていくので、私たちも楽しみにしています。
ーー彼女たちが「24時間テレビ 愛は地球を救う」でYOSHIKIさんと共演されたのをご覧になった方も多いと思います。
針山:5月に来日したウクライナの二人を迎えて6月に開催されたチャリティー公演をテレビのスタッフの方々がご覧になり、その後、2時間にわたるインタビューが行われました。さらにミーティングを重ね、YOSHIKIさんと共演させていただくことになりました。私はバレエ・パフォーマンスの構成・振付・衣装などを担当させていただきました。
ーーネリアさんとスヴェトラーナさん、番組にご出演されたご感想をお聞かせください。
ネリア&スヴェトラーナ:私たちにとっても、とても重要なイベントでした。皆様にウクライナを紹介できたこと、また今でも戦争が続いていることを忘れないで欲しいというメッセージをお伝えすることができて光栄です。この機会を与えてくださった日本テレビの方々に感謝いたします。
ーー何事もミーティングを重ねながら大勢の人々を巻き込んで、スピーディーにプロジェクトを創り上げていくという感じですね。
針山:これまでたくさんのカンパニーや振付家の方々とお仕事をしてきましたが、創作の過程にはいろんなパターンがあります。カンパニーにはそれぞれのスタイルというものがあり、例えばベルリン国立バレエ団の『白鳥の湖』だったら、この振付家のヴァージョンというものがあり、決められた通りに踊る必要がありますし、明日の公演では別の振付家の版で、となるとすぐに対応しなくてはなりません。一方、インプロビゼーション(即興)的なコラボレーションでいろんなアーティストに特定の場所で会って、そこでインスピレーションをお互い感じて創作するというパフォーマンスの機会も数多く体験してきました。私自身、今後もチャレンジしていきたく、ワクワクする瞬間のひとつは、そういった即興性から生まれる化学反応によるクリエーションです。今回のように和太鼓が加わるというアイディアに対して、もう作ってしまったから「無理です」とお断りするのはすごくもったいないと思います。この方々ならついて来てくれると思うような少人数であれば、やっぱり最終日までは少しの調整でも加えたいというのが本音です。自分だけのソロの場合であれば、あの部分にはやっぱりこの踊りを使おうなどと、出番直前までいつも考えて変えたりしています。でもそれは あまりにも日本スタイルとはかけ離れていると思われますので、今回の『第九』のように大人数の作品では、ある程度のところまではきちんと決めて、それからはほとんど変えません。しかし、和太鼓の作品に関しては、これから創作が始まるので、いろいろチャレンジしていきたいなと思っています。それが終わったら、また次に向けていろんなイメージが湧いてくるでしょう。
他の分野の 他分野の方々とコラボレーションすると、自分の想像しなかったことが生まれてくるので、これからもマインドをオープンにしてそれらを取り入れていきたいです。『白鳥の湖』や『瀕死の白鳥』などの古典作品は伝統の部分を壊してはいけませんが、一方で万人にわかりやすく伝えるためにダイジェスト版でバレエの魅力をお見せしたり、幅広いクリエーションで表現の領域を広げていくことも大切なことだと思います。
「One heart 2022」リハーサル © Mami Hariyama
ーー最後に、今後の展望についても教えてください。
針山:13歳の時ソビエトに留学して間もなく戦車が街中を走るのを目撃し、ペレストロイカで世の中が激変する様を目の当たりにしたり、ヨーロッパやキューバなど世界中で踊る機会をいただいたりと、これまで様々な経験をし、その都度いろんな方々に助けられてきました。今度はわたしが皆さんのためにお返しをする番だと思います。
6月のチャリティー公演以後も淡路島での様々な企画を練っていたところ、公演の場所も必要だろうということで、恐らく日本初と思われるバレエ・テント・シアターを建設していただきました。8月にはシアターの立ち上げ公演を行い、その翌日からは10月の「One heart 2022」と、奇跡のようなスピードで物事が進んでおります。
私が以前お世話をして差し上げた日本の留学生も帰国したので、彼女たちもこのプロジェクトに参加してもらっています。また、海外に留学したかったけど今回の事態でできなかった方々が、逆にこちらで学ぶ機会というものも提供できるのではないかと、需要と供給を考えながら歯車をうまく回していきたいと思っています。
ウクライナの二人には、人生のこの時期に日本で過ごした日々が一生思い出に残るようなものにしてほしいです。また、彼女たちの舞台に触れた人たちが、人生を振り返ったときに「あれは素敵な舞台だった」と思い出していただければとても嬉しいです。その経験によってバレエを始める方やバレエの舞台をもっと見ようと思うようになった方、そして私たちの舞台を見て勇気やパワーをもらったりといった、舞台と観客との間でキャッチボールのように心の交歓ができることを願っています。
ーーご多忙のところ、本日はありがとうございました。公演のご成功をお祈りすると共に、今後ますますのご活躍をお祈りしております。
針山愛美プロデュース公演
「One heart 2022 〜世界平和への祈りと願いを込めて心をひとつに〜」
https://www.eiarts.art/oneheart2022
●10月2日(日) 17時30分開演
●会場:豊中市立文化芸術センター大ホール
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