『ロミオとジュリエット』の素敵なフランス・ヴァージョンを大いに楽しんだ、京都バレエ団

ワールドレポート/京都

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

京都バレエ団

『ロミオとジュリエット』ファブリス・ブルジョア:演出・振付

有馬龍子記念京都バレエ団が、パリ・オペラ座バレエ団メートル・ド・バレエのファブリス・ブルジョアの構成・演出・振付・指導による『ロミオとジュリエット』を特別公演した。パリ・オペラ座バレエ学校教師のエリック・カミーヨが指導に加わり、オペラ座バレエのプルミエール ダンスーズのロクサーヌ・ストヤノフとスジェのフロロン・メラックをゲストに招いた。京都市交響楽団を指揮したのは、やはりオペラ座のピアニスト、ミッシェル・ディエトランだった。

ファブリス版の『ロミオとジュリエット』にはプロローグが置かれている。ジュリエット(ロクサーヌ・ストヤノフ)の父、キャピュレ卿(山本隆之)がひとり書斎にこもり、最愛の娘の悲しい死に至るまでを思い起こし、回想記をまとめているシーンだ。書架を背後に置いたセットが、シェイクスピアの悲劇を基にしたバレエを始めるのにふさわしい雰囲気を醸した。私には、シェイクスピアが自身が書いた物語があまりに悲しかったために、じっと堪えている情景にも見え、なかなか味わい深かかった。

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山本隆之 撮影/瀬戸秀美

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藤川雅子、山本隆之 撮影/瀬戸秀美

ファブリス・ブルジョアの構成・演出は、登場人物たちのそれぞれの性格や人間性の特徴を捉えて描いている。
例えばモンテギュ家の一人息子ロミオ(フロロン・メラック)は、素直に育った明るい若者で、友人たちの人気者。当初はライバルのキャピュレ家の美女ロザラン(藤川雅子)に首ったけで、彼女にけんもほろろにあしらわれても、少しもめげずに追いかける。マキューシオ(金子稔)は表現力豊かで活力あふれる若者で、仲間のリーダー格。ロミオの親友だ。また、ベンヴォリオ(福島元哉)はモンテギュ卿(高橋弘典)の甥だが、長年対立して争いの絶えないモンテギュ家とキャピュレ家の小競り合いが起きた時も、懸命に仲裁に奔走する平和主義者。しかし、そのベンヴォリオの努力も虚しく、街の広場では小さないざこざから両家の主人と一族郎党までが繰り出す、大剣戟シーンにまで発展してしまう。そしてついにはヴェローナ大公(アンドレイ・クードリャ)が登場して、騒動を起こした両家の当事者を取り押さえ、ようやくいったんは収まった。
そこへロミオがひょっこりと戻って来た。
「ロミオ、どこに行ってた! 今の今まで、剣を抜き合って斬りあう命懸けの大騒動だったんぞ。」
「えっ、そうだったの、ボクはロザランにちょっと・・・」
「信じられない! モンテギュの一人息子が!」とマキューシオが叫んだようにも見えた。

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

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2008 福島元哉、土手紗良々、金子稔(左から) 撮影/瀬戸秀美

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金子稔、鷲尾佳凛 撮影/瀬戸秀美

多くのヴァージョンではロミオの友だちはマキューシオとベンヴォリオしか登場しない。だが、ファブリス版では、マキューシオの友人(福田圭吾、福田紘也、吉岡遊歩)の3人が影のように一緒に行動しており、生きの良い男性ダンサーたちの闊達な踊りの重奏が楽しめる。
ロザランに素気無く振られたロミオのために、みんなでキャピュレ家の仮面舞踏会に乗り込もうと決まる。通常版では、ロミオとマキューシオとベンヴォリオが門前でパ・ド・トロワを踊って、対立する家の舞踏会に潜入する意気込みを表す。ファブリス版では2組のトロワが踊られ、仮面と素顔の二重性をバレエ的に示唆する。そして全員が仮面を着けた本格的な仮面舞踏会なので、ミステリアスな雰囲気が支配し、両家が敵対していることによるスリリングな展開となり、非常におもしろかった。

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

舞踏会では、間も無く14歳の誕生日を迎えるキャピュレ家一人娘のジュリエットが、人生の最も美しい時期を迎え、ひときわ輝いている。舞踏会の主役のジュリエットは、仮面も着けず、父が結婚相手と決めているパリス(アンドリュー・エルフィンストン)と踊る。ロミオは、今宵の最も美しい花、ジュリエットにたちまち魅了されてしまう。強力な磁石に吸い寄せられたかのように見つめ合う二人。それを怒りを込め眼光鋭く睨みつけるキャピュレ夫人(瀬島五月)の甥のティボルト(鷲尾佳凛)。
女性の勘は鋭い。ジュリエットは、ロミオがキャピュレ・カラーの上衣の下にモンテギュ・カラーの衣装を着ていることをたちまち見破ってしまう。しかし正体を知った若い二人の恋はますます深まった。
そしてバルコニーのパ・ド・ドゥとなる。
ジュリエットはバルコニーから降りて中庭に腰をおろし、煌めく星空を見て舞踏会の興奮を思い起している。するとその後ろに、帰ったはずのロミオがそっと姿を現した。二人の愛を確かめる踊りは、自然な動きの中に初々しさを秘めたもの。伸びやかにそして実に情感豊か。そのまま自然な流れの中で二人は唇を触れる。この初めてのキスでは、ジュリエットは愛を知った喜びを深く心で受け止め、ロミオはロザランに振られた傷心が癒やされた喜びを表した。
バルコニーのシーンで見せたストヤノフのフレンチスタイルの踊りは素晴らしかった。ゆったりと優雅で動きに気品があり、とても魅力的だった。メラックは長身を活かした大きなラインと身体の中でオーケストラが演奏しているかのような生来の素晴らしい音楽性を現した。

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

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金子稔 撮影/瀬戸秀美

2幕の幕が開くと物語は速いテンポで展開していく。ヴェローナの街の広場の描写は、マクミラン版などでは娼婦が屯していたり、マルシェが開かれていたりとルネッサンス前の活気ある街をリアリスティックに表している。一方、ファブリス版では、マンドリンを使ったアクロバットの芸人たち踊りなどもリアルというよりも、人々の生きる喜びを象徴的に表そうとしている。
ここでは乳母(土手紗良々)がジュリエットの手紙をロミオに渡す。二人はロラン修道僧(陳秀介)の祝福を受けて密かに結婚式を行う。しかし、その喜びも冷めぬうちに、悲劇が起こる。
またもキュピュレ家とモンテギュ家の騒動が起こり、マキューシオが死ぬ。すると親友の死に激昂したロミオがティボルトを刺してしまう・・・。
甥の突然の死へのキャピュレ夫人の大きな嘆きが人々の胸を打つ。そしてロミオのヴェローナ追放が決定された。

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金子稔 撮影/瀬戸秀美

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瀬島五月、山本隆之 撮影/瀬戸秀美

別れの朝。ジュリエットの寝室のパ・ド・ドゥ。ティボルトを殺してしまったロミオは後悔の気持ちに苛まれ、早朝にはマンチェアへと旅立たねばならない。初めての夜を過ごして、ロミオは旅立とうとし、一刻もそばに居て欲しいジュリエットとの切ない気持ちがせめぎ合うパ・ド・ドゥ。やがてヴェランダから消えてしまったロミオ。いつまでもロミオが去った方向を見つめるジュリエット・・・彼女にはさらに厳しい現実が襲いかかる。
マクミラン版では、この寝室のパ・ド・ドゥ以後、ジュリエットはあまり踊らず、女性としての内面の成長を演劇的に表現している。パリスとの結婚を拒絶し、ロミオとの愛を死を賭して貫く、と決意するシーンもベッドに腰掛け、プロコフィエフの音楽とともに厳しい表情によって演じる。そして父と母がジュリエットを強く説得するシーンも踊りではなく、怒りや恐怖を表す演技によって展開する。
ファブリス版は、ジュリエットはパリスを拒絶した後、窮地を脱する相談をするためにロラン修道僧のもとへ駆け込む。すると、そこには愛がどうしても実現できない苦悩を訴えにきたパリスがいる。パリスもまた苦しんでいたのだ。このシビアな状況でファブリス版は、ジュリエットとパリスがパ・ド・ドゥを踊る。パリスはジュリエットを愛する心がどうしても届かない。ジュリエットはこのままではロミオと会うことができない。お互いに傷心を抱え、心が断絶した二人が踊る。ここにも愛の悲劇が顕現していることを忘れてはいない。

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

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ロクサーヌ・ストヤノフ、フロロン・メラック 撮影/瀬戸秀美

ジュリエットは、ロラン修道僧の提言により、<仮死状態に陥るがやがて目覚める>、という薬のトリックにロミオとの愛を賭ける。そして両親にパリスとの結婚を承諾した上で、思い切って薬を飲みベッドに伏せる。翌朝、結婚の承諾を知らされたパリスは大いに喜び、数名の楽士たちとともにジュリエットを迎えにやってくる。他のヴァージョンでは、ジュリエットの友だちがお祝いの踊りを踊る。ファブリス版はパリスの喜びを表す表現として、楽士たちを登場させる。ジュリエットが冷たくなっているとも知らずに・・・。
ファブリス版はパリスの苦悩にも目を向けた、おそらく唯一のヴァージョンではないだろうか。

ラストシーンは、悲しい運命の行き違いにより、ロミオはジュリエットとの愛に、ジュリエットはロミオとの愛に殉じて自死してしまう。
そしてキャピュレ卿は、愛娘の死の悲劇を綴った筆を、静かに置く。

パリ・オペラ座バレエのロクサーヌ・ストヤノフとフロロン・メラックの見事な踊りとともに、キャピュレ卿の山本隆之、キャピュレ夫人の瀬島五月、パリスのアンドリュー・エルフィンストン、マキューシオの金子稔、乳母の土手紗良々、ロラン修道僧の陳秀介、ティボルトの鷲尾佳凛、ベンヴォリオの福島元哉、ロザランの藤川雅子などの巧みに配役された脇役たちが、それぞれ役の心を現して踊った。彼らはファブリス版のおもしろさをよく理解しており、物語に説得力があり、充実した舞台を楽しむことができた。
ファブリス・ブルジョア版『ロミオとジュリエット』は、ジェイクスピアの悲劇の忘れ難い素敵なフランス・ヴァージョンだったのである。
(2022年8月11日 ロームシアター京都 メインホール)

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ロクサーヌ・ストヤノフ、山本隆之 撮影/瀬戸秀美

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ロクサーヌ・ストヤノフ、アンドリュー・エルフィンストン 撮影/瀬戸秀美

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