パリ・オペラ座のロクサーヌ・ストヤノフとフロロン・メラックが踊る『ロミオとジュリエット』本番直前取材、京都バレエ団

ワールドレポート/京都

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

有馬龍子記念京都バレエ団は、パリ・オペラ座バレエ団からロクサーヌ・ストヤノフ(プルミエールダンスーズ)とフロロン・メラック(スジェ)を招聘し、8月11日、『ロミオとジュリエット』(ファブリス・ブルジョワ版)の特別公演をロームシアター京都で開催する。
スタッフ・キャストもそろい、いよいよ通し稽古が始まる、というまさにその日。京都は北白川のスタジオに緊張しつつ向かった。幸い、終りが見えなかった猛暑が一休みしたかのような日ではあったが、やはり暑い。琵琶湖疏水が流れる北白川は、向月台で知られる銀閣寺に程近く緑の多い住宅地。近年の都市部ではめっきりと減った蝉の鳴き声も、久しぶりの涼気に俄に元気を取り戻したか、東京ではあまり聴かれない熊蝉のシャーシャーという声も一段と忙しない。真夏の蝉のコンチェルトに乗って京都バレエのスタジオに陸続とダンサーたちが集まってきた。
スタジオの空気も引き締まり、全幕を踊る多くのダンサーたちが有馬えり子先生の指示のもと、『ロミオとジュリエット』の通し稽古が始まった。本番で京都市交響楽団の指揮をとるパリ・オペラ座バレエ団ピアニスト、ミッシェル・ディエトランのピアノが、プロコフィエフのあのメロディを奏で、京都バレエ団のダンサーたちのステップが弾ける・・・。

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フロロン・メラック、ロクサーヌ・ストヤノフ
© DANCE CUBE

ファブリス・ブルジョワの振付は、『ドン・キホーテ』もそうだったが、プロローグの演出が独特でとてもおもしろく、観客の興味を集めてバレエが進行していく。『ロミオとジュリエット』は、かけがえのない愛娘のジュリエットを失った失意のキャピュレ卿の回想から幕を開ける。
振付のファブリスも来日し、リハーサルにしっかりと立ち会っている。通し稽古の始まる寸前、立ち話だったが、話してくれた。「ジュリエットのパパが自分の娘を失った悲劇を、映画のように回想するシーンからストーリーが始まります。ストーリーを通して、悲劇を回避するためにはどうしたら良かったのか、といったドラマのさまざまな面を観客とともに考えていきます」。
あいにくこの日はキャピュレ卿に扮する山本隆之は参加できなかったが、指導のために来日しているパリ・オペラ座バレエ学校の教師エリック・カミーヨが代わって所作を行う。
「いつの世でも親のみる時代と子供たちが感じて生きる時代は異なります。しきたりや古い伝統に翻弄された生き方では、子供たちを悲劇に導いてしまいます」とファブリスは振付の要点を話す。
続いて第1幕冒頭の対立するキャピュレ家とモンタギュ家の一族が争う剣戟シーンが始まる。ヴェローナ大公が兵士を繰り出して力づくで抑え込むまで、激しく剣が打ち合わされる迫力のあるシーンが演じられた。
そしてキャピュレ家の仮面舞踏会に繰り出すロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオのダンスは、通常版はトロワだが、このヴァージョンでは影の三人が加わってパ・ド・シスとなる。これは「仮面と顔」という関係をバレエの表現によって表したもの、とファブリスは解説してくれた。
ロザラン(藤川雅子)に想いを寄せていたロミオは、この仮面舞踏会でジュリエットと出会い、たちまち恋に陥る。

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鷲尾佳凛 © DANCE CUBE

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フロロン・メラック、ロクサーヌ・ストヤノフ
© DANCE CUBE

ロミオを踊るのは、パリ・オペラ座バレエの次世代の期待を担うダンサー、フロロン・メラック。最近のメラックは、フレデリック・アシュトンの『ラプソディ』やローラン・プティの『カルメン』のエスカミリヨなど、テクニックを披露する役どころにキャスティングされることが多い。
メラックは「ロミオを踊ることは僕の夢だったので、ファブリスのヴァージョンで踊ることになってとても嬉しい。しかも日本で、えり子先生のもとで踊れるなんて、ほんとうに嬉しい!」
「ロミオはテクニックが要求されるけれど、それに加えてアクターとしても多くのことが要求される。その指導が素晴らしくて、僕のキャリアを一段と豊かにしてくれる。この『ロミオとジュリエット』の舞台で感動を贈り、日本の観客の皆様の心に少しでもタッチすることができたら、と願っている」と目を輝かす。

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ロクサーヌ・ストヤノフ © DANCE CUBE

ロミオとジュリエットが初めて二人だけで踊るバルコニーのシーンでは、ロクサーヌ・ストヤノフの伸びやかな肢体と長身のメラックが、スケールの大きな堂々たるパ・ド・ドゥを初々しく軽やかに踊った。
ジュリエットを踊るストヤノフは、昨年11月にプルミエ・ダンスーズに昇級。その直後にピエール・ラコットの新作『赤と黒』でエリザ役を踊って注目を集め、4月の『ラ・バヤデール』のガムザッティを踊り、オペラ座の中で着実にその実力が認められている。
ストヤノフは言う。
「ファブリスのジュリエットはとても自然。第1幕では14歳の子供で、振りも軽くていつも遊んでばかり。寝室のパ・ド・ドゥは、もちろん、愛があって優しく踊りますが、ジュリエットは成長して成熟した女性になっていきます」。
「私はファブリスの振付がとても好きです。彼は私の性格や経験を生かして、14歳の頃の自分と成長した自分がどのように変化してきたか、をプライヴェートな生活も視野に入れて引き出してくれます。そうした仕事をすることで、自分と正確に向き合うことができます。この振付を感じて踊ることができて、とてもラッキーだと思います」と表情豊かにストヤノフは語る。彼女はとても良いタイミングでジュリエット役を踊ることとなって、たいへん喜んでいた。

再び始まった憎しみ合いの激しい剣戟の末、金子稔(トゥールーズ・キャピトル・バレエ)が踊るマキューシオと京都バレエ団の鷲尾佳凛が扮するティボルトが死んで、悲劇の現実が人々の眼前に姿を現した。金子は俊敏な動きと表情を巧みに変化させて踊り、鷲尾も逞しく力強く踊り、ロミオとも熱く対抗して、迫真力のある対決が見られた。
ジュリエットは父親キャピュレ卿が指名したパリス(アンドリュー・エルフィンストン)との婚姻を厳しく拒絶。ロミオとの愛を貫くため、ロラン修道僧(陳秀介)の薦める一時的に仮死状態に陥る薬を服用する。このジュリエットの死をも覚悟した一大決意をロミオに伝えるロラン修道僧の手紙も、運命いたずらのような他愛のない偶発的出来事により虚しく消える。ただ、最愛の人の死を知らされたロミオは、、、。

ファブリス・ブルジョワ版『ロミオとジュリエット』は、青春を活き活きと生きる若者たちと、彼らを死へと追い詰めていく宿命的な悲劇が鮮やかなコントラストによって表現されている。パリ・オペラ座バレエ団と京都バレエ団のコラボレーションにより、真夏の京都に素晴らしい舞台が実現することになる。

有馬龍子記念 一般社団法人 京都バレエ団特別公演
『ロミオとジュリエット』全幕

2022年8月11日(木・祝)
ロームシアター京都 メインホール
開演16:00 開場15:15

http://www.kyoto-ballet-academy.com/a_ballet.php

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