パリ・オペラ座のブルメイステル版を継承する京都バレエ団のドラマティックな『白鳥の湖』

ワールドレポート/京都

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

京都バレエ団

『白鳥の湖』有馬えり子:再振付・指導、安達哲治:監修

京都バレエ団『白鳥の湖』の公演は8月1日に開催された。この日は八朔(旧暦8月1日)にあたり、「京都では芸妓さんや舞妓さんが黒紋付を着て、日頃、お世話になっているお師匠さんやお茶屋さんに挨拶回りをする姿が見られます」と劇場でもアナウンスが流れた。京都では浴衣姿の女性たちが一段と粋に見える。

京都バレエ団の『白鳥の湖』はブルメイステル版。このヴァージョンは、1953年にスタニスラフスキー&ネミロヴィッチ=ダンチェンコ記念モスクワ音楽劇場でウラジミール・ブルメイスティルにより初演された。母方にチャイコフスキーの血をひくブルメイスティルは、蘇演の際に削除された曲を復活して初演時の作曲者の曲順に忠実に振付け、プロローグとエピローグを付し、3幕のディヴェルティスマンとして踊られていた民俗舞踊をを物語に組み込むなど演出を改変した。その結果、ドラマティックな迫力のある『白鳥の湖』が完成し高く評価された。そしてこのブルメイスティル版『白鳥の湖』は、各国の先駆け1960年にはパリ・オペラ座バレエのレパートリーとなった。
京都バレエ団は、パリ・オペラ座に継承されたブルメイスティル版『白鳥の湖』を上演し続けてきた。パリ・オペラ座でオディット/オディールを踊ったジョゼット・アミエルをはじめ、イヴェット・ショヴィレ、クロード・ベッシーなどの教え、そしてミカエル・ドナールの演出、といった名エトワールたちの情熱が京都バレエ団の伝統に受け継がれ発展し、有馬えり子の再振付による舞台は出来上がっている。

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藤川雅子
撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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鷲尾佳凛、高橋弘典
撮影:大藤飛鳥(テス大阪)

プロローグは、湖畔に花を摘みに来た王女(藤川雅子)がロットバルト(アンドリュー・エルフィンストン)の魔力によって、白鳥に姿を変えられるシーン。いつか恐ろしい出来事が起こりそうな不気味な予兆が現れる。
1幕はジークフリート王子(鷲尾佳凛)とその友人たち(北野優香、前野詩織、福島元哉ほか)、道化(妹尾充人)と家庭教師(髙橋弘典)などが王子の成人を祝う宴で踊る。王妃が姿を見せ、王子として成人したのだから、明日、花嫁を選びの催しを開くと告げる。未だ本当の愛というものを知らない王子は、王妃を娶って国を治める、という重大な責任を求められる。友人たちとの自由で気楽な生活とも別れを告げなければならないことに、憂いを覚える。他愛もなく娘たちと戯れる道化の若さ。すぐにうたた寝してしまう家庭教師の老い、それらがみんな王子の心象に写って影を落す。そんな情景の中で群舞が軽やかに踊られ、道化が娘に捧げる赤い一輪の花や、夕暮れに人々が手にして踊る小さな灯りがアクセントとなって全体の情感を高める。前回公演でオーロラ姫を踊った北野優香が良く踊って、王子の鷲尾佳凛とともに全体を引っ張った。
そして、王子が深い森の世界(心の深奥でもある)に入っていくことを、老い(家庭教師)が止めるのだが若さ(道化)が遮る。

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撮影:大藤飛鳥(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

2幕は1幕と打って変わったシンフォニックなシーンで、ソリスト二人と群舞のアンサンブルも良かった。群舞は良く整えられていて、スムーズなステップで柔らかな雰囲気を醸していた。ここで王子は、夜の間だけ人間の姿に戻ったオデットと出会い、初めて愛する気持ちを抱くことになる。
3幕は劇的だった。まず、かわいい4人の小道化を連れた道化が活発に踊って、花嫁選びの宴を盛り上げをる。この小道化たちを連れて踊って見せる仕掛けは、3幕のクライマックスの伏線となっている。ロットバルトがオデットそっくりの娘オディール(藤川雅子)と共に自ら率いる舞踊団を引き連れ、派手に登場。スペイン、ナポリ、チャールダッシュ、マズルカなどを魔的な力強さ表して踊る。ロットバルトの指揮のもと団員たちの一体的な動きにより、本当の愛を知らない王子の心象世界は錯乱し、愛するオデットを見失い、悪魔の娘オディールに愛を誓ってしまう・・・。この迫力あるシーンの幻想のリアリティは見事で、1幕の王子の心に写った静かな光景と、3幕の幻影がめくるめく世界とのコントラストは実に鮮やかだった。
ロットバルト役にアンドリュー・エルフィンストンを起用したことも成功の一因。大きな動きは抑えて、長身でどこか怪鳥を思わせる体型に魔術師的雰囲気を宿していた。
結局、王妃や道化の忠告をも振り切ってオディールに愛を誓ってしまった王子は、死を賭して絶望に打ちひしがれたオデットの下へ突っ走る。それを必死で止めようとしたのは、1幕で王子の自由に力を貸した道化だったが、さらなる力で撥ね退けた王子は、愛するオデットの下でロットバルトを打ち倒す。3幕が劇的だっただけに、4幕そしてエピローグの呪いが解けたカタルシスはなかなかのものだった。
藤川雅子はオデット/オディールを演じ分けて、見事に全幕を踊り切った。鷲尾佳凛はとりわけ3幕が気持ちもこもった踊りで迫力があった。

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藤川雅子、アンドリュー・エルフィンストン、鷲尾佳凛(右から) 撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:大藤飛鳥(テス大阪)

若き日のチャイコフスキーは『白鳥の湖』の原型となる舞台を、幼い仲間たちと作り自らも演じていた、という。『白鳥の湖』は、チャイコフスキーにとって宿命的な作品だったのかもしれない。しかし、チャイコフスキーはこの作品が蘇演されて、最もよく知られ不朽の名作として、21世紀の今日も盛んに上演されていることを知らない。チャイコフスキーはサンクトペテルブルグのアレキサンドル・ネフスキー大修道院の墓地に眠っている。もしも次に訪れる機会があったら、京都バレエ団の舞台のことも報告したい、と思った。

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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