エリック・カミーヨ=インタビュー「クラシック・バレエの価値を正くきちんと伝え、今後もしっかりと守っていきたい」

ワールドレポート/京都

インタビュー=関口 紘一

2021年1月9日びわ湖ホールで開幕する京都バレエ団の『眠れる森の美女』世界初演は、エリック・カミーヨ(国立パリ・オペラ座バレエ、バレエ学校教師)の構成・演出・振付。今年11月に来日して新制作に取り組むカミーヨ先生にパリ・オペラ座のスタイルに基づく古典バレエについてお聞きした。

――今回『眠れる森の美女』を振付作品として選んだのはなぜですか。

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エリック・カミーヨ 今回の上演作品として『眠れる森の美女』を選んだのには理由があります。それは今年が『眠れる森の美女』の初演から130年であり、プティパが亡くなってから110年であり、チャイコフスキーの生誕180年でもあるという三つの記念の年となっているからです。この三つのアニヴァーサリーが重なった年だから『眠れる森の美女』を選びました。それに加えて有馬先生がおっしゃるには、日本ではこのバレエの新作が上演されることは少ない、ということでしたので、今回は新作として上演する機会を持とうと思いました。

――カミーヨ先生が新たに振付ける『眠れる森の美女』の特徴はどういうところですか。

カミーヨ 今回の振付では踊りをより多く加えました。それぞれの役の踊りの部分とマイムの部分をうまく繋げることを強く意識しながら、「バレエ」を多くしています。

――物語を進める芝居の部分にも踊りを取り入れることがあるのでしょうか。

カミーヨ それぞれの役柄の芝居と踊りのつながりの部分を意識しています。それぞれのキャラクターが踊りでもっと強調されるように、踊り自体がそのキャラクターを表すように振付けています。
音楽と踊りで強弱をつけるといいますか、メランコリックなところとダイナミックな強さのあるところに変化をつけて振付けています。

――物語自体は変えていますか。

カミーヨ シーンごとのつながりは守っています。物語自体は変えていませんが、アクションによってもっと物語が観客に伝わりやすくなるように心がけています。
そして物語はよく知られていますが、ところどころで観客が「ハッ」と驚くような演出や振付も加えています。ですから、今までよく知っている物語なのに、ちょっとした驚きがところどころにあって、「あっ、こういうお話だったのか」「こういう展開だったのか」と気付くように振付けています。

――カミーヨ先生の『眠れる森の美女』への想い入れはどんなものですか。

カミーヨ オペラ座バレエ学校時代に何回も何回も踊りました。特に『眠れる森の美女』は古典の中の古典、と言われていて、私はこの作品にさらに古典的価値を加えたい、と思ってダンスをしてきましたし、ダンサーとしてとてもたくさんの想い入れがあります。
最近のバレエは、新しい形への挑戦が多く見られて、古典作品の良さがなおざりにされているように感じます。もう一度、クラシック・バレエの価値を正くきちんと伝え、今後もしっかりと守っていきたいと思っています。
私は『眠れる森の美女』のいろいろの役を踊ってきまして、それぞれ思い出があるのですが、「青い鳥」とか「長靴を履いた猫」など、違う役を踊ることによって自分の踊りが客観的に見られて、それぞれが良い思い出になっています。
そして今回は、配役も任せていただいたので、その人がその役を踊ることによって、さらに価値が倍増されるのではないか、そういうことを考え工夫しながら作る、という面白さを楽しんでいるところです。また、自分が習得してきた高い技術をダンサーたちに伝えて、それが発展していくことを見るのが大変な楽しみです。

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――実際に京都バレエに振付けてみていかがですか。

カミーヨ とても好意的に私を受け入れてくださっていますので、心地よく仕事を進めることができています。特に有馬先生が、私が充分に力を発揮できるように様々な条件を整えてくださっております。京都バレエ団のダンサーたちは、受け取り方が柔軟で私が求めていることを確実に捉えて上達してくれていますので、すごく期待しております。

――もう全体を通した稽古はなさっていますか。

カミーヨ はい、まだアポテオーズだけは残っていますが、通して稽古しています。

――どういう点が一番難しかったですか。

カミーヨ それはやはり表現の部分でしょうか。日本人のダンサーたちは表現を作ることが少し苦手なようです。感情表現がうまくなると自ずとテクニックも上達します。バレエ教育としては、最初に体幹を鍛えたりとか、身体の技術を上げていくのですけれど、ある段階から感情表現がうまくできないとそこから成長がストップしてしまうことがあります。

――振付自体が難しかったことはありますか。

カミーヨ 今回、振付けるのには特別困難なことはありませんでした。いつも私はこの京都バレエ団に来て振付のお手伝いとか、振付家の代わりに振りを教えたりしていますが、今まではどうしても滞在が短期間になってしまっていました。公演のすぐ前だったりしますので、ちょっと気がついたところだけを注意したり直したりするくらいしかできませんでした。今回は新型コロナ感染拡大の関係で、パリ・オペラ座バレエ学校から休暇をとり、3ヶ月滞在することができましたので、最初からつきっきりで教えることができました。ですからすべてがすごくやりやすく、とてもうまくことが進んでいます。

――そうですか、それは本当に楽しみですね。
カミーヨ先生はオペラ座バレエ学校在学中には、クロード・ベッシー元バレエ学校校長に学ばれたと思います。ベッシーのバレエに関する教えで最も印象に残っていることは何でしょうか。

カミーヨ クロード・ベッシーの下では、とにかく、果ててしまうくらいまで練習をしました。そしてバレエの動きがダンサー自身の身体に馴染み、植え付けるようにしてくれました。つまり、一つ一つの動きを正確に行うために、ダンサーがどのようにしたら良いかをしっかりと教えていました。

――カミーヨ先生は、パリ・オペラ座バレエ団では、ルドルフ・ヌレエフ元芸術監督にソリストとして抜擢され踊られていました。ヌレエフについてもっとも印象深いことはどんなことでしたか。

カミーヨ ヌレエフはカリスマです。決断力が大変に優れています。そしてすごいプライドの持ち主で誇り高い人でした。良い意味で強い自信がありました。ですから彼は確信があって、いつもどうやったら成功するかということを考え、成功する方法を探していました。

――ヌレエフの振付は、オペラ座バレエ団の現場ではどのように進行していきましたか。

カミーヨ まず、全員を一つの舞台に集めていろいろなグループに分け、「君はこうして」「あなたはこう」とそれぞれに指示を出します。しかし、時にはこれにすごく時間がかかりました。ある時は、こうして、こうして、と指示しながら1時間以上も練習しても、翌日はやっぱり「考え直そう、みんな忘れてくれ」と言ってすべてがご破算になります。
振付家にはそれぞれその人に独特の振付の仕方があるのですが、振付ける時のヌレエフの頭の中には、ダンサーそれぞれの役割が決まっていて、それを一人ずつに指示して踊らせてみて、それを見てまた修正していたのでしょう。

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――時間がかかって大変でしたね。

カミーヨ 毎日6時間リハーサルをしていました。リハーサルが終わってから、また新しい考えが湧いてくるようです。そしてまた「こうして、こうして」と、次の動きをさせていました。ヌレエフは、バレエに関する深い教養がありとても知識があったので、そのようになったのだと思います。
例えば私は『白鳥の湖』上演中の幕間に急に呼び出されて、次に公演される予定の『眠れる森の美女』の「青い鳥」のヴァリエーションを「今、踊ってみなさい」と言われて踊って見せました。そしてその場で色々と注意してもらったこともあります。時間があれば、どんな時でも振付に関しての指示を出すのです。

――ヌレエフがパリ・オペラ座バレエに振付けた作品で、カミーヨ先生が一番お好きなものは何でしょうか。

カミーヨ 『白鳥の湖』『くるみ割り人形』でしょうか。ヌレエフの演出・振付は、いろいろなエレメントが詰め込まれた、実に濃厚なものでした。

――先日、ヌレエフ版の『眠れる森の美女』の舞台を撮った映画を見ました。ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマンが主演していました。

カミーヨ ああ、それはとてもいいプロダクションです。エイマンもウルド=ブラームもとてもよく踊っています。ただ、彼らは世代が違うので、直接、ヌレエフから指導を受けてはいませんが、良いダンサーです。彼らが踊っていた時がオペラ座バレエ団の良い時代でした。

――カミーヨ先生はパリ・オペラ座バレエ、バレエ学校、京都バレエでも教えています。パリの生徒と日本の生徒ではどのような違いがありますか。

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カミーヨ そうですね、日本の生徒たちは少しバランスが良くない、と思います。日本の生徒はすごく意欲があって一生懸命なのですが、それだけで良い結果が生まれるとは限りません。そこを少し変えたら突出して良くなるという可能性があります。日本の生徒たちに欠けているのは、もっと基本的な土台の練習です。例えば建物を建てる場合、その基礎がずれていたら、上に建てる建物のバランスが崩れてしまいます。そういう意味でのバランスです。基礎的な練習はとても大切なのです。
例えばジャンプすることにしても、フランスで私が教わったスタイルで跳べばとても観客に受けます。そういうところを私が直してあげられれば、もっと観客に伝えらるようになるのではないかと思って、今取り組んでいます。私は、今みんなに正確な踊りをしてもらいたいと思っています。ダンサーそれぞれに、作品全体が良くなるようにきちんと考えて指導しています。それを徹底すれば、もっと表現力が豊かになって、ダンサーそれぞれの糧にもなるのです。
私は高度な完成度の高いものを目指しているので、決して満足することはありません。今はまだまだ道が遠いかもしれませんが、どれが正しいということではなく、私自身が持っているもの習得してきたものをみんなに全部伝えたいのです。それが重要だと思っています。京都バレエ団は、オペラ座のフランス・スタイルを学んでいるわけですから、できるはずなのです。一人ひとりを見てあなたには何が欠けているか、何が必要かをアドヴァイスしながら指導しています。本当に京都バレエ団のダンサーたちの意欲は疑いようがないです。
私はオペラ座では、基本ができているダンサーたちに教えています。しかし、できるべきことが未だできていなかったりする生徒たちをどうやって教えていくか、実はそこに大いなる楽しみを見出しています。そうした生徒たちがどうやって成長していくか、その方法を考えるのが好きなんです。

有馬えり子 かつて京都バレエ団にパリ・オペラ座から教えにきた先生は、何千人もの中から選ばれた生徒と全く同じように基礎ができていないことに納得がいかなかったようです。しかし、カミーヨ先生の場合はまったくそういうことではないのです。

カミーヨ もともと才能のあるできる生徒を教えることはとても楽です。実際、ポール・マルク(今年の12月にエトワールに昇級した)やユーゴ・マルシャン、フランソワ・アリュなどを教えるのはとても易しかったのです。そうではない生徒を教えるには、どうしたら気がつくのだろうか、と考えます。あるバレエの先生は「アマチュアを上達させられるのが上手い教師が良い教師だ」と私に言いました。私もそう信じています。

有馬 例えば、古典バレエに精通した振付家ピエール・ラコットは、カミーヨ先生をすごく信頼しています。京都バレエ団でもラコット版『パキータ』を上演させてもらったことがありますが、カミーヨ先生が教えるのなら、と言って許可してくださいました。パリ・オペラ座のファブリス・ブルジョア先生にも信頼が厚くて、彼なら間違いがないから、と言って、いつも一緒に来日してくれています。

カミーヨ 私はプロフェッショナルなので、どんな仕事を頼まれても必ずそれをやり遂げる、自分から解決方法を見つけて取り組んできています。

有馬 カミーヨ先生は、21年1月9日の『眠れる森の美女』の公演が終わったら、今度はベジャール・バレエ団の教えに行くことになっています。ベジャール・バレエ団からも信頼されているのです。

カミーヨ ベジャール・バレエの支配人がパリに来て、レッスンをやってみてくれないか、と言われました。実はそれがオーディションだったのです。つまり、今までの実績とは関係なく、オーディションで選ばれてベジャール・バレエ団に教えにいくことになったわけです。

――本日は新作のリハーサルでお忙しい時に貴重なお話を聞かせていただきまして、誠にありがとうございました。最後に、日本のバレエファンにメッセージをお願いいたします。

カミーヨ 日本の観客の皆様に伝えたいことは、バレエを好きになっていただきたいということです。特にクラシック・バレエを好きになっていただき、その良さを見つけてもらえたらとても嬉しいです。『眠れる森の美女』でも多く踊られるディヴェルティスマンは余興と言われていますけれども、そこからバレエへの興味の一つでも発見していただけましたら本当に嬉しいです。

有馬龍子記念 京都バレエ団『眠れる森の美女』全幕

●2021年1月9日(土)17時15分開場/18時開演
●滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

構成・演出・振付・指導:エリック・カミーヨ(国立パリ・オペラ座バレエ学校教師)
企画・制作=有馬えり子
演奏:びわこの風オーケストラ
指揮:江藤勝己

公演の詳細は http://www.kyoto-ballet-academy.com/a_ballet.php

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