大石裕香=インタビュー 振付家としてノイマイヤーに背中を押され、ポルーニンなど多くのダンサーの信頼を得て

ワールドレポート/大阪・名古屋

インタビュー=すずなあつこ

大石裕香はジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエで、ダンサー、振付家として活動し、2015年に退団。その後、世界中を飛び回って活躍している。彼女の振付を踊りたいと望む世界のトップダンサーは多いから、ガラ公演などで彼女の作品を観たことがある方も多いだろう。
新型コロナウィルス感染拡大で世界中の劇場がクローズされるなかで、近況と想いを聞いた。

──こんなに長く日本にいらっしゃるのは久しぶりなのではないですか。

大石 そうですね。ですが、昨年も意外と長く日本にいたのですよ。昨年、7月に帰国してから日本での仕事が続いて、11月まで5ヶ月いました。ジャニーズの藤ヶ谷太輔さんが主演で宝塚歌劇団の生田大和さんが演出されたミュージカル『ドン・ジュアン』の振付を依頼していただいて、これには出演もしました。その間にローザンヌ国際バレエコンクール出身者などが出演するガラ「Dance at the Gathering」にも出演させていただいたり。秋には、セルゲイ・ポルーニンに振付けた舞台がいくつかあります。

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セルゲイ•ポルーニンと本番前打ち合わせ photo/Alex Kerkis

──ポルーニンとのお仕事も、たくさんされていますよね! 彼からもっとも信頼されている振付家が大石さんのように思えます。それに昨夏の「Dance at the Gathering」で踊られた『群青の家』を拝見しました。さすがに独特の空気感があって惹き込まれました。最近、振付を拝見することはあっても踊られるのを観せていただいたのは、とても久しぶりのような・・・貴重な機会だったのかもしれません。

大石 はい、貴重な機会でした(笑)。2015年夏、フリーランスの振付家になると決心してハンブルク・バレエを退団して、ちょっとの間は踊らないで振付に専念すると決めていました。中途半端になるのは嫌だったので、2年ほどは、踊りのオファーが来てもお断りしていました。踊るなら、踊ることに集中できる時間が取れる時、と決めて。
昨年は、ミュージカル『ドン・ジュアン』で、振付家と出演の両方をオファーいただいて、舞台に立つ身体をつくる準備もしていたので、「Dance at the Gathering」でも踊りました。

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ベジャール・バレエ・ローザンヌで " Ku / 空 "のリハーサル photo/Gregory Batardon

──2015年に退団されて振付家の道へと決心された経緯について聞かせていただけますか。

大石 もともとダンサーとして踊っているなかでも、ハンブルクでは小さな作品を発表する機会はあって、創ってはいました。ジョン(・ノイマイヤー)は、そんな私をいつも観てくださっていて。年に1度の1対1のミーティングでは、いつも「裕香は振付家になりたいのか?」と聞いてくださっていました。私はそんな自信もないものだから、創ることに情熱がないわけではない、あるのだけれど、振付家になるともなれるとも思っていなかったんです。自分が尊敬するジョンと同じ職業になんて、おこがましいような気持ちもありました。
そんななか、ジョンから、2012年のシーズン終わりの「バレエ・ターゲ」で、同じようにダンサーで振付もしているオーカン・ダンと共作で『RENKU(連句)』を創って初演してみないかとオファーをいただいたんです(「連句」は、日本の俳句の一人が詠めば、次は相手が詠み・・・とキャッチボールのように創っていくことからの発想で、もともと、ノイマイヤーとモーリス・ベジャールが、いつかそういったものを一緒に創りたいと構想していたそう。それが実現しないままベジャールはこの世を去ってしまった)。
初めての全幕(2幕)ものでした。いつもジョンが新作を創る時と同じようにカンパニーをすべて使っていい。ダンサーはもちろん、オーケストラ、裏方スタッフすべても。そのすべてを作り込んでいかないといけないわけです。とても大きなことで大変だったけれど、この経験から振付家という仕事を少し理解できたように思います。そして、大変だけど、面白いな、と。それから、気づくようになっていったのですが、ジョンの作品にダンサーとして関わっている時も「私は振付家目線で見ているんだな」と感じていました。(『RENKU』は、この年のベストプロダクション・オブ・ザ・イヤーとして高く評価されてロルフ・マーレス賞を受賞した)。
そして、2年後の2014年、この作品を再演した時、衝撃的な出来事がありました。公演が終わり楽屋口から出てくると、いつもいらっしゃるファンの方とは違う年配の女性がいらっしゃったんです。私の母よりも年上に見えるドイツ人の女性の方。その日、私は自分の作品を見守っていましたが、舞台に出ていたわけではありません。そんな私のところに走って来て、手を握り「ゆうか、ありがとう!」と、目がウルウルしていて「あなたは、私に、明日生きる希望をくれた」と、そう言って去っていかれたんです。それこそ、言葉以上に、目を見ただけで、その方の言いたい想いが伝わるというか・・・。
その時、私は20代の終わりくらいだったでしょうか。人生の大先輩と言える方が、こんな小娘にそんなことを言ってくださるなんて。それまで、いろいろとゴチャゴチャ考えていたけれど、物事はもっとシンプルなのかもしれない。私がジョンの作品を見た時、見たままスッと入ってくる感覚、感動、そんな同じものを人に与えられた・・・その人ひとりだけにかも知れないけれど。
それでジョンに話をしに行きました。こんなご婦人との出会いがあって、「私がダンサーをやめて、フリーランスの振付家になったら、どうなると思う?」って。そうしたら、すごくニコっとして「そう思うなら、飛び出してやってみないと分からないじゃないか」と。そして「自分ができることがあったら、サポートするから。精神的にも、今、出来る状態に整っているから」と。振付の師匠にそう言われたら、もう進むしかありません。それで、2015年夏にハンブルク・バレエを退団してフリーランスになりました。
今も、いろいろと迷うことがありますが、迷ったら、ここに立ち返らなきゃ、と思います。

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ローザンヌにて photo/Gregory Batardon

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ジョン・ノイマイヤー、オーカン・ダンとロルフ・マーレス賞授賞式

──それからは、バレエはもちろん、ミュージカルや宝塚歌劇などにも振付けするなど多彩な活動をされていますね。

大石 本当に、こなしきれるかなと思うほどオファーをいただいて、怖くなることも・・・。でも、一つ一つ責任を持って取り組みたいと思っています。
ただ、この新型コロナ禍では、たくさんの仕事がキャンセルや延期になりました。でも、これは、今しなくて良いことはしないように自然にうまく進んでいるのかなと。これは、新型コロナ禍の前から感じていることですが、逆に無理かなと思っていることが実現したり、勝手に動かしてもらっているように感じることがよくあります。
実は、今、妊娠しているんです。9月はじめが出産予定日です。3年前にシルク・ド・ソレイユのパフォーマー、高橋雄太と結婚しました。ハンブルクで出会って、遠距離恋愛になるのは目に見えていたし、はじめは付き合うとも考えていなかったのですが、Facebookのやりとりなどから・・・だんだんと。彼は今、フロリダにいて、ディズニー・ワールドとシルク・ド・ソレイユがコラボした新作に取り組んでいます。新型コロナ禍で初日はあいていませんが・・・。お正月に会って以来、本当は、会う予定があったのですが、新型コロナ禍で会えていません。
私は3月の貞松・浜田バレエ団の「創作リサイタル」の振付のお仕事で日本にいて、もともとは海外の予定がいろいろあったのですが、そのまま足止めになりました。でも、これも運が良かった。同じ関西の大阪に実家があり、今、実家にいます。初めての妊娠ですし、この新型コロナ禍のなか海外にいたら・・・。はじめ、香港、シンガポール、モスクワ、などといった予定が次々とキャンセルになるなか、「このお腹の子が、行かないように」ってこの状況を作ってくれているのかな? と思ったくらいです。彼も私が実家にいることで安心してくれているようです。また、今は、自分が仕事をしたいから、と自分のことだけを考えるというのとは違う思いでいます。今、実家で高齢の祖母も同居していますし、私が仕事でいろいろなところに行って、もしウイルスに感染でもしたら・・・自分だけじゃないというものの見方を教えてもらっているのかな、とも思います。夏にスイスのオリジン・フェスティバルに振付ける予定もあって、これは今のところ、主催者側は開催の方向で準備を進めているようなのですが、妊娠のことなどお伝えして、今年は降りさせていただきました。主催者さんにも快く分かっていただけました。

──それが良いですよね。ご出産のことも新型コロナ禍のことも落ち着いてからで。焦ることは何もありませんよね。

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スイスOrigen Festival Cultural
男子新体操出身の日本人アーティストグループBLUE TOKYOとバレエダンサーのコラボレーション作品 "MAGI" 2018 大舌恭平、春日克之、松田陽樹

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ロンドン・パラディウムにて「ラスプーチン」初演。左からJohan Kobborg, Elena Ilinykh, Sergei Polunin, Djordje Kalenic& Alexey Lyubimov
photo/Vitaly Krivtsov

大石 いろいろと考えて、不安になることも多いですが、マイ・タイミングで、マイ・ペースでと思っています。言葉にできないことの方が感情的にはいっぱいあるから・・・言葉にしなくていい芸術に携わらせていただいけているのが幸せだなと思います。
秋には、私は出産で入院している時で会場にいけない可能性が高いのですが、振付作品上演の予定もあります。

──元気な赤ちゃんを産まれて、落ち着かれてから、また、新たな作品を観せていただくのを楽しみにしております! ありがとうございました。

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ベオグラードにてAlexey Lyubimovとのリハーサル風景
photo/Snezana Kristic

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Origen Festival Cultural "SACRÉ"(Paradox&Sacré)初演 2018
Sergei Polunin, Luca Tessarini(NDT1),Jon Bond(NDT1)

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Dance at the Gathering 2019 「群青の家」振付:菅沼伊万里  撮影/岡村昌夫

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