32シーズン目を迎えてより華麗にヴィヴィッドに

ワールドレポート/大阪・名古屋

寺村 敏 text by Satoshi Teramura

越智インターナショナルバレエ

『くるみ割り人形』越智久美子:演出・振付、ワレリー・コフトン、越智實:原振付

これが32シーズン目になる越智インターナショナルバレエの『くるみ割り人形』――。
バレエ団創立者の越智實が亡くなって創立70周年を迎えた歴史の中で、今回はひときわパワーアップされた舞台となった。
「越智くるみ」には多くの思い出がある。いつごろまでだったが12月24日のクリスマスイヴに必ず上演するスケジュールを組んでいた時代がある。東京から足を運んで拝見するのが常であった。終わると夜になる。街にはイルミネーションが輝いている。「ひとりぼっちのイヴ」を迎え「きしめん屋」で食事をした。客はスーツ姿の単身ビジネスマンが多かった。
それから何年かが経過したある年に名古屋は50cmの大雪に見舞われた。その日は知立公演が組まれていて名鉄に乗って知立駅に着きタクシー乗り場に並んだ。待つこと2時間、開演に間に合った。劇場は満席で無事に公演を終えた。しかし帰りがたいへんだった。タクシーを呼んでもらってセルゲイ・ボンドゥールらキエフから招いた男性ダンサーたちと名古屋に帰り着いたのは朝であった。
もうひとつの思い出は飛騨高山公演である。6時30分開演の1時間半前に劇場に着いて観客親子・家族連れが劇場に入る情景に接した。駐車場に着いた親子連れは小雪が舞う中をゆったりと劇場玄関に向かう。そろって着飾っていた。『くるみ割り人形』のプロローグの情景がそのまま展開していた。――。子供たちははしゃぎながら開演を待ち、定刻に幕が上がって公演を終えた。夜になると降雪が激しくなる。宿泊した温泉ホテルの露天風呂では「日本酒セット」を小さなお盆に乗せて入浴する人が少くなかった――。いずれも越智インターナショナルバレエの長い歴史の中の「ひとコマ」である。

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 8014 撮影:田中聡(テス大阪).jpg

撮影:田中聡(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 0525 撮影:田中聡(テス大阪).jpg

撮影:田中聡

越智版『くるみ割り人形』はクリスマス・パーティーに向かう人々の姿を劇場内で見せるプロローグからスタートする。客席後方から舞台まで観客の目の高さに「花道」を設置してパーティーに急ぐ人々に光を当てる。パーティーに招かれた客の最後の1組が到着するのを待ってシュタールバウム家の広間に光が入る。プロローグで主な登場人物を紹介する演出もある。

シルバーブルーに輝く大きな「三日月」が幻想的に描かれた幕が上がるとそこはシュタールバウム家の広間――クリスマスツリーが飾られた小6基のシャンデリアに灯がともっている。室内の美術セットはブラウン系に統一されて重厚な雰囲気だ。たくさんの少女と少年たちがにぎやかに踊っている。少女クララ(森藤純花)は知的で、きちんとステップを踏む少年フリッツ(神谷駿斗)は元気がいい。その子たちを囲む紳士と淑女たちはシックな装いでシュタールバウムと夫人の真紅・朱赤の服装がひときわ目を引いた。物語のすべてを統括するドロッセルマイヤー(ウラジミール・チュプリン)がカッコいい。

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 0281 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 0537 撮影:田中聡(テス大阪).jpg

撮影:田中聡(テス大阪)

前半の見せ場は人形たちの踊りだ。コロンビーヌ(大下結美花)のほかハレキン人形、サラセン人形とも過不足なく踊っていた。やがてバレエ団のホープからソリストに成長するのだろう。少女クララは小さな「くるみ割り人形」をプレゼントされた――。パーティーは終わり深夜になった。少女クララが目を覚まして広間にやって来る。ここから「越智版」のユニークな演出が始まる。「小さな人形」は生命を得て「大きな人形」に変身していた。そこに「ねずみ」が登場して少女クララを襲う。「ねずみの王様」(久野直哉)と対決するのは「くるみ割り人形」(越智友則)で兵隊人形8人を率いている。背景が城に変わる中で「ねずみ軍」は敗退するが「くるみ割り人形」も力が尽きてしまう。彼を「王子」として復活させたのはドロッセルマイヤーの持つマジカルなパワーと少女クララの愛であった―。
ここで「少女クララ」が「夢のクララ」(辻咲桜香)に替わる。深夜になってツリーは上方に伸び左右に枝葉を広げて舞台は「ツリーの森」となる。「人形」からりりしい「王子」となった青年(越智友則)に導かれて「夢のクララ」は「ツリーの森」を抜けて白銀の世界に行く。あっという間に舞台は冬景色に変わった。雪の精は22人。雪玉を手にして俊足で舞って跳ぶ。11月9日に愛知県芸術劇場で『ロミオとジュリエット』を初演した時に培ったパワーが「新しい力」となって舞台いっぱいにみなぎっていた。

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 0551 撮影:田中聡(テス大阪).jpg

撮影:田中聡(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 0639 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 1272 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

第2幕へのブリッジとしてピンクの天使が立ち並ぶ景を経て2人は「お菓子の国」に着いた。お菓子の国の女王である「金平糖の精」は越智久美子。王子のワディム・ソロマハともにオレンジゴールドの衣装で2人を出迎え、歓迎する舞宴が始まった。花の鎖がからみ合う背景がシンプルで明るい――。トップを切った「スペイン」(中西愛里紗)はりんとしている。「アラビア」を踊る奥田桃子はしなやかで美しい。鮮やかなブルーの衣装だった。「中国」「トレパック」とも申しぶんなく大きなスカート姿でマダム・ボンボニエールが登場する「ジゴーニュ」では年少のダンサーたちがかわいい。「アーモンド」(古館頌子・越智友則)が格調高くおしゃれだった。
「花のワルツ」がスタートする。オレンジ・イエローなオリジナルカラーの衣装に身を包んだソリスト12人とアンサンブル16人は3拍子のリズムに乗ってゆるやかにゆったりと踊っている。雪の景で見せたコールドバレエを踊る「美意識」が息づいていた。そして最後に配したパ・ド・ドゥ――。越智久美子は緩やかなほほえみを浮かべ、ていねいでナチュラルな動きを披露、ワディム・ソロマハはソフトに踊って共にキラキラと輝いた。
2020年以後もこの輝きが失われることはないだろう。「原版」は越智實と故ワレリー・コフトンの振付・演出。バレエ団の総力を結集してヴィヴィッドに改訂した。
(2019年12月28日 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 1155 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 1179 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 1213 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

越智インターナショナルバレエ「くるみ割り人形」 1176 撮影:小林愛(テス大阪).jpg

撮影:小林愛(テス大阪)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る