70年の歴史と"今"を垣間見せる疾走感あふれる恋物語、『ロミオとジュリエット』
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ワールドレポート/名古屋
坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi
越智インターナショナルバレエ
『ロミオとジュリエット』越智久美子:演出・振付
越智インターナショナルバレエが名古屋の地に創設されたのは、終戦間もない1949年のことだ。創立者越智實が掲げた「中部日本地方に本格的なクラシック・バレエの伝統を確立し、以て芸術文化の振興に貢献する」という理念は、そのまま同バレエ団の70年間の歴史に重なる。49年の第1回発表会からフルオーケストラの演奏による舞台を実現。65年には門下生の深川秀夫がヴァルナ国際コンクールで日本人初入賞を果たし、77年には前田久美子(現代表の越智久美子)がモスクワ国際コンクールで銅メダルを獲得するなど、その活動は当初から世界的な視野に立っていた。
撮影:岡村昌夫(テス大阪)(すべて)
今回、70周年記念公演として選ばれた演目は『ロミオとジュリエット』全幕。2016年に逝去した越智實代表と、90年代より同バレエ団の専任教師・芸術監督として活躍した元キエフ・バレエの芸術監督の故ワレリー・コフトンが、「いつかは上演したい」と構想しつつ果たせなかった作品だという。演出・振付は越智實に代わってバレエ団を率いる越智久美子。ロミオをワディム・ソロマハ、ジュリエットを越智自らが踊った。
様々な版がある『ロミオとジュリエット』だが、共通しているのは「舞台のどこに目をこらしても面白い」ことだと思う。主役の二人はもちろん、マキューシオ、ティボルト、乳母など一人ひとりのキャラクターが魅力的だし、ロミオと親友たち、ジュリエットと両親の関係、キャピュレット家・モンタギュー家の対立や街の人々の動きなど、目が二つでは足りないと感じたりする。今回の越智版『ロミオとジュリエット』もまさにそのとおりで、隅々にまで工夫がこらされ、エネルギーにあふれた舞台だった。
幕が開くと、そこはヴェローナの広場。中世都市の雰囲気を伝える奥行きのある舞台装置で、中二階ほどの高さにつくられたアーチ橋が目を引く。古くからの仇敵同士であるキャピュレット家、モンタギュー家の若者の間で小ぜりあいが始まり、やがて剣を抜いての抗争となる。男性陣のダイナミックな剣技の応酬には、ロシア・バレエの伝統を伝える同団ならではの迫力がある。両家の貴族の衣裳は、キャピュレット家が赤系、モンタギュー家が青系に統一され、色鮮やかで重厚な質感、街の人々の衣裳はくすんだ色合いで軽い感じとなっており、立場の違いをさりげなく示すデザインが目に楽しい。
モンタギュー家の息子ロミオは、友人のマキューシオ(越智友則)、ベンヴォーリオ(アレクサンドル・ブーベル)と連れだって、キャピュレット家の舞踏会に忍び込み、そこでキャピュレット家の一人娘ジュリエットと運命的な出会いを果たす。越智久美子のジュリエットは、子どものように天真爛漫で好奇心にあふれる。ソロマハのロミオは、登場シーンから夢見る青年の空気をまとい、高い跳躍、柔らかな着地にも気品が漂う。恋の喜びを素直にあふれさせるジュリエットと、ジュリエットへの愛にどこまでも身を捧げるロミオ――バルコニーのシーンからラストシーンまで、二人の演技にはまったく迷いが感じられなかった。
他のキャラクターの踊りも魅力的だった。越智友則は高いテクニックを駆使して、つねにサービス精神満点でおどけながら死んでいく貴公子マキューシオを演じ切った。ベンヴォーリオを演じたアレクサンドル・ブーベルの、控えめながら洗練された身のこなしも心に残った。スタニスラフ・オーシャンスキーは、スケールの大きな踊りで血気にはやるティボルトを好演。アーチ橋の上から下まで縦横に使っての、ロミオとの対決シーンは圧巻だった。藤村香織はロミオとの結婚に手を貸しながら、最後までジュリエットの味方でいることができなかった乳母を丁寧に演じた。また、「舞踏会」のテーマに乗って踊るキャピュレット夫人役の髙木優花は、指先にまで神経が行き届き、名家を背負って立つ誇りが全身から輝き出すよう。ジュリエットの友人たちの踊りは、隅々までコントロールが利いて可憐かつ上品。群舞はいずれも隙がなく、アカデミックなバレエ教育の成果が感じられた。
最終幕では、暗い地下墓所のセットが組まれることが多いが、今回は開閉する門を備えた墓地となっており、背景に空が見えている。名家の娘らしく、深紅のドレスに身を包んで葬られたジュリエットが仮死から目覚めると、目の前にはすでに息絶えたロミオが横たわっている。ロミオの手を握ったまま、ジュリエットは一瞬の迷いもなく死を選ぶ。
その後、夜明けの空を背景に、影絵のように両家の人々が現れ、若き恋人たちの死を悼む「和解」のシーンで幕。なるほど、和解とかすかな希望のイメージには、この空の色がぴったりに思えた。
「中部バレエ界の旗艦」70年間の成果を感じさせる舞台。終幕後は、温かな拍手がなかなか鳴り止まなかった。時に美しく、時に残酷に物語を引っ張っていくプロコフィエフの音楽を、陰影豊かに演奏した指揮のボリス・スパソフ、セントラル愛知交響楽団にも拍手を送りたい。
(2019年11月9日 愛知県芸術劇場大ホール)
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