地主薫オリジナル作品『人魚姫』が改訂されて再演、さらに魅力的な作品に

ワールドレポート/大阪・名古屋

すずな あつこ Text by Atsuko Suzuna

地主薫バレエ団

『人形姫』地主薫:振付

3年前にオリジナル作品として地主薫が創り上げたバレエ『人魚姫』。アンデルセンの童話のストーリーに沿って、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ラフマニノフ、レスピーギといった作曲家の曲から地主自身が場面場面に合わせて選曲したものを、江原功が全幕バレエ用の楽譜に仕上げた音楽に乗せて振付けられ、文化庁芸術祭優秀賞に輝くなど高い評価を得た。

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人魚姫:奥村唯、王子:アントン・サヴィチェフ
撮影:尾鼻文雄、尾鼻葵(すべて)

今回、改訂しての再演。振付に大幅に手が加えられて踊りの魅力が増したとともに、新しい技術、プロジェクションマッピングを導入。この使い方に素晴らしいセンスを感じさせた。というのは、通常、こういった最新技術を導入するといろいろと目立つことをしたくなって、かえって踊りの邪魔をしてしまう例が多いように思う。だが、この舞台では、背景で海がキラキラと美しく輝いていることにほぼ特化して使われていたのではないだろうか。この作品で人魚姫を育んだ海の美しさは重要だ。従来の技術では出せなかったであろう海の水が光を帯びて動く美しさが踊りの背景にあるのは、うっとりさせられるもので、踊りを引き立てこそすれ、決して踊りの邪魔をするものではなかった。

ダンサーたちもレベルが高かった。人魚姫の5人の姉、山崎優子、笠原美貴、井上裕美、我如古あゆり、新保寿珠は美しい身体のラインの持ち主ばかり、小柄で可愛らしい魅力の葭岡未帆は、宗近匠と真珠のパ・ド・ドゥ。また、ロブスター(末原雅広)、ヒトデ(林高弘)、カメ(金兌潤)を踊った男性3人は、いずれも高いテクニックの持ち主ばかりでコミカルに盛り上げた。

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人魚姫:奥村唯、ロブスター:末原雅広、ヒトデ:林高弘、カメ:金兌潤

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人魚姫:奥村唯、王子:アントン・サヴィチェフ

人魚姫役は3年前と同じ奥村唯。登場では末っ子らしい愛らしさで目を引き、王子に恋してからは、その一途さがとても清らかに感じられ、後半は繊細な感情表現に心が揺さぶられた。王子はアントン・サヴィチェフ、どこまでも優しい理想の王子という感じ。終盤、王子が隣国の姫と結婚した後、人魚姫がナイフを持って寝室の前にいるところを取り押さえられる場面でも、王子も姫も彼女を責めない。家来たちに赦すように指示し、優しく寄り添い説得するように人魚姫に接する、そして、王子は走り去る人魚姫を心配して後を追う。悪い人はどこにもいない----そんな風に思える優しい演出。

唯一の悪役と言えば、人魚姫の声と引き替えに脚を、姉たちの長い髪と引き替えにナイフを与えた海の魔女ということになるだろうか。今回、奥村康祐がこの役を演じたのだが、その妖しげな美しさは秀逸だった。彼は正統派のプリンスも似合うダンサーでありながら、様々な役に入り込む演技派だと常々感じていたが、こんな怪優ぶりも見せてくれるのだ。ところで、声も重要なこの作品で、人魚姫の歌声を担ったのは松浦綾子、美しい声を手に入れる前の魔女の声は山川大樹、姉達の声も含め関西歌劇団のオペラ歌手たちが、江原功指揮、関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏のなか生で歌った。
(2019年11月5日 フェスティバルホール)

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隣国の姫:高田万里、王子:アントン・サヴィチェフ

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人魚姫:奥村唯、魔女:奥村康祐

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人魚姫:奥村唯、海の王:アレクサンドル・ファジェーチェフ

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真珠:葭岡未帆、宗近匠

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人魚姫:奥村唯  撮影:尾鼻文雄、尾鼻葵(すべて)

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