パリ・オペラ座バレエのカール・パケット引退公演として、京都バレエが『ジゼル』を上演した

ワールドレポート/京都

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

京都バレエ団

『ジゼル』モニク・ルディエール、マニュエル・ルグリ:振付・指導・演出、安達哲治:監修

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ビアンカ・スクダモア、カール・パケット
撮影/瀬戸秀美(すべて)

京都バレエ団がパリ・オペラ座バレエのエトワール、カール・パケットの引退公演として『ジゼル』を上演した。パリ・オペラ座バレエの歴史に足跡を記した錚々たる舞踊家が様々に関わり、あるいは賛辞を贈った公演だった。クロード・ベッシー、アッテリオ・ラビス、ブリジット・ルフェーブル、ミカエル・ドナール、シリル・アタナソフ、モニク・ルディエール、マニュエル・ルグリ、エリック・カミヨ、マリー=ソレンヌ・ブーレなどである。
私は最近、コンテンポラリー・ダンスばかり観ていたので『ジゼル』全幕は久しぶりだったのだが、とても良かった。ともかくこの『ジゼル』には、ステップが溢れている。ステップがすべてを語っていると言っても過言ではない。基本的には、第一幕は踊りが大好きな村娘を中心とした喜びに溢れるステップ、第二幕は踊り続けなければ死んでしまうという設定の中でジゼルを死なせてしまったアルブレヒトの悔恨、ミルタの支配、こころならずもウィリとなってしまったジゼルの救済を求めるという切望のステップで構成されている。それらのステップが言葉の表現を越えて、じつに雄弁に物語を語っている。

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ジゼル:ビアンカ・スクダモア、
ロイス(アルブレヒト):カール・パケット

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ブドウの踊り:中村理寿、大森一樹

京都バレエ版の『ジゼル』は、従来の演出にも様々な工夫を凝らしているが、全体には芝居のシーンはできるだけ簡略化して、ステップとマイムによる表現を主体として音楽とともに踊っている。古典的なバレエの躍動的な美しさを現した表現である。恐らく、この点では、主演のカール・パケットほかのダンサー、振付・演出・指導のモニク・ルディエールとマニュエル・ルグリ、そして監修の安達哲治、企画・制作・構成の有馬えり子らのスタッフは完全に一致している。今日では、ここまで整然と古典的な舞台を創ることは、逆に勇気がいるのではないか、とさえ思える。しかし、『ジゼル』が今日まで愛され世界中で上演され続けているのは、この表情豊かに躍動するステップに観客が深く魅了されるからであろう。『ジゼル』を見るたびに今回のスタッフにも名を連ねているマニュエル・ルグリの言葉を思い起こす。曰く「ジゼルは心で踊るのだ」。

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バチルド:北野優香

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母ベルト:田中規子

カール・パケットは堂々たる踊りだった。貴族アルブレヒトの内面の動きを演技的表現に頼らず、全身の表情によって表していた。ステップにもジャンプにも円熟味があり、安定感も充分だった。
ジゼルを踊ったビアンカ・スクダモアはオーストラリア出身で、昨年カルポー賞を受賞し、スジェにも昇級したパリ・オペラ座バレエ団若手のホープ。第一幕の純朴な村娘と、終生踊り続けることを課されたアルブレヒトを一心に救おうとするウィリを見事に踊り分けた。特に第一幕の朗らかなステップ、第二幕のパケットとのパ・ド・ドゥは素晴らしかった。後悔の中に生きているアルブレヒトと死の世界にたゆたうジゼルが、ひとつの愛を求めながらも虚しくすれ違う姿を如実に描いた。ヒラリオン(鷲尾佳凛)は、第二幕で報われることのない悲壮感溢れる踊りを見せた。ミルタを踊った藤川雅子は、少し優しさを漂わせながらも、ステップでは明確にウィリの掟を表した。

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ジゼル:ビアンカ・スクダモア、ヒラリオン:鷲尾佳凛

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カール・パケット

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カール・パケット

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ミルタ:藤川雅子

カーテンコールでは、パケットの名演に感銘を受けた観客全員がスタンディングオベーションを贈り、その引退を深く惜しんだ。閉幕後、京都市の副市長が着物姿で、パケットの業績を称え感謝状を贈った。パケットもスピーチで応え、1989年のパリ・オペラ座バレエ学校で来日して以来続いてきた日本人ファンとの長いアデューは、いつ終わるともなく続いた。
(2019年7月14日 ロームシアター 京都メインホール)

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ビアンカ・スクダモア、カール・パケット 撮影/瀬戸秀美(以上、すべて)

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ロームシアター のロビーに展示されたカール・パケットゆかりの品々

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