石川惠己舞踊生活61周年記念「ジゼル」

ワールドレポート/大阪・名古屋

桜井 多佳子
text by Takako Sakurai

 長く、法村友井バレエ団でプリマ、指導者として活躍後、1995年にアート・バレエ難波津バレエ団・バレエスクールを設立した石川惠己(本名=恵津子)の舞踊生活61周年公演。
それにしても60年ではなく、なぜ61年なのか?プログラムによれば、「60年経過した過去ではなく、61年を機に未来へ向かう」という意識らしい。石川その人を知る者なら、その考え方は、なんとなく納得できる。つまり1からのスタートを記念しての公演なのだ。

アートバレエ難波津 『Legend for Tomorrow』

『Legend for Tomorrow』

アートバレエ難波津 『Legend for Tomorrow』

『Legend for Tomorrow』

 最初に披露されたのは『ジゼル』全幕。アート・バレエ難波津バレエ団では、第一回公演でもこの作品を取り上げ、大阪文化祭奨励賞を受賞した。第10回公演となる今回も同じ作品。『ジゼル』上演自体にも様々な石川の思いが込められているのだろう。
  第一回で石川は、ジゼルの母ベルタを演じた。それは素晴らしい演技だった。表情が豊かで舞台人の華があり、ベルタの表情が、ジゼルの不幸をすべて予言していた。ただ、あまりにベルタが上手すぎて、『ジゼル』全体の印象はぼやけて見えた記憶がある。
果たして今回、やはりベルタを演じた石川の舞台上での存在感はさすがだった。しかし、『ジゼル』という作品のなかで、ベルタは完全に脇役だった。これは、石川の演技が変化したのではない。周囲がそれだけアーティストとして成長を見せたということである。谷吹知早斗のジゼルは、テクニックの確かさに裏打ちされた安定感、そして浮遊感があり、アルブレヒト役、石川愉貴の演技は、よく練られていた。ミルタ役の行友裕子、バチルドの江川マヤ、クールランド大公の小原孝司ら脇を固めたゲストが、まさしくプロらしく、役柄を心得た演技を見せ、舞台に重厚さを加えていた。

 当日のプログラムには、9歳でバレエを始め、61年にわたり数々の舞台をつとめてきた石川惠己のさまざまな写真が載せられていた。驚くべきは、『レ・シルフィード』(1961年)や『白鳥の湖』(1969年)、『眠れる森の美女』(1975年)、『くるみ割り人形』(1978年)などプリマ時代の写真が、現在の石川とほとんど違わないことだ。

アートバレエ難波津 『Legend for Tomorrow』

『Legend for Tomorrow』

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『Legend for Tomorrow』

アートバレエ難波津 『Legend for Tomorrow』

『Legend for Tomorrow』

 さて、続く演目は『Legend For Tomorrow』。石川惠己舞踊生活61周年を記念して、石川愉貴が構成・振付をした作品である。登場する少女は、バレエを始めたころの石川惠己本人だろう。踊ることが大好きで、バレリーナを夢見る少女。やがて「アヴェ・マリヤ」に乗せて、金平糖の踊り(『くるみ割り人形』)やオデット(『白鳥の湖』)を行友裕子らが舞う。少女が大人になった姿=つまり現在の石川を演じるのは、その人自身だ。トゥシューズをはき、ポワントで立ち、優雅に回転する。自然に男性にリフトされ、音楽とともに踊る。鍛えられた女性の身体は、これほどまでに隙がなく、オーラを放つものなのかと感嘆した。この作品で描かれたのは、懐古や追想ではなく、61年の年月が育てた女性舞踊家の美しさだった。それは観客に勇気と元気を与えていた。「お涙ちょうだい」的な作品の対極にありながら、観客の多くが涙を流していたのはそのためである。
(11月19日、ウェルシティ大阪厚生年金会館大ホール)

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