上村なおか×笠井瑞丈 コンテンポラリーダンス公演『青空散歩』

ワールドレポート/大阪・名古屋

唐津絵理
text by Eri Karatsu

 愛知県の東に位置する春日井市のかすがい芸術劇場にて、上村なおか×笠井瑞丈によるコンテンポラリーダンス公演が開催された。地域創造が助成している<公共ホール現代ダンス活性化事業>の一環として、春日井で行われた初めてのコンテンポラリーダンス公演だ。

『青空散歩』

『青空散歩』

『青空散歩』

 上村なおかと笠井瑞丈はこれまでもことあるごとにデュオを発表してきたが、その多くは即興に中心にしたもの。今回は、笠井瑞丈が構成・振付を担当、さらに下手奥に位置するピアニストの藤田佐和子が、豊かなピアノの音色でダンスと交錯、積極的に関わり、導いていくことによって、より完成度の高い作品となっていた。
 J.S.バッハのアリア「ゴルトベルク変奏曲」から始まる音楽に、まるで日本絵画のようにくっきりと浮かびあがってくる上村なおかの肢体。赤のタンクトップに白のフレアースカートが、目にも鮮やかな、印象的な幕開けだ。続く、R.ワーグナーの第1幕への前奏曲・楽劇「トリスタンとイゾルデ」は、この作品で唯一の録音による音楽。1972年のカラヤン指揮=ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏に、笠井の音への強いこだわりが顔を覗かせる。上手前に座した笠井は、レコード盤の古くて少々軋んだ音の狭間に、滑らかに、その鍛えられた身体を滑り込ませていく。ピーンと張り詰めた緊張感の中、静粛な切腹の一場面が脳裏に浮かんだが、なるほど、作品のイメージは、三島由紀夫の『憂国』から来ているとのことだった。

『青空散歩』

『青空散歩』

『青空散歩』

 バッハのプレリュード「イギリス組曲」、J.ブラームス間奏曲イ長調「6つの小品」、シベリウス第2楽章「アンダンティーノ」、バッハのプレリュード「イギリス組曲」、R.シュトラウスの第2楽章「アダージョ・カンタービレ」「ピアノ・ソナタ」と音楽は移行し、その都度、懐かしくて切ない新しいダンスの世界が幕を開いていくようだ。特に音楽に寄り添った上村のダンスは詳細に亘るまで繊細、かつ振付された身体と空間を隔てる境界線が明瞭で潔い。ここで驚くのが笠井の選曲の素晴らしさだ。ダンスの音楽は作品の質を決定するといっても過言ではないだろう。しかし残念ながら、日本の舞踊家の音楽センスには落胆することがしばしばだ。瑞丈の笠井叡ゆずりの選曲の良さは、当然のことながら、この作品の成功にも大いに影響を与えていた。
 こうした一連の音楽の中にあって、ふっと挟まれたすべてが自由な「即興」の時間。ここでは、ダンスも音楽も、互いの呼吸や反応で、形創られていく。もちろん、空間や観客も含めて、その日その場を共有した人たちすべてが、そのシーンを決定づけたといってよいだろう。演者の息づかいが聞えてくるほどの距離で、緊張感を共有する心地よさは、こうした小ホールならではのものだ。
 ある場面では、上村をサポートするように笠井が前に進み、また次のシーンでは男女が2人横に並んで静かに佇む。またあるときは、それぞれが自らの身体と格闘するかのように静謐かつエネルギッシュに踊り続ける。2人の関係はそのまま自分と他者との関係を照射していくように、観るもの自身の人生をも映し出してしまう。  タイトルは『青空散歩』。ちょっとだけ立ち止まり、寄り道をしながらも、前を向いて歩いてゆく。そう、それはフワフワとした青空の中。まっすぐに突き進んでいく清々しさと、たゆたうような生命のはかなさ。2人はそんな人の存在の根源を感じることのできる心地よい時空間を創りだした。

(3月4日、文化フィーラム春日井・視聴覚ホール)

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