"カンパニーでこぼこ"の若い感覚を生かした瑞々しい『ジゼル』

ワールドレポート/大阪・名古屋

すずな あつこ
text by Atsuko Suzuna

 日本では公演というと、バレエ教室を基盤とした団体によるものが多いが、ここは少し違う。関西の多くのバレエ団公演や発表会にゲストとして出演している脇塚力が、知人である男女ダンサーに声をかけて集まったメンバーによるカンパニー。それぞれバレエ団などに在籍しながら、またはフリーで参加している。活動の形態はいわゆる小劇場演劇などに近い感じのようだ。

カンパニーでこぼこ『ジゼル』

 昨年、旗揚げされ『コッペリア』を上演、それも良かったのだが、2回目の今回、予想以上に興味深い公演になっていた。

 まずオープニング的に、谷桃子バレエ団の岩上純振付『DESERT TOWN』が 13名のダンサーによって踊られた。この作品では特にラストの男女(西尾睦生と新屋滋之)によるアダージョが心に残っている。朝の光を思わせる優しい光の中、心が洗われていくような優しいパ・ド・ドゥだった。

 そして『ジゼル』は脇塚力のオリジナル演出&振付。まずプロローグがあり、老人が墓参りをしている、その後ろには老婆がたたずむ。年老いたアルブレヒトがジゼルを忘れずに墓に出向いているのだ。そしてその後ろにいる老婆は彼と結婚したバチルドなのだろう。

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 1幕、全体的に現代っ子風にジゼルとアルブレヒトが描かれてる。大げさなほどにお転婆な走り方で恋の喜びを表すジゼル、ニコニコと素直で、ちゃめっけまで感じさせるアルブレヒトは、踊った西田祐子と脇塚力自身の個性を活かした演出に見える。そんなに大きくないホールの規模で、細かな表情が伝わりやすいのも効果的だった。
 一方、ジゼルのヴァリエーションでは演技をきちんとふまえた上にバロネは一度も降りずにこなすなど、高レベルの技術もきちんと見せてくれた。

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 2幕はさらに舞台に引き込まれた。まず、村の人々が悲しげにジゼルの墓に花を捧げることから始まる。ミルタ(西尾睦生)は、上げすぎない脚、やわらかい丁寧な動きが上品。コール・ド・バレエは、そのミルタを中心に円形に構成される。花びらが閉じたり開いたりを思わせるその動きはとても美しい。1幕も通して、コール・ド・バレエのレベルはなかなか。技術もだが、気持ちがそろっているのを感じた。きっと、このカンパニーの性格上、自分の意志で参加しようと思って集まっているメンバー、みんなの気持ちが前向きなのが現れている。

 面白いのは、ジゼルがグレーの衣裳で登場すること。グレーの衣裳のジゼルはふつうの女の子「どうして、こんなことになっちゃったの?」と、とまどう。そして、アルブレヒトには彼女は見えない。「私はここにいるのに」と必死で彼に気づかせようとするジゼル、なんだか分からないけれど、気配を感じるアルブレヒト。
 アルブレヒトが気づいた時、グレーが脱げ、純白のロマンティック・チュチュのジゼルに。無音の中、目を見合わせ、手を取り、抱きしめられる。無音であるからこそ、気持ちが痛いほど伝わった。

 また、このアルブレヒト、ふつうの男の子そのものという感じで、グチャグチャに泣き出したりする。クラシック・バレエの貴公子のイメージとは違うのだけれど、気持ちがストレートに伝わってこれはこれでいいものだなと思った。よく『ジゼル』2幕は寝てしまうという人に会うが、この2幕なら寝ないだろう。

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 ラスト、朝、墓に帰っていくジゼル。そこにバチルドが現れる。バチルドの手を取り、エスコートして去るアルブレヒト。『ジゼル』初演台本にはこういうシーンが書かれているのだそうだ。
 冷静に考えれば、ジゼルがあんな風に死んでしまったら、アルブレヒトは結局、バチルドと結婚するのだろうと思う・・・でも、それをこんな風に観せられると、悲しみは倍増する。ズーン、と来る終わり方。ただ、その後、もう一度アルブレヒトがひとりで登場して、ジゼルの墓の方に向かうことと、オリジナルプロローグの老人になってもジゼルの元にやってきくる・・・というのが思い出されるのがせめてもの救い。
 オリジナリティにあふれていながら、古典の物語や美しい動きを崩さない姿勢の演出。それをきちんと観せてくれた素晴らしい公演だった。このカンパニーの次の舞台にも期待したい。
(3月12日 いたみホール)

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