新生テアトル・ド・バレエ カンパニーの三つの創作作品による公演
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ワールドレポート/大阪・名古屋
- 唐津 絵理
- text by Eri Karatsu
2010 テアトル・ド・バレエ カンパニー1st公演
市川透 振付『KIOKUの風』、井口裕之 振付「『DOLL 』、深川秀夫 振付『Die Tanzerin(女性舞踊)』
国内外で活躍する数多くのダンサーを育成してきた塚本洋子バレエ団は、昨年「テアトル・ド・バレエ カンパニー」と名称を改め、民間と手を組むことで組織改革を行い、若手の育成のための環境整備に乗り出した。校長は塚本洋子、芸術監督は深川秀夫。そして名古屋市芸術創造センターで初めてのカンパニー公演を行った。
演目は3作品で、いずれも創作作品であるところに、このカンパニーのひとつの特徴が表れている。海外のバレエ団のレパートリーの半分はコンテンポラリー作品である。日本で人気のある演目を上演するのではなく、あえてオーディションによる選抜ダンサーで現代作品を創作し、世界に通用するバレエ団を目指す、新星バレエ団の志の高さを示してみせた。
『KIOKUの風』は、愛知県出身で新国立バレエ団の契約ソリストでもある市川透による振付。市川は近年、小作品から全幕物まで、沢山のオリジナルの振付にも取り組んでいる。
今回は、今年生誕200年にあたるショパンの音楽を全編に散りばめたシンフォニックな作品で公演の幕開けを飾った。ピアニストの三浦智里が舞台左手奥に座り、ショパンの小気味良い、また流れるような旋律を奏でると、真っ白なワンピースに身を包んだ10名のアンサンブルが舞台上に滑り出て、ときはそこに留まり、身体の軌跡を残して、またかけ抜けていく。その爽やかな、しかし切なく胸に染み込む姿は、記憶の残した欠片なのだろう。山崎有紗と南部真希の風に押し流されそうにたわむ華奢な身体がその効果をさらに魅力的なものにしていた。
次の作品も新国立バレエ団のダンサーかつ振付家の井口裕之による『DOLL』。この作品は武者小路実篤の人形への思いを綴った文章をモティーフにしている。
一人の男が人形を担いで登場し、舞台上の人形が徐々に増えていく。表現力のある8名のソリストによる人形ぶりが個性的でユニークだ。チェンバロなど、音楽によって場面が劇的に変化して、動きの見所も多い。
時折、ダンサーが振付に追われているように見えてしまうシーンもあるものの、特にアメリカから帰国したばかりで、秋のシーズンから新国立バレエ団への入団が決まっている米沢唯のソロからは目が離せない。海外のバレエ団で毎日のように舞台に立っているプロのダンサーの身体には相当の説得力が備わることを改めて感じさせてくれた。また植杉有稀はバレエダンサーには珍しく、舞台の前で腰掛けて微笑んだり、身振りを多用したりと、身体の雄弁さが際立っていた。女性ダンサーの魅力を引き出し、人形のイメージの断片が折り重なっていくような秀作だった。
ラストを飾ったのは、芸術監督の深川秀夫による『テェンツァリン(女性舞踊手)』。ジョン・ウイリアムズの懐かしく粋な音楽にのって、ダンサーがダンサーを演じる1983年の深川のデビュー作だ。今回は青木里英子や畑野ゆかり、米沢唯、須藤有美など14名の選抜ダンサーに恵まれて、最高の「テェンツァリン(女性舞踊手)」となった。ダンサーはみな黒のレオタードに黒のポワント(トゥシューズ)を履き、ダンサーであることに誇りを持っているように堂々と振舞う。次々にたたみ掛けるような振付と、複雑かつ整然としたフォーメーションは深川の真骨頂。ダンサー個人の幼い頃の写真が投影されると、その前でソロを舞うダンサーによって、ダンサーとしての自分と、個の存在としての自分が重なり、複雑な思いが交錯していく。
後半、ポワントの片一方を脱ぎながら、片足で踊るなど、コミカルな振付を織り交ぜながら、素に戻っていく1人の女性としての存在を印象付ける。ダンサーの運命を描いたこの作品は、ダンサー個人に徹底的にフォーカスすることで、揺るぎのないダンスそのものの世界を描き出している。ダンサーを生き生きとさせることで定評のある深川秀夫の世界を決定付けた傑作が、最高のダンサーを得て、再び蘇った。
(2010年6月29日 名古屋創造センター)
撮影:岡村昌夫