シャガールの版画と新曲とともに踊った『ダフニスとクロエ』
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掲載
ワールドレポート/大阪・名古屋
- 唐津 絵理
- text by Eri Karatsu
振付・ダンス:三輪亜希子 音楽とバレエの物語 『ダフニスとクロエ』
メナード美術館
メナード美術館で開催されているシャガール版画展に合わせて音楽とダンスによるパフォーマンスが開催された。
会場となったのは、シャガールが描いた「ダフニスとクロエ」の版画が展示されている展示室2。新日本フィル首席フルート奏者を務める荒川洋が「ダフニスとクロエ」の版画にインスピレーションを得て作曲し、さらにその音楽とダンサーがコラボレーションを行うという展覧会関連企画である。ダンサーには「あいちアーツ・チャレンジ2007舞踊部門」に選出された後、この企画の講師であった伊藤キムの「輝く未来」や、平山素子作品に出演するなどの活動を始めた三輪亜希子が選ばれ、音楽と版画に囲まれた贅沢な空間でのダンスパフォーマンスに挑んだ。これは三輪にとっては初の単独ソロ公演でもあった。
展示室を入ると、入口右手の長椅子の上に、シンプルなベージュのブラウスとワインカラーのスカートを巻きつけた三輪が横たわっている。フルート奏者の荒川とピアニストのうえだようが演奏を始めると、三輪は眠りから覚めたように起き上がり、客席を取り囲んで少しずつ歩き進める。そしてゆっくりと音楽家の前を通り抜け、そこで腰から垂らした布スカートを落とした。産み落とされた命の誕生を感じさせるこの象徴的な場面から一転、三輪は足早に展示室を駆け去る。
「ダフニスとクロエ」は、古代ギリシャを舞台に、羊飼いの少年ダフニスと少女クロエの誕生から結婚までを描いたロンゴスの古代小説。シャガールはこのギリシアの古代物語のために、42点の版画を残した。
今回のパフォーマンスではそれぞれの版画に寄り添いながら、版画のビジュアルイメージに音楽とダンスが追いかけていくような構成になっている。それは2次元の版画が、時空を超えて3次元へ、さらに古代から現代へと飛び出してしまったようなパフォーマンスだ。
三輪はじっくりと時間をかけながら版画や音楽に向き合ったかと思うと、次のシーンでは軽やかなステップで素早く展示室内を駆け回る。その動きのひとつひとつが版画1枚1枚の場面に呼応しているという。手話のように見える微細な動きや、三輪の背中の柔軟性とバネを活かした瞬発力のある動きを自在に織り交ぜることによって、ダイナミックな時空のうねりを生み出している。また時おり密に、そしてまた疎に感じられるダンスと音楽の掛け合いが、ダフニスとクロエという主人公2人の男女の感情の機微を映し出しているようで清々しい。それはまた、荒川と三輪のそれぞれの存在とも重なってみえた。
三輪は恋に落ちる場面では淡いピンクのワンピースに着替え、成長したクロエではシックなマスタードカラーの衣装になるなど、版画の鮮やかな色彩にインスピレーションを得、ヴィジュアル面からも女性の成長を描いている。
企画の初期段階ではラヴェルの同名曲を編曲し、使用する予定だったというが、よりシャガールの版画のイメージに近づけるために荒川は新たに作曲を試みたという。その苦心の成果は十分にあっただろう。三輪も懐の深い音楽家たちに支えられて密度の濃いパフォーマンスを見せた。また凝縮した展示空間で縦横無尽に動き回るダンサーにハラハラしながらも、それを全面的にサポートしたメナード美術館の懐の深さにも敬意を評したい。
(2011年3月19日 メナード美術館展示室2)