光と音と共にあるダンス、アンサンブル・ゾネの新境地
- ワールドレポート
- 大阪・名古屋
掲載
ワールドレポート/大阪・名古屋
- 唐津 絵理
- text by Eri Karatsu
振付:岡登志子『Still Moving2〜穏やかな不協和音』
アンサンブル・ゾネ
神戸在住の振付家・岡登志子率いるアンサンブル・ゾネは、クリアな意思とそれを表現するテクニックを備えている日本では稀有なダンスカンパニーである。ブレのない明瞭な動きや綿密かつ丁寧な描写、実存を問う創作姿勢はやや地味に映る場合もあるが、それも厭わぬ確固たる覚悟をもち、継続的に作品を創作し続けてきた。中でも今回は、これまでの岡の追求してきたスタイルが大きく花開いた集大成的作品といってよいだろう。
舞台右手奥には天井からシンプルな立方体のオブジェが吊られている。無音の中、空気を全身で引きずるように舞台を左右に動き始める10名のダンサーたち。厳粛な雰囲気に呼応して、ブルガリアの民族音楽が差し挟まれ、荘厳な合唱が響き渡る中、儀式の幕が開く。
10名のダンサーたちは幾何学的なユニゾンを構成し、次第に左右、上下に移動するいくつものデュオが出現。音楽監督を務めた高瀬アキのジャズピアノの音で、大人数が自在に出入りしながら、巧みなアンサンブルが展開されていく。そして無音のなか、ゲスト参加2回目となった中村恩恵の登場。
センター前、静かに床に横たわった中村のダンスが始まると、空間には彼女の身体の鼓動が伝道し、瞬く間に空気が変容していくのがわかる。宙をたゆたうような中村の流麗な動きは途切れることがなく、彼女の身体を通り抜けるエネルギーの軌跡は目に見えるようだ。まさに「Still Moving」というタイトルを体言しているような動き続けるダンス。ドイツのフォルクバング大学で岡が学んだクルト・ヨースに起源をもつ動きと、イリ・キリアン始め数多くの偉大な振付家のメソッドを自分のものとしてきた中村の身体が、拮抗しつつも絶妙なハーモニーを見せる。振付を自らの身体に刻ませる力量、中村のダンサーとしての優れた資質をあらためて証明した舞台ともなった。
また中盤のカンパニーメンバーによるアンサンブルと音楽とのスリリングな駆け引きが楽しい。5名のダンサーが椅子を携え舞台左に縦のラインを作ると、そこに突然ピンクのドレスの少女が走り込む。スピーカーから流れるピアノとトランペットのセッションのように、椅子を用いた素早い動きで、5対1のダンスバトルが始まり、音楽とダンス、そしてダンサー同士の緊張の糸が自在に浮遊する。
さらに椅子を使った女性4名による場面では、べートーヴェンのピアノ曲に操られるかのごとく、ダンサーはリズミカルに空間を跳ね、沈み、宙に放り出される。
多様な音の海に解き放たれた身体の煌きが眩しい。さらに伊藤愛や岡本早未などのカンパニーダンサーの身体の強度、近年ゲストの常連ともなっている垣尾優の異質な存在感は、情緒的に流れがちな作品に硬質さを加味し、作品の質感に彩を添えた。
そして後半の主役は、山海塾の照明も手がける照明デザイナー・岩村原太のインスタレーションだろう。前半はオブジェに見えた装置が、実は光の万華鏡であったことに気がつく。キューブ型のオブジェの割れ目から漏れ出す光が、時間経過に伴って少しずつ空間に侵食し、3次元の舞台がより立体的に意識される。
前半は、ダンサーを導き、方向を指し示す光の照明が、後半では身体と空間を解き放つ装置として機能している。動きも前半の伸びやかさは影を潜め、腰を屈め、重力に寄り添うゆっくりとした動きがベースとなる。そこに重なるのは、低音でまばらに響くピアノの音。決して音楽に合わせて振付されたわけではないこの作品が、極めて高い次元でダンスと音楽の緊張関係を持ちうることは特筆に価するだろう。
ドイツ表現主義の精神を受け継ぐ動き、ソロとアンサンブルの対比、音楽と動きの緊張関係、そして光。こだわり続けてきた岡の信念が奇跡のような融合をみせた一夜となった。
この度の大震災で東京公演がなくなってしまったことを残念に思っていたところ、11月28、29日にシアターXで上演が決定したという喜ばしい報告をいただいた。是非とも少しでも多くの方に立ち合っていただきたいと願う。
(2011年3月28日 愛知県芸術劇場小ホール)
撮影:阿波根治