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ニューヨーク・シティ・バレエ団プリンシパル、ゴンサロ・ガルシア=インタビュー

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

Gonzalo Garcia NYCB Principal dancer

スペイン、サラゴサ生まれ。1995年にローザンヌ国際バレエコンクールで史上最年少の15歳で金賞受賞。その後サンフランシスコ・バレエ・スクールで学び、1998年3月にサンフランシスコ・バレエにコール・ドとして入団、2000年にソリストに昇進、2002年からプリンシパルに昇進。2007年10月にニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)へプリンシパルとして移籍。

----NYCBでの仕事は今、どういう状況になっていますか。

ゴンサロ・ガルシア 最後の公演は冬のシーズン(Winter Season)でした。最終日は3月1日だったと思います。私の母も公演を観に来ました。最後の週はジャスティン・ペックの作品集でした。とても美しい作品で、私たちは1週間それを踊りました。
その後春休みがあり、ロンドン公演へ行く予定でしたが、Covid-19のパンデミックの問題が始まってヨーロッパへの渡航ができなくなったため、すべてキャンセルになりました。
以降、私たちはNYCBの公演の仕事をすべて失いました。そのため、その直後は、NYCBはデジタル・スプリング・シーズンをインターネット上で6週間行い、過去の公演の録画を公開していました。その時には、私たちはデジタル・スプリング・シーズンでプレゼンテーションなど仕事があったため、NYCBから給料は支払われました。
5月末以降、NYCBは予定が無くなり、夏の公演、秋のシーズン、年末の「くるみ割り人形」の公演もすべてキャンセルとなりました。年内はNYCBは全く予定がありません。
来年の冬のシーズンも予定が決まっていませんが、それも開催されそうに思えません。おそらく、それもデジタル・シーズンになるのではないかと思います。あるいは、冬のシーズン公演はほんの短い期間だけ行われるのかもしれません。
そういうわけで、私たちダンサーはどうなるのか全く分かりかねますし、6月からずっと給料も支払われていません。少なくとも来年1月までは全員解雇されました。ですからNYCBのダンサーたちにとって、かなり厳しい状況です。
でも私の場合は、例えば、バレエ講師として教える仕事をたくさんしていますから、幸いなことにこの時期でもオンライン・クラスをしています。私は2年前からスクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)の講師(ファクリティー)を務めていますし、6〜7年前からバレエ・アカデミー・イースト(BAE)の講師です。バレエ・アカデミー・イーストはマンハッタンの92丁目にあって、元NYCBプリンシパルのダーラ・フーバー(Darla Hoover)が芸術監督を務めているバレエ・スクールです。彼女はとても素晴らしいバレエ教師で、現在はセントラル・ペンシルベニア・ユース・バレエ (CPYB)の芸術監督でもあります。私はCPYBにティナ・レブランク(Tina LeBlanc)と共に招聘されて踊ったので、それから長い間、彼女のことをよく知っています。ティナは、サンフランシスコ・バレエの元プリンシパル・ダンサーです。私がサンフランシスコ・バレエからニューヨークに引っ越してきた時に、ダーラのバレエ・アカデミー・イーストで講師として招待されて教えて以来、そこで講師をしています。そのため、私はニューヨークで2箇所のバレエ・スクールで講師をしているので、私は今年の夏の始めからずっと主要なバレエ・クラスで教える仕事がたくさん詰まっていてかなり多忙でした。そのお陰で私は精神的にも、肉体的にも、経済的にも様々な面でとても助かりました。

----世界がこんな状況の中でも、あなたは講師としてのたくさんの仕事とプロジェクトがあってよかったのですね。

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© Paul kolnik

ガルシア はい。いろいろなプロジェクトもあります。
今は、ダンサーは皆、それぞれの解決方法を探っているところです。中には、クリエイティブな人々はデジタルで、様々なジャンルのダンスの映像作品を製作しています。最近、そのような人々から依頼があり、15のダンス作品映像を製作する中に、私のコンテンポラリーの振付作品を入れてコラボレーションをしたいとのことで、協力することになりました。現在、まず私1人で振付を準備中です。これは屋外で録画するため、天候によって、ニューヨークで撮るかスペインで撮るかもしれません。このプロジェクトは私にとっても、一つのゴールに向かってスタジオの中で芸術的な内容に取り組める良い機会となりました。
ロックダウンの後、私は自宅からオンラインでバレエ・クラスを教えて、オンラインで様々なダンス・クラスを受講しています。チャンスがある時には、スタジオに行ってダンスに取り組んでいますが、今はとても難しい時期です。
実は8月下旬からスペインへ行きます。私は3年前にアメリカの市民権を得ていて、現在はスペインとアメリカの両方のパスポートを保持しているため、Covid-19の渡航制限や入国制限がある中でも、ニューヨークにもスペインにも自由に入国出来るからです。元NYCBプリンシパルのホアキン・デ・ルースは、現在はスペイン国立舞踊団の芸術監督ですが、Covid-19のパンデミックが始まってしばらくした頃、5月に電話をかけてきてくれました。5月にはスペインはパンデミックがだいぶん改善されてきて、少しずつスタジオでの練習に戻り始めて、7月末にはかなり普段どおりの活動が出来るようになりました。屋外の公演をグラナダやマドリードなどで行ったそうです。ホアキン自身も出演してジェローム・ロビンスの振付作品を踊りました。
そこでホアキンが電話で私に、11月にマドリードのテアトロ・レアル(王立劇場)で彼が芸術監督になってから最初のプログラムの公演が行われる予定で、以前私とホアキンが一緒に何度も踊ったことがあるアレクセイ・ラトマンスキーがNYCBへ振付けた作品の上演を契約したので、ホアキンと私と一緒に踊ってもらいたいと依頼がありました。この公演期間中にこの作品は4回上演されますが、そのうち1回をホアキンと私で踊ってほしいということと、そしてジョージ・バランシン振付の『アポロ』もホアキンは踊る予定ですが、これも私が出来れば1回踊ってほしいと頼まれました。私は「もちろん、踊りたい!」と即答しました。
でもその時は世界中でロックダウンになっていたので実現は難しそうでしたし、きっと実現できるだろうけれど、でも一体そんなことをどうやって実現できるのかなどと彼と話し合って途方に暮れていましたが、それから少し時間が経ったら状況は少しずつ良くなってきたので、実現の可能性が高くなりました。私は、11月19日から21日の予定で出演することになりそうです。ちょっと記憶があやふやですが16日から21日かもしれません。
そのため、今からマドリードへ行きます。8月31日から数週間の予定でそのリハーサルが始まるので、私も彼らと共に最初から練習に参加するからです。これから3ヶ月間マドリードで働きますが、まず1ヶ月間マドリードに滞在して様子を見てみます。もしかしてニューヨークとマドリードを行ったり来たりする生活になるかもしれません。また、その期間、マドリードとサラゴサも行き来する予定です。私はサラゴサ出身で私の家族がいるからです。サラゴサはマドリードとバルセロナのちょうど真中あたりに位置しています。
今、私はこの公演の仕事についてとてもわくわくしていますが、こんなに長期間もプロのダンサーたちと共にリハーサルをしたり、バレエ公演の本番で踊っていないので不安でいっぱいです。3月から8月まで6ヶ月間もそのように踊っていないからです。
でもこれは天の恵みですからありがたいことです。私はすごくラッキーです。私はヨーロッパのパスポートも持っているので、こんな状況下でもヨーロッパで働くことは簡単です。
ニューヨーク、アメリカ国内ではダンスの仕事が再開されるにはまだまだ時間がかかりそうですし、NYCBも提案はあってもまだ何も具体的に決まっていないのです。NYCBのダンサーは、まだスタジオにさえ入れないのです。いつスタジオに入って練習できるようになるのか、先のことは全く見えない状況です。

----NYCBのダンサーはスタジオに入れないのでしたら、日頃のバレエの練習はどうなさっていますか。

ガルシア NYCBからはロックダウンの後、オンラインでダンサーが自宅で受けられるクラスは毎日1時間と、時々ワークアウトのクラスも提供されています。
NYCBの予定が決まっていないため、悲しいことに、とても多くの団員ダンサーはNYCBを去らなければならなくなり、彼らの荷物をストレージに預けて、彼らのここでの生活をたたんで、またNYCBに戻れる日を待っている状態です。両親のもとへ帰省した者もいれば、別の場所へ引っ越した者もいます。中には、ダンサーそのものを辞めてしまった団員もいます。

----NYCBのダンサーなのに、ダンサーそのものを辞めてしまった方もいるのですか。

ガルシア はい、ダンサー自体を辞めてしまった方々もいます。なぜなら、NYCBのダンサーでいるための肉体を保ち続けることは、この状況下ではとても難しいからです。
例えば、私の場合は毎日バレエの練習をし続けていますし、ダンススタジオを時々使うことが出来ていました。6月から7月に6週間、郊外のコネチカットの別荘に滞在し、そこでバレエ練習用として別にスタジオも借りて、バレエのクラスをオンラインで行うことが出来ました。そして空いている時間に、オンラインでたくさんの個人レッスンを行いました。今はすべてインターネットで、Zoomを使って講師の仕事をしています。スクール・オブ・アメリカン・バレエ、バレエ・アカデミー・イースト、セントラル・ペンシルベニア・ユース・バレエ、他にも様々なオーガニゼーションの特別クラス、バレエ・アーツなどでオンライン・クラスをしています。
また、毎週土曜日にはワールドワイド・バレエ・クラスで私も教えています。幼少時から一緒に踊っていた仲間の2人のスペイン人男性ダンサーとともに、一人はサンフランシスコから、もう一人はワシントンから、パンデミックの直後からオンラインで世界へ放映しています。ほとんどの受講生は西海岸の方々です。興味深いことにこのクラスは無料で、毎日2コマのクラスが様々な講師によって行われています。私のクラスももちろん無料です。クラスはオンラインで、過去のものも閲覧することが出来ます。日本からもクラスへ参加者たちがいます。日本人の小さな男の子が1人いて、熱心に参加していますよ。日本の皆様も詳しくはウェブサイトをご覧ください。
https://www.worldwideballetclass.com/

----今、バレエを上演する劇場はどんな状況ですか。

ガルシア ヨーロッパは劇場が閉鎖している間、夏にたくさんのダンス・フェスティバルが屋外で開催されました。ヨーロッパでは通常、政府が劇場を支援しているので、今後はソーシャル・ディスタンスのため人数制限をして少なめの客席でダンス公演が上演されていく予定です。
でもニューヨークは政府が劇場をほとんど支援していないので、このソーシャル・ディスタンスの状況下では、75から80パーセントの劇場は公演を上演しないことを選ぶそうです。劇場が経済的に苦しいからです。ニューヨークでは、バレエ公演はチケット販売の利益によってほとんど運営されているので、ソーシャル・ディスタンスで半分以下の客席数で上演すると、チケット販売で十分な利益を得られなくなり運営費が足りなくて赤字になるから、上演しないほうが良いという判断をするそうです。それはとても悲しいことです。でもそれが現在の状況なのだから、そういう中で前向きに努力し続けなければならないです。

----あなたはロックダウンの間もバレエを続けていて、ダンサーとしての身体を保つことが出来ているのですね。

ガルシア ロックダウンが始まってからも、自宅で常にバレエの練習をしたりオンライン・クラスで教えたりし続けているので、自分のダンサーとしての身体を維持することが出来ています。最初は私の自宅のリビング・ルームでクラスを教え始めました。やがて鏡を置いてある私の自室に移動して、クラスをやるように変化しました。
1つの問題は、自宅の床はとても固かったことです。私はHarlequin Floorsを注文して自室の床に敷き詰めました。私の相方が映画監督なので、私のバレエの映像を撮影したかったという理由もあり、それを床に敷き詰めたのです。また、テラスに庭があるので、そこでも撮影したり、与えられている限られた場所を使って工夫していました。現在は、少しずつスタジオにいる時間を増やしています。そういうわけで、練習を続けて私のダンサーとしての身体を維持し続けることはとても難しいことでした。

----相方さんがあなたのクラスを撮影してくれたのですか。

ガルシア いいえ、私のクラスは私が自分で、パソコンを使ってZoomで簡単に撮影しています。私の相方は他の映像のために撮影していました。友人がやっている建築・家具の雑誌、Arquitectural Digestのためでした。ロックダウンの最中に、自宅で私が自分自身のためのバレエの練習やリハーサルをしたりクラスを教えている様子を撮影した短い映像です。
そういう状況の中で出来る範囲でバレエの練習をし続けるのは難しいことです。私はパワフルだし意思がとても強いのでへこたれませんから、バレエが出来る状態を維持することも、ダンサーとしての身体を維持することも出来ますし、精神面を強く保ち続けることはさらに簡単に出来ます。
でも悲しいことに、とても多数のNYCBのダンサーの友人たちは、彼らの人生を失いつつあり、アパートを失い、仕事も生活もすべて失いました。ニューヨークの高い家賃などを支払い続ける収入源が無いからです。そのため、NYCBが私たち団員を援助してくれるといいなと、期待しています。でも今のところ、カンパニーからの援助はほとんど無いままです。ニューヨークのABTなどの他のダンス・カンパニーも同じ状況だろうと思います。

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©Paul kolnik

----あなたはたくさんのプロジェクトがあるので、ラッキーでしたね。

ガルシア はい、世の中がこんな状況の中、私は多くの可能性があるので運が良いです。今は出来るだけ多くのプロジェクトに参加するように心がけていて、多くの機会に参加することも次の仕事のチャンスの一部だと考えています。

----どのようにダンスを始めましたか。

ガルシア 私はスペインのサラゴサでダンスを始めました。幼い頃、私はよく動き回る子供で、音楽を聞くといつも踊っていたので、それを見た両親が近所の小さなバレエとジャズダンスの教室に私を通わせ始めました。最初は6歳からジャズダンスをやり始め、私はダンスがとても大好きになりました。教室の先生は私の母に、私はバレエを試してみたらどうかと勧めました。その後、私はバレエが大好きになり、その教室で1年半か2年くらい続けました。ヨーロッパで最も重要なバレエ・スタジオの1つであるEstudio de Danza Maria De Avila(マリーア・デ・アビラ)がサラゴサの自宅の近所にあったので、8歳からそこに転校して通い始めました。そこで私の人生が変わりました。マリーアはヨーロッパ、特にスペインで最も重要なバレエ教師であり、彼女の教え子の世代は、優れたダンサーや教師となりました。ヴィクトール・ウリャーテ(Victor Ullate)、カルメン・ロッチェ(Carmen Roche)などです。ヴィクトール・ウリャーテは私と同郷のサラゴサ出身で、彼の教え子のダンサーには、アンヘル・コレーラ(Angel Corella)、ホアキン・デ・ルース(Joaquin De Luz)、タマラ・ロホ(Tamara Rojo)などがいます。

----あなたのご実家の近所にそのマリーア先生の学校があったなんてラッキーでしたね。

ガルシア はい、とてもラッキーでした。マリーアによって私の人生が変わりました。彼女は私の第二の母のようなもので、ローラ(Lola De Avila)という彼女の娘さんはまるで私の守護天使のような役割をしてくれました。
マリーアの死後、ローラは後を引き継いで素晴らしい教師となりました。ローラはバレエ教師として重要な役割を果たし、サンフランシスコ・バレエ・スクールの講師を務めていました。
そして私が15歳の時にローラが教えていたサンフランシスコ・バレエ・スクールへ行き、夏休みのサマースクールで学びました。そこで、私は続けてそこで学びたいと思いましたが、それにはお金が必要なので、1995年にローザンヌ国際バレエコンクールに出ました。ローザンヌで金賞を受賞して、ボリショイ・バレエ学校で学ぶことになりました。1995年1月にボリショイに行き、その年の9月からサンフランシスコに行き、15歳から19歳まで学びました。サンフランシスコ・バレエ・スクールには3年くらいいて、その後はサンフランシスコ・バレエに入団しました。1995年から2007年までサンフランシスコにいました。2007年にはNYCBに移籍し、現在も続けています。

----そんなに長い間、現役でバレエダンサーを続けているなんて、すごいですね。40歳の今も現役ダンサーとしての身体を維持し続けているなんて、きっと大変な努力をなさっているのですね。

ガルシア はい、このダンサーとしての身体を維持し続けるのは、40歳の私にはとても大変なことです。大変な努力をしています。3年近く前、2017年に右足の手術をして補強しまして、その時は、私は治すことが出来るのかどうか分からなかったので、困難な時期を過ごしました。舞台公演に戻るまで、リハビリに8ヶ月かかりました。
私は無事に右足が治り、かなり重労働で強く踊らなければならなかったのですが、多くのことが以前よりも上手く踊れるようになりました。多くのダンサーの足を手術して救ってきた名医に治していただき、私のダンサー生命を救ってくれました。この幸運に感謝しています。

----あなたはたくさんの困難を乗り越えてこられたので、精神的に強いのですね。

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© Erin Baiano

ガルシア はい、私は精神的にかなり強いと思います。私はダンスに対する情熱が強いですし、意思がすごく強いです。そしてちょっと石頭でもあります。そのため、そういう私の性質のコンビネーションのお陰で、私はダンサーとして前進し続けて生き残ることが出来たのだと思います。そして、他のダンサーの先輩たちが様々な困難や肉体の故障をどのように乗り越えてきたのか、インスピレーションを与えてくれました。私の家族の素晴らしい援助があったからでもあります。私の家族は常に私を支えてくれて助けてくれていますから、家族なしでは私はここまで進むのは難しかったと思います。

----ロックダウンの間、オンライン・クラスで教える仕事以外では、あなたご自身のためにどのような練習をしていますか。

ガルシア オンラインで重要な先生のクラスを探して、毎日、受講しています。これをコツコツ続けることはとても大切です。

----食事には気をつけていますか。ロックダウン中は、食料の調達はどのようになさっていますか。

ガルシア 私はすぐ太りやすい体質ですが、いつもダンスのトレーニングをしているので大丈夫です。ダンサーとして、常に食事に気をつけ続けています。私は料理が好きなので、自分でスペイン料理や地中海料理もするし、アメリカン料理もします。時々ケータリングも頼みますが、なるべく自分で料理しています。
ロックダウンの直前に大量に食糧を備蓄して、最初の1ヶ月間は買い物に出かける必要が無いように十分に準備して、自宅にこもりました。その後は、週1回だけ、すごく気をつけながら慎重にスーパーマーケットで買い出ししています。今もそのように気をつけていて、1週間か2週間に1回、買い出しに行っていますが、様子は少し落ち着いてきました。
コネチカットに滞在時は、ニューヨークほどパンデミックはひどくなかったので、あまり気にする必要なく暮らしていました。

----今のような厳しい状況の中でも、ダンサーはどのようにモチベーションと身体を保っていけばいいのか、アドバイスをいただけますか。

ガルシア 1日ごとに、今日1日のことだけを考えることです。先のことまで考え過ぎないようにすることが大事です。今の瞬間瞬間に集中して、目の前の1日のことだけを考えて下さい。
ダンサーにとって毎日身体を動かすことはとても大切なので、いつも自分が好きなことをすること、音楽を聴かなければならないし、ダンスの芸術に関連することを続けることです。
ダンサーとして生き残るためには、日常的にそのようなことに気をつけることが大切で、身体を動かすスペースが小さくてもいいので動かしてみることです。音楽を聴いたり、バーレッスンをしたり、他にも自分自身が充足感を得られることをやることです。
例えば、私の場合はヨガが大好きなので、ヨガを毎日たくさんやります。ヨガは身体だけではなく、精神にも良い効果がありますし、何かを達成しなければならない目的が無いのでリラックスして没頭できます。ダンサーは毎日、精神と肉体を上手くコネクトする必要があります。
ダンサーはそれぞれが、何でも良いので、毎日やるべき自分のルーチンの運動を持つべきです。そのルーチンを持っていることによって、毎日そのルーチンの1つ1つの運動をするごとにこれはOK、これもOK、これもOK・・・と自分で確認して満足することができます。そうすれば、自分自身で精神的にもモチベーションを維持して確立することが出来るようになります。ダンサーは、身体と精神の両方がダンスと関連していることをすることが大事です。
以上のことを私はおすすめします。全く何もしないまま時間が経つと、身体だけでなく精神的な面でも失うものが大きいからです。ダンスは身体的であるとともに精神的なものであり、感情的なものでもあります。そのためこのような肉体と精神とのつながりに対して何もしないまま長期間が経ってしまうと、再びダンスに戻ることがさらに難しくなってしまいますし、ダンサーとして意気消沈していく泥沼にはまってしまいます。ですから、そういう意気消沈へと入っていくことを止めなければなりません。感情面の確立と身体面の確立のバランスを探ってとっていくためにも、このように維持し続けることが大切です。

----例えば、あなたの場合は毎日ヨガをどのくらいの時間やっていますか。

ガルシア 30分とか1時間とかです。時々、バレエを始める前にウォームアップのためにヨガをしています。また、ヨガのオンライン・クラスも受講していて、1日のうち身体を動かし始める時に使っています。その後、1時間とか2時間とかオンライン・クラスでバレエを教えたりしています。
現在は私はスタジオへ行くことが出来るようになったので、練習やリハーサルをしています。場合により異なりますが、最初は1時間や2時間を肉体のトレーニングをやってから、その後、オンラインでたくさんのクラスを教えたりしています。
大事なことは、自分の精神と身体とダンスを1つに結びつけ続けることです。もしこのつながりを止めてしまうと、精神と身体の統合の確立を失ってしまいます。ダンスは身体だけが重要なのではないですし、精神だけが重要なのではないのです。ダンスはあなた自身を見つけて出会うことなのです。「あなたは誰であるか?」ということを失わないでください。もしそのルーチンを維持し続けなければ、それ(あなたが誰であるか)を失ってしまいます。
このように精神、身体、音楽、ダンスのすべてをつなげる努力をすることは大切で、それはあなたを助けてくれますし、同時にあなたが幸せを感じることを思い出すようにしてください。
現在のように危機的状況が続いている時でも、「アパートをどうするか」とかたくさんの心配や悩みを抱えていても、毎日ルーチンを続けることによってあなたが幸せを感じることを思い出すことは大事で、「なぜ?」「なぜあなたは踊るのか?」「なぜあなたはそのように生きるのか?」を見失わないように維持するためにもなるからです。

----他に何か、伝えたいことはありますか。

ガルシア 今年の年末には、この状況が改善されますようにと祈っています。少なくともNYCBのダンサーがスタジオに通える状況になりますように、公演の準備のためにリハーサルや練習が出来るようになりますように、2021年の公演のための視点が持てますように、精神面をより良くできますように、肉体面をより良くできますように、他のダンサーたちに会えますように、スタジオでクリエイティブな活動が出来ますようにと祈っています。
私自身は、再びバレエ団のスタジオへ通えるようになりましたら、まず自分の身体がプロとしてバレエを続けることが出来る状態かどうかチェックして、ロックダウンから1年後くらいに舞台に復帰できるのかどうか、身体やすべての面で自分がどういう状態か、まず様子を見てみます。
私は現在、その日のためにも、淡々と精神と身体を保ち続ける努力をしています。

----とても興味深いお話をありがとうございます。勉強になりました。また追って、将来も再びインタビューさせていただけたら嬉しいです。
(2020年8月20日、ニューヨーク、マンハッタンの公園で)

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