夏の夜の爽やかな一幕、ニューヨーク・シティ・バレエの『真夏の夜の夢』

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

"A Midsummer Night's Dream " by George Balanchine.
『真夏の夜の夢』 ジョージ・バランシン:振付

久しぶりでジョージ・バランシンの『真夏の夜の夢』を見た。NYCBの数少ない、1幕もののクラシック・バレエである。NYCBの代表的な作品の一つだが、初演は1962年1月NYCBの古巣ニューヨーク・シティ・センターであった。

Anthony-Huxley-as-Oberon-in-George-Balanchine's-A-Midsummer-Night's-Dream.-Photo-Credit-Paul-Kolnik.jpg

Anthony Huxley as Oberon in George Balanchine's A Midsummer Night's Dream. © Paul Kolnik

夏の森では、蝶たちが華やかに踊っている。森の妖精の王、オベロン(アンソニー・ハックスレイ/Anthony Huxley)と女王のタイターニア(サラ・メアーンズ/Sara Mearns)も現れる。オベロンはタイターニアが連れている幼い召使いが気に入り、自分の召使にと所望するが、タイターニアは承知しない。そこに二組の人間の恋人たちが現れる。ヘレナ(ローレン・キング/Lauren King)とデメトリアス(ダニエル・アップルバウム/Daniel Applebaum)のカップルはもめており、ヘレナはデメトリアスを愛しているが、デメトリアスの方はもう一つのカップルの女性、ハーミア(エリカ・ペレイラ/Erica Pereira)に興味がある。しかし、ハーミアは恋人のライサンダー(ラーズ・ネルソン/Lars Nelson)と熱愛中。
物語は妖精の世界と人間の世界が交差しながら進む。
さて、タイターニアは自分の部屋でお付きと踊りに興じていたが、オベロンの従者でいたずら者の妖精パック(ハリソン・ボール/Harrison Ball)が忍び込んでいることを察知する。隠れていると、パックが現れ例の子供の召使をさらって行こうとするが、タイターニアの侍女たちが手に手に枝を持って現れ、パックを追い払う。収まらないオベロンはパックに森に咲く魔法の花を取ってこさせる。この花の花粉が、眠っている間にまぶたにかかった者は、目覚めて初めて見たものに恋してしまうというパワーを持っているのだ。花を手にしたオベロンには策略があったが、森の中でもめている二組の恋人たちを見て、この花を使って問題を解決してやりなさいとパックに命じる。ところが、おっちょこちょいのパックはハーミアと熱愛中のライサンダーがうたた寝している間にその花を持たせてしまう。そこにたまたまヘレナがやって来て、目が覚めた彼はたちまち彼女に恋してしまう。びっくりするヘレナを追い回すライサンダーを見つけたハーミアは彼の心変わりに嘆き悲しむ。大混乱する3人を見たオベロンは驚いてパックを問いただし、パックは自分の大失敗に気付く。事態を収拾するために、パックはデメトリアスを連れてきて花粉を振りかけて眠らせ、ヘレナを傍に連れてくる。目を覚ましたデメトリアスはヘレナに恋して、ハッピーな恋人たちに戻るが、そこにライサンダーが現れて決斗騒ぎとなる。
さて、森では人間たちが妖精たちの森に建物を建てる計画をしていた。それを知ったパックは人間たちを脅して蹴散らし、そのうちの一人(ピーター・ウオーカー/Peter Walker)をロバに変えてしまう。一方、オベロンは自室で昼寝をしていたタイターニアの瞼に花粉をかけ、パックにロバを彼女の傍に引いていかせる。昼寝から目覚めたタイターニアは、すぐそばにいるロバを見て恋してしまう。ロバはびっくり。
決斗騒ぎでデミトリアスとライサンダーは森の中を走り回り、それを追うヘレナとハーミアまで争い始める。パックは四人を眠らせ、それぞれ正しい相手のそばに横たわらせて、例の花粉をかける。そして目覚めた4人は元の美しい二組のカップルに戻っていた。彼らが結婚式を挙げる一方で、ロバに夢中のタイターニアの魔法もオベロンが解いてやって、森に平和がよみがえる。

Sara-Mearns-as-Titania-in-George-Balanchine's-A-Midsummer-Night's-Dream.-Photo-Credit-Erin-Baiano.jpg

Sara Mearns as Titania in George Balanchine's A Midsummer Night's Dream. © Erin Baiano

幕が上がると、妖精の森の中で蝶々たちが華やかに舞っている。NYCBの養成スクールSABの子供たちが多く混じって、いかにもいたずらっ子らしい妖精たちだ。パックに扮したボールは、この役の特徴でもあるシャープなラインで踊る。オベロンに扮したハックスレイは比較的な小柄なダンサーだが威厳がある。一方、メアーンズ扮するタイターニアは優雅で美しい。タイターニアの幼いお供に扮したジェイミー・デュクロス(Jamie Duclos)は、とても可愛い小さい子だ。
妖精と人間が入り混じって登場するが、人間には妖精が見えず、例えば悲しみながら歩くヘレナが何気なく木の小枝を持って行くが、実はそれはパックが慰めるために差し出していたり、彼女の周りを小さな蝶々たちが励ますように踊ったりする。しかし、のちに森に建築物を建てようとするなど荒っぽい人間たちが現れると、妖精たちはあっという間に姿を消してしまう。

場面展開はNYCBの作品の特徴ともいえると思うが、実にシンプルでスピーディーだ。例えば、森の中からタイターニアの私室になる時は、天井からタイターニアの豪華な椅子が降りてくるだけで一瞬にして場面が変わる。また別の場面になる時は、タイターニアの椅子が後ろ向きになったり、上に吊り上げられたりするだけだ。そうすることで音楽が途切れずに踊りが展開するのだ。バランシンの踊りは音楽の視覚化であり、ドラマがメインではないのだ。こうしたスピーディーな展開が、音楽を愛する観客には心地よい。

さて、妖精の世界では王と女王は必ずしも夫婦ではないようで、タイターニアは自室でキャバリエ(ラッセル・ジャンゼン/Russell Janzen)と踊る。このヴァリエーションには凄いリフトがあった。タイターニアが両膝を揃えて正座するようにジャンゼンの両腕の中にリフトされ、そこから一気に男性の肩の上で上体を反らせた位置に変わる。どのようにコントロールしたのか、あっという間であった。メアーンズは非常に美しく、強い安定したテクニックで多くの見せ場を作った。
オベロンのハックスレイも素晴らしいジャンプコンビネーションと安定したピルエットで、キリッとしたヴァリエーションをいくつも見せた。余計な動きのない、端正で安定したテクニックだ。またこの作品ではパックの存在がなんといっても重要で、シャープなターンやジャンプがある一方で、コミカルな演技が要求される。軽い乗りで花粉を間違えた相手に振りかけたり、自分の間違いに気付いて、面目を失った様子を表現したり、そこここでユーモラスな動きが散りばめられていて楽しませる。混乱を極める二組の恋人たちの演技も非常に良かった。特に恋人の変心を嘆くヘレナとハーミアを演じたキングとペレイラの表現が良く、嘆きや苦悩がしっかりと観客の胸に届いた。こうした表現の細やかさ、深さも以前のNYCBにはあまり見られなかったものだ。

最後に特筆すべきは、ピーター・ウオーカーが演じたロバ。(ウオーカーは最近は振付家としてもNYCBで活躍している。)本来は人間なのだが、パックの魔法でロバに変えられてしまうと、歩き方もロバの様にパカパカとしたものになる。タイターニアに恋されてしまい、ロバなりにびっくりしながら、ユーモラスなパ・ド・ドゥを踊る。もちろん、ロバだから妖精よりは草の方に興味がある。そんな様子を見せながらも、しっかりとタイターニアをリフトした。草を気にしながらも、タイターニアにエスコートされて、「どうする、、、?」とばかり観客を見る様子が実に可笑しい。観客の中の子供たちには一番人気がある役どころだ。

最後にタイターニアも二組の恋人たちも悪い夢が覚めて、めでたしめでたしとなると、観客もやれやれ良かった良かったと拍手喝采。終わってみると始まってから1時間も経っておらず、インターミッションもなくシャキシャキと終り! という感じだった。暑い夏の夜、すっきりとしたシャンパンを飲んだような、爽やかな気持ちになれた舞台であった。
(2019年5月29日夜 David H Koch Theater)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る