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ABTらしいドラマティックなストーリー・バレエ『ドニエブルの川岸』ほかラトマンスキーの3作品

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター

"Songs of Bukovina", "On the Dnieper", "The Seasons" by Alexei Ratmansky
『ブコヴィナの歌』、『ドニエプルの川岸』、『四季』 アレクセイ・ラトマンスキー:振付

今年のアメリカン・バレエ・シアターのメトロポリタン・オペラハウスでの公演の第二週は専属振付家のアレクセイ・ラトマンスキーの独自の振付の小編3作をセットにしたプログラムが上演された。

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『ブコヴィナの歌』
Isabella Boylston and Blaine Hoven in Songs of Bukovina. Photo: Rosalie O'Connor.

『ブコヴィナの歌』はレオニード・デシャトニコフ(Leonid Desyatnikov)によるピアノ曲に振付けられたコンテンポラリー・バレエである。4組の男女の群舞で始まった。この中に混じっている韓国人ダンサーのジョー・ウォン・アーン(Joo Won Ahn)はまだコール・ド・バレエの一員だが、昨年『ラ・バヤデール』の主役に抜擢されるなど、期待の新人である。タッパもあり、強いテクニックを持ったダンサーだ。この作品でもソロを任されている。印象的だったのはピルエットをクペの位置で行うことと、女性を空中で走っている様にフリーズさせるリフトである。
ダンサーたちは普段着の様な衣裳で、女性は小さなエプロンをしている。作品をリードしたのはイザベラ・ボイルストン(Isabella Boylston)とブレイン・ホーヴェン(Blaine Hoven)で、長く美しいラインで踊るボイルストンをホーヴェンが安定したサポートで踊った。特に物語があるとは思えないが、ストーリー・バレエを踊るカンパニーの強みで、ダンサーたちは話しかける様に踊る。特にホーヴェンとボイルストンのデュエットはしっとりとしたものだった。早い振りの群舞の中で、空中高く投げ上げられたボイルストンの体がくるくると回ってホーヴェンの腕の中に落ちて終わった。

次に踊られた『ドニエプルの川岸』は、この日の唯一のストーリー・バレエで、最もABTらしさが出ている作品だった。
ウクライナのドニエプル川の岸を兵士のセルゲイが戦場から帰郷する。故郷には婚約者のナタリアが待っていたが、川岸で出会った美しい娘オルガに強く惹かれる。婚約者がいるオルガもセルゲイに惹かれる。やがて二人は互いに求めあうようになる。しかし、オルガの結婚式は数日後に迫っており、セルゲイはナタリアの嘆きもよそに追い詰められる。オルガの結婚式の日、嫉妬に狂いやけ酒に浸るセルゲイを見たオルガは、祝福する村人の中、セルゲイを追い、彼女の婚約者は一人祝宴に取り残される。怒りに満ちた婚約者はセルゲイと対決するが、セルゲイが婚約者を殴り、村人たちはセルゲイをぼこぼこにしてしまう事態に。セルゲイを介抱しながらナタリアはもう自分たちの関係は元に戻らないことを悟り、身を切られる思いで二人を逃がす。喜びに満ち、詫びと感謝を述べて二人が去った後、川岸の木に咲く花の花びらが散る中、もぬけの殻のようになってナタリアは座り込む。

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『ドニエプルの川岸』
Hee Seo in On the Dnieper. Photo: Gene Schiavone.

セルゲイをコーリー・スターンズ(Cory Stearns)、ナタリアをヒー・セオ(Hee Seo)、オルガをクリスティーン・シェヴチェンコ(Christine Shevchenko)、オルガの恋人をジェームス・ホワイトサイド(James Whiteside)と、小編ながら4人のプリンシパルが主な役を踊った。
スターンズは主役らしくエレガントな踊りで、アンディオール・ピルエットで回転しながらそのままアティチュードターンになるなど、安定した強いテクニックも見せた。表現も良く、懐かしそうに故郷を楽しむ様子から、だんだんオルガに惹かれ、どうしようもなく乱れてしまう男の心情を描いた。オルガのシェヴチェンコは持ち前の強いテクニックで、美貌でみんなに注目される存在でありながら、婚約者から突然現れた新しい恋人に流れる苦悩の女心を演じた。特に結婚式でやけ酒に酔うセルゲイを見て我を失ったオルガの、荒っぽいやけっぱちな動きで心が乱れる表現はリスクをかけた踊りで、足が高く上がってスカートから美しい足が天に突き刺さるかの様だった。結婚を祝福して撒かれた花びらを舞い上げて踊るのは美しかったが、ポアントシューズが滑らないかいささか心配だった。
この作品で、これは誰だ? と思わせたのが、オルガの恋人役のホワイトサイド。最初は控えめな演技だが、婚礼でオルガがセルゲイの後を追った後、一人取り残された時に見せた踊りは凄まじいほどだった。物凄いエネルギーの鋭いピルエットとジャンプ、花びらを舞い上がらせながら、怒りに燃えている様子がよく分かるシャープな踊りだ。芯がまっすぐに上に伸びて、端正で鋭いピルエットが特に素晴らしく、強い印象を残した。ダンサーが認められる瞬間というのはこういう時である。
そして特筆すべきがナタリアを踊ったセオ。抜群に美しく、最初は待ちわびた恋人を愛おしそうに出迎える。セルゲイとオルガの様子に気付いて、セルゲイと踊って二人の感覚を戻そうと努力する様子も彼女には良く似合う。しかし、もう元に戻らないと悟り、心乱れ悲しみに満ちて踊る様がどんどん観客を物語に引き込んだ。村人たちに折檻されたセルゲイを介抱しながら自分の愛を諦める決意をする場面では、もうテクニックを超えて踊っており、苦しくて悲しい女ごころが素晴らしく表現された。身を切られる思いで二人に逃げることを勧め、二人が去った後、崩れるように落ちる花びらの中に座り込む姿は、観客の心をナタリア一人に惹きつけたと言える。
さすがはABT! と思わせるダンサーたちの素晴らしい演技であった。短いが重みがあり、ABTを見たという満足感を得た。かつてのプリマで芸術監督夫人のマーティン・ファン・ハメル(Martine Van Hamel)がオルガの母親役で達者な姿を見せていた。
最後のカーテンコールで、この作品の主役はセルゲイとオルガと分かったが、同情を集める役柄ということもあるが、ナタリアが主役だと私は思っていた。それほどに素晴らしいセオの演技だった。

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『ドニエプルの川岸』Christine Shevchenko and Cory Stearns in On the Dnieper. Photo: Rosalie O'Connor.

この日を閉めたのは『四季』だった。音楽はアレクサンダー・グラズノフ(Alexander Glazuov)の同名の曲で、冬から始まる。「冬」は木枯らしの様な音楽で。白い衣裳のダンサーたちが踊る。氷の世界の様でリードするジョー・ウォン・アーン(Joo Won Ahn)がパートナーの女性たちと踊る様は、氷の結晶が次々と結ぶようだったり、滑るような早いジャンプやターンが多い場面や、あるいは二人でアイススケートをするような可愛い場面もある。アーンは冬の王というところか。
「春」は緑やピンクをあしらった衣裳で、小柄な女性たち(カサンドラ・トレナリー/Cassandra Trenary, ブリーネ・グランランド/Breanne Granlund)と大柄な男性(トーマス・フォスター/Thomas Forster)がリードした。木々が芽吹いて花が咲くような踊りだ。ピンクのセミロングチュチュのコール・ド・バレエも加わって、いかにも春の花が咲いたようで、うららかで華やか。黄色と緑のチュチュや赤いチュチュを着たJKOの子供たちも加わり、どんどん命が活動し始める様に可愛く踊る。良く踊っていて、子供の演技とは思えない。
「夏」はトウモロコシの精に扮したステラ・アブレラ(Stella Abrera)がリード。この場面は男性の群舞や牧神、悪戯っぽい3人のサテュロス(半人半獣の妖精)が元気に踊る。「秋」は褐色の背景にカルヴィン・ロイヤルIII(Calvin Royal III)とキャスリーン・ハーリン(Catherine Hurlin)がバッカスとバッカンテ(酒の神と女神)に扮してリードした。
最後にすべての季節のダンサーが現れて踊り上げた。色彩も華やかな作品ではあるが、ラトマンスキーが所属したNYCBの作風の影響も感じられ、いささか眠くなる舞台ではあった。
(2019年5月21日夜 Metropolitan Opera House)

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『四季』Scene from The Seasons. Photo: Rosalie O'Connor.

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