ニューヨーク・シティ・バレエの新時代を象徴するペックとバランシン3作品が上演された

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

"Stars & Stripes" "Slaughter On Tenth Avenue" "Tarantella" by George Balanchine, "The Times Are Racing" by Justin Peck.
『スターズ&ストライプス』『10番街の殺人』『タランテラ』 ジョージ・バランシン:振付、『タイムズ・アー・レーシング』ジャスティン・ペック:振付

今年のニューヨーク・シティ・バレエのリンカーンセンター公演から、エキサイティングなプログラムの一つをご紹介する。ジョージ・バランシンの著名な作品3品に、ジャスティン・ペックの最も人気がある作品の組み合わせだ。既にご紹介している作品も含まれているが、名作というのは何度見ても、その時なりの楽しみをくれるものである。

舞台を開けたのは、バランシンの『スターズ・アンド・ストライプス』。これは星条旗の別名でアメリカを意味するものだが、特に国防つまりアメリカ軍を意識して軍歌に振付けられた作品。ロシア人だったバランシンが共産圏となった故国を逃れて、アメリカで人生と芸術の自由を得たことに対する感謝の気持ちが込められた作品、と私は個人的に解釈している。

勇ましい音楽とともにミリタリー・チュチュの女性たちが現れると会場から拍手が起こる。まずはピンクのスカートの軍団。よくリハーサルされ、よく揃っている。勇ましいが、ソロを踊ったサラ・アダムス(Sara Adams)はエレガントな踊りだ。ミリタリー・ルックでポアントで歩いたり、片足の踵を手で持ち、ポアントで進むなどする姿もコケティッシュだ。次に現れるのはブルーのチュチュに赤の胴衣の女性群舞。メガン・ルクローン(Megan LeCrone)がリードした。
この群舞のリーダーは途中でトランペットを抱えて出てきて、持って踊る。その次に現れるのは男性群舞。全員軍服の衣裳に身を包み、キリリとして可愛い。単純なようで複雑なジャンプコンビネーションが連続する。リードのスパルタクス・ホーシャ(Spartax Hoxha) の指揮で、数組に分かれて踊りが展開し、キリっと決める。強いターンを要求される役だが、ホーシャの踊りは、凛としていて気持ちがいい。ダンサーたちの挨拶も敬礼だ。
その次はアシュリー・ボーダー(Ashley Bouder)とハリソン・ボール(Harrison Ball)のパ・ド・ドゥとなった。ボーダーの強いバランスのコンビネーションは、ずっとポアントで立ったままの難しいものだ。しかし、息の合ったパートナリングでスムーズに踊られた。非常に安定したカップルだ。女性は大人っぽいが可愛さを見せ、男性は両足を揃えてのピボット・ターンなど、軍人らしさを強調したバレエだ。クラシック・パ・ド・ドゥの構成をそのままに軍隊風に作ってあり、男性も女性も強いテクニックの見せ場がある。ボーダーもボールも余裕のある演技で踊り上げた。
最後は全員総出の踊り上げとなるが、ここでいつも目を引くのが小柄な男性群舞のリーダーだ。どうやら代々小柄な男性がこの役を踊るようで、今回も比較的小柄なホーシャが自分より大きいルクローンをリフトしながら踊った。ホーシャはここでも鋭いターンを見せた。良くオーガナイズされた作品で、確かに名作だ。最後にダンサーたちの後ろに、舞台の壁いっぱいを覆う星条旗が上がって、観客から盛大な拍手が上がった。

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Teresa Reichlen in George Balanchine's Slaughter on Tenth Avenue.
© Paul Kolnik

次はバランシンが振付けた、ブロードウエイショー『オン・ユア・トウズ(On Your Toes)』の劇中バレエ、『10番街の殺人』だった。1936年に上演されたリチャード・ロジャーズ(Richard Rogers)作曲、ロレンツ・ハート(Lorenz Hart)作詞のミュージカルからの抜粋。
厚化粧に衣裳の上からガウンを羽織った男性ダンサーがカーテンの間から出てきて、スーツ姿の男を袖から導き出す。男に金を渡して、興行中にあるダンサーを殺せと指示を与える。台詞が入るのは、これがミュージカルの一幕であるからだ。それをカーテンの下から覗く男がいる。厚化粧の男は「これで私が第一ダンサーだ」と、オーバーにロシア式に踊って笑わせて消える。暗殺者が本当に2階のボックス席に座ると、オーケストラボックスに指揮者が現れて、ドラマチックな音楽が始まる。幕が開くとそこはキャバレー。テレサ・ライクレン(Teresa Reichlen)扮するストリッパーが現れて、美しい長い線で踊りだす。すると、一人の男が思わず彼女に抱きつき、キャバレーのマネージャーがなんとそれを撃ち殺す。ストリッパーはマネージャーの恋人なのだ。バーテンダーたちがさっさと死体をバーの後ろに隠し、再びショーが始まる。すると別の男が近寄り、マネージャーに金を握らせてストリッパーとデュエットを踊る。舞台から彼女を降ろすとき、男が自分の手を階段の様に差し出すと、マネージャーが後ろから彼女の体をサポートして、ストリッパーは男の手に乗って本当に階段を降りるように、軽々とスムーズに降りる。二人は美しいメロディックな曲に乗って楽しそうに踊りだす。ライクレンは薄い黒のストッキングにハイヒール、肌色のコスチュームというセクシーな出で立ちだ。ロマンチックなデュエットを踊る二人をマネージャーが別ける。そこへ、3人の警察官が走りこみ、キャバレーの人々はあっという間に消える。コミカルだがテクニックがしっかり入っている警察官たちの踊りが終わって消えると、すぐに踊り子たちが入ってきて踊って去る。この隙にバーテンダーたちはさっきの死体を片付ける。
そして一人の男が煙草をふかしながら、タップダンスをする。彼はこのキャバレーで踊るフーファー(タップダンサー、アンドリュー・ヴェイエット/Andrew Veyette)で、実はストリッパーと恋仲だった。黒いドレスに着替えたストリッパーが現れ、デュエットとなる。美しくセクシーなストリッパーは、体をくねらせながら足が胴に着くほど高く振り上げる。ロマンチックな二人を見つけたマネージャーがフーファーを撃つが、弾は男を庇った女に当たる。怒ったフーファーがマネージャーを撃つと、マネージャーは音楽のリズムに合わせて、跳ね上がって死んで観客を笑わせる。フーファーはストリッパーの体を抱き上げ、キャバレーの舞台に乗せる一方で、マネージャーの死体の処理に困る様子をタップダンスで表現する。すると、舞台のカーテンの下から誰かが紙切れを、死んでいるストリッパーに渡す。これは劇中劇の中での出来事なので、彼女はもちろん死んではいないのだ。メモを見たストリッパーはそれをフーファーに渡して、また死ぬ。それを見たフーファーはボックス席に座る暗殺者を見つける。彼の踊りが終わりそうになると、暗殺者が立って撃とうとするので、また踊り始める。踊っていると狙いを定められないからだ。それを何度も繰り返して、ふらふらになった時、ポリスがボックス席になだれ込んで男を捕まえる。幕が閉まり、終わったと思った観客が拍手をすると、また幕が上がってライクレンが踊り始め、ヴェイエットとのデュエットとなり、全員での踊り上げとなる。ヴェイエットが見事なタップを見せる。ライクレンも、長い髪を上手に使ってターンをして見せた。ブロードウエイショーの中の劇中劇のバレエということで、若干複雑で理解に苦しむ部分はあるが、楽しめる作品である。

次に踊られたのは、ガラ公演やコンクールでもおなじみの、『タランテラ』。エリカ・ペレイラ(Erica Pereira)とダニエル・ウルブライト(Daniel Ulbright)が踊った。ロシアの民族衣装風のコスチュームだ。ペレイラは小柄なウルブライトに合わせたかと思われ、小柄でまだ若くて初々しい。筋肉質でがっちりしたウルブライトのタンバリンを持ったソロでは、大きなジャンプや早いビートを加えたジャンプ、大きく飛んだあとのシャープなターンなどが印象的だった。空中で方向転換しながら、タンバリンを打って消える。その後同じくタンバリンを持って現れたペレイラはすっきりしたラインと端正なテクニックで可愛い。ウルブライトはいかにもベテランの踊りで、余裕のあるおじさんの踊りという感じだ。「見てろよ、やってやるぞ!」という踊りで、こうしたキャラクター表現も過去のNYCBではあまり見られなかったものだ。無邪気に踊るペレイラのほっぺたにウルブライトが強引にキスして、可愛く終わる。あっという間の楽しいパ・ド・ドゥであった。

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Taylor Stanley and Daniel Applebaum in Justin Peck's The Times Are Racing. © Paul Kolnik

最後はジャスティン・ペックの『タイムズ・アー・レーシング』でこの日を閉めた。以前にも書いたが、ペックによる若さ溢れるストリートダンス・バレエである。Tシャツにジーンズ、スニーカー姿で一塊になった若者たちの中央に一人の男性が天を仰ぐように立っている。若者たちが広がり、また塊になると、今度は小柄な女性が中央に天を仰いで立っている。また広がり、舞台いっぱいに広がって踊りだす。リードするタイラー・スタンレイ(Taylor Stanley)を頂上にリフトして塊を作ったと思うと、突然激しいリズムの音楽になり、スニーカーのダンスが始まる。ファンキーかつエレガントなダンスが展開する。スタンレイが素晴らしい踊りを見せる。
女性のリード、アシュリー・アイザックス(Ashley Isaacs)も奔放で野生的でエレガントで、とても良い。見ながら、どのように振付けるんだろう? と思った。激しく動いていても、揃うときはピタッとそろう。これまでのバレエでは想像もできなかった、若い世代の心を掴む振りだ。3人の女性とピーター・ウオーカー(Peter Walker)が踊る場面では、ショーツ姿の女性たちとウオーカーがコンタクト・インプロヴィゼーションも取り入れたような動きを踊る。しかし、バレエなのだ。ワイルドな振りだが、バレエダンサーが踊るからこそ見られるダンスだと思った。普段の厳しいトレーニングが無いダンサーが踊ったら、エネルギッシュではあってもこれほどにもエレガントには動けないと思われる。
ビートの効いたエレクトロ音楽も、ストラヴィンスキーの曲に慣れている観客には耳新しく、ワクワクするものだ。二人の女性(アシュリー・アイザックス/Ashly Isaacsとブリッタニー・ポーラック/Brittany Pollack)のデュエットは、本当は男女の踊りかと思われたが、ユニセックスなので、男女でなくても良いと思いなおした。その後、両側から男性二人(タイラー・スタンレー/Taylor Stanleyとダニエル・アップルバウム/Daniel Applebaum)が走り出してきて、抱き合ってデュエットとなった。ふわりとしたリフトや、そのほかひとつひとつの動きが綺麗に形になる。スタンレイの端正な動きの捌きが素晴らしい。ぴたりと相手の顔を見て、強い集中力で踊る様子は恋人同士の様な踊りだ。息の合ったパートナリングを見ながら、この前はこの場面は男女で踊られたんじゃなかったっけ? とまたもや思った。つまり、ユニセックスであり、LGBTを受け入れる新しい時代の踊りなのだ。ダンサーたちが列になって向かい合い、肘を組んで波を作るような動きをするのは、近年のコンテンポラリー・ダンスの振付家の影響を感じる。新しい時代の様々な刺激を受けた作品なのだ。
そして、自分たちが踊れるのはバレエだけではないよという、ダンサーとしての幅の広さが要求され、証明する作品だ。斬新であり、野心的であり、新しい時代を先取りする作品である。アイザックスが塊の中心に立ち、全員が倒れて終わると大歓声が巻き起こった。NYCBの新しい時代を象徴していた。
(2019年5月25日夜 David H Koch Theater)

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