ジャスティン・ペックの先鋭な2作品とバランシンの『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』を上演、NYCB

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

"Principia" by Justin Peck, "Symphony in Three Movements" by George Balanchine, "The Times Are Racing" by Justin Peck.
『プリンシピア』ジャスティン・ペック:振付、『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』ジョージ・バランシン:振付、『競い合う時代』ジャスティン・ペック:振付

ニューヨーク・シティ・バレエは、ダンサー以上に振付家で知られるカンパニーだと私は思っている。これまで現在の芸術監督の一人のウェンディー・ウェランを含め、スターは多く輩出してきたが、ジョージ・バランシン、ジェローム・ロビンスといったカンパニーを引っ張った振付家の名を超える人は居ないと言っても過言ではないだろう。新体制になった今、過渡期にあるNYCBをこれから引っ張る振付家はジャスティン・ペック(Justin Peck)だと言える。それを物語るかの様に、ペックの作品とバランシンの作品を並べて上演する舞台を見た。

ペック振付の『プリンシピア』は今年1月に初演されたペックの新作。英語読みでは「プリンシピア」だが、ラテン語の物理学用語としては「プリンキピア」と発音されるそうだ。使われたシンガーソングライターのスフャン・スティーヴンス(Sufjan Stevens)によるピアノ音楽も、この作品のために作曲されたものだ。
幕が開くと、グレーのレオタードのダンサーたちが床にうずくまって板付きになっており、それだけで何か美しいものを予感する。そしてダンサーたちは美しいラインで踊りだす。この作品で印象的な場面は、ダンサーたちが一塊になり両手を上に上げて蕾のようになったその先端を、リードダンサーたちが横からポンと叩いて花開かせ、中から出てきたダンサーと組んで踊るというもの。これを数回繰り返して次の場面に移る。そして最後にもう一度同じような場面が出て来て終わる。
活き活きとして踊るダンサーたちは楽しそうで、男性同士のデュエットやリフトも含まれる。ペックは非常に音楽を大切にし、音楽に忠実に振付けてある。群舞の場面は物理的で、ダンサーのラインもフォーメーションも美しい。テイラー・スタンレー(Tailor Stanley)とインディアナ・ウッドワード(Indiana Woodward)のデュエットは非常に美しく、二人の間にエネルギーの会話が見えた。カップルがしっとりとした会話を交わして、手を組んで歩み去った、という感じだ。振付の流れの山が収まって、これで終わるのかな?と思うと、また同じ動きに戻って繰り返しとなる。
いささかとりとめがない、と感じさせるこの作品だが、実はプリンシピア(プリンキピア)というのは、アイザック・ニュートンが書いた「自然哲学の数学的諸原理」に基づくもので、物体の運動法則がテーマなのだ。そういう風に見ると、この振付の流れはなるほど、と思わせるものがあった。今の時代に生きるペックが見ている世界は、バランシンとは全く別の所にある、というところだろうか? ピアノ演奏はクレイグ・ボールドウィンであった。

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Indiana Woodward in Justin Peck's Principia. © Erin Baiano

次はバランシンの『シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ』が上演された。幕が開くと舞台を斜めに横切るように白いレオタードの女性ダンサーたちが並んで立っており、その衝撃的な美しさに息を呑んだ。この作品は、イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)の曲を視覚化したもので、曲から得たイメージを踊りにしたものだ。最初の場面は3組の男女が群舞をリードして踊り、幾何学的で整然かつ毅然としている。その次の場面はテイラー・スタンレーとアシュリー・ララシーのデュエット。タイ舞踊の様な腕の使い方で、手首や足首をフレックスに曲げる振付が奇妙で美しい。セカンドポジションで手足をターンインする動きなど、面白い動きが多く、当時は斬新に受け止められたことと思われる。しかし、全体に退屈に感じるのは否めない。音楽の視覚化はバランシンが打ち出した独自の振付スタイルで、アメリカの多くの振付家を啓発したが、言葉を変えれば音楽を聴いて自分が感じたままに動くということで、自己満足に終わってしまう危険性も持っている。

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Ashley Laracey and Taylor Stanley in George Balanchine's Symphony in Three Movements. © Erin Baiano

最後は2017年1月に初演された、ジャスティン・ペックの衝撃的な作品、『競い合う時代』だった。ダンサーたちはジーンズやショーツなどの普段着にスニーカー姿。かがみこむような一群の若者の間から一人の男性が上を向いて突き上げられるように伸びあがったかと思うと、次には別の一群から女性が同様に伸びあがる。社会の中の個人に焦点を当てるかのようだ。数回同じことが繰り返され、最後に伸びあがった女性が崩れるように倒れこんだかと思うと、激しいロックの様なリズミカルな音楽となって、ダンサーたちが踊り狂う。その動きはバレエのパを発展させ、ストリート・ダンスを取り入れた振りで、美しい物だけを求めていないユニークな振りだ。衣裳も動きも、ダンサーたちの普段の姿の様だ。ユニークで楽しい作品であると同時に、NYCBの舞台かと目を疑うような作品だ。しかし、バレエのテクニックもしっかり入っている。だからこそ、荒っぽく思われる動きの場合も美しく見えるのだ。ジャンルとしては、ストリート・モダンダンス、ロック・バレエ、ストリート・バレエと様々な呼び方が頭をよぎる。それほどユニークな作品だ。とにかく、最初から最後まで観客を惹きつけたまま終わる、久々のヒット作と言える。今や、新しい時代を迎えたこのカンパニーの代名詞的な作品になったと言えるだろう。観客の凄い歓声と共に舞台を閉めた。
(2019年5月18日夜 David H Koch Theater)

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New York City Ballet in Justin Peck's The Times Are Racing. © Paul Kolnik

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