茶谷正純が今年のニューヨーク公演を最後に、アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターの副監督職を引退

ワールドレポート/ニューヨーク

クリスマス前の12月22日に茶谷正純の50年に渡るエイリーへの貢献を祝して特別公演開催

アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターの芸術監督ロバート・バトル(Robert Battle)は、7月9日、同カンパニーで半世紀の間親しまれ愛されてきた副芸術監督の茶谷正純が、12月のニューヨーク公演が終了後の来年1月5日に引退する意向であることを発表した。
茶谷は1972年に同カンパニーに入団し、アルヴィン・エイリー(Alvin Ailey)の監督の下で15年間踊り、やがてカンパニーのリハーサルの責任者となった。それはエイリーが茶谷を培った役割だった。その後28年以上にわたって茶谷は副芸術監督としてカンパニーのレパートリーを維持し、数えきれない製作上の意思決定を行い、カンパニーのダンサーたちを何世代にもわたって導いてきた。

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Associate Artistic Director Masazumi Chaya. Photo by Andrew Eccles

芸術監督のバトルは次のように語っている。「茶谷正純は非凡な人です。50年以上にもわたってアルヴィン・エイリーのヴィジョンと遺産でカンパニーを引っ張ってきました。ダンス界では彼は誰からも愛された異才です。私たちにとって彼はエイリーと直接繋いでくれる人で、エイリーの創造性や優しさを伝えてくれる一方で、数えきれない振付家やダンサーたちの芸術性を支えてくれました。私は三代目の芸術監督として、チャヤ(茶谷の愛称)がこれまで私を支援して導いてくれたことに永遠に感謝するとともに、彼が副芸術監督引退後も私たちと共に居て、カンパニーの芸術遺産の保存に努めてくれることはわれわれにとって大きな幸運だと思います。」
また、名誉芸術監督のジュディス・ジャミソン(Judith Jamison)は「チャヤは創造という嵐の中に立つ灯台で、私たちが多くの困難に立ち向かうことを暖かく助けてくれ、50年間という記録的な長さの間、ダンサーとして、リハーサル・ディレクターとして、そしてロバートと私の副芸術監督としてアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターを導いてくれました。」と語った。「チャヤの仕事で輝かしいのは、ダンスという芸術への愛情で、彼はそれを受け入れる場所を創ったのです。彼は私の親友であり、多くの振付家の世話人であり、何世代にもわたるダンサーたちのメンターです。」

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Judith Jamison and Masazumi Chaya. Photo by Roy Volkmann

エイリー・カンパニーは茶谷への敬意を込めて、12月22日(日)の午後7時半からニューヨーク・シティ・センターのホリデーシーズン公演の一環として、スペシャル・プログラムを上演する。この特別公演では、茶谷の長年にわたるキャリアからハイライトと言える抜粋集の上演や、マシュー・ラッシング振付の特別作品『機会(d'occasion)』、そして過去のカンパニーメンバーによる賛辞やパフォーマンスが行われる。
今年秋には、エイリー・スクールにおいて茶谷は豊かな知識や経験を分かち合うイベントを予定している。その中にはスクール設立の50周年記念の一環として、エイリーの振付に焦点を当てたワークショップや、生徒たちとのディスカッションなどが含まれる。一般公開のパネルイベントなどもある。このイベントの詳細はこの秋に発表される予定。
エイリーから受けた啓蒙や、自身の仕事を後継に譲ることに関して、茶谷は「エイリーのしたことのすべては、彼自身の人間性から来たものです。彼自身の利益を追求したものや、名声を求めたものは一つもありません。それが私がここに長く留まり、クリエイティブに仕事ができた理由です。私は実に素晴らしい時間を過ごしました。そして若い人たちに同じ経験をして欲しいと思います。私だけのものにするべきではありません。」

Masazumi Chaya at the dress rehearsal for Alvin Ailey's The Road of the Phoebe Snow (which he restaged in 2007) Photo by Paul Kolnik.jpg


Masazumi Chaya at the dress rehearsal for Alvin Ailey's The Road of the Phoebe Snow (which he restaged in 2007) Photo by Paul Kolnik

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Masazumi Chaya far right in Alvin Aileys Revelations. Photo by Rosemary Winkley

茶谷正純は福岡に生まれ、地元でバレエの訓練を受けた。日本でダンサーとしてテレビ出演などをした後、1970年の12月にニューヨークに来て、リチャード・イングランド・ダンスレパートリー・カンパニー(後のアメリカン・バレエ・シアターII)でダンサーとしてのポジションを得た。1972年に親友の岡紀彦(おかみちひこ)と共にアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターに入団、15年間同カンパニーで踊る。1986年に退団した時、エイリーにリハーサル・ディレクターのアシスタントにどうかと打診される。1988年にエイリーは茶谷をカンパニーのリハーサル・ディレクターに指名。ジュディス・ジャミソンが芸術監督に就任した時にジャミソンは彼を副芸術監督に任命する。1991年以来、このポストにおいて茶谷はあらゆる意味でカンパニーの運営に貴重な創造的支援を行ってきた。
茶谷の引退後は、エイリー・ダンサーのベテランでリハーサル・ディレクターのマシュー・ラッシング(Matthew Rushing)が副芸術監督の地位を引き継ぐ。リハーサル・ディレクターには、長年のエイリー・アソシエイトであるロニー・フェイヴァーズ(Ronni Favors)が就任し、エイリーの伝統である丁寧なプランニングという創造の松明(たいまつ)が、リーダーシップの移行過程で受け継がれることとなる。

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Behind the Scenes of Alvin Ailey's TheRiver. Photo by Lois Greenfield

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Alvin Ailey Masazumi Chaya and Marilyn Banks. Photo by Jack Mitchell. Alvin Ailey Dance Foundation Inc. and Smithsonian Institution

現在のポジションを離れた後、茶谷は様々な形でエイリーの遺産の世話をすることになる予定で、アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターのパフォーマンスの記録のアーカイブの整理や、レパートリーのリソースガイドを作成したりする。特に重要なこととして、茶谷はアルヴィン・エイリーによって作られた舞踊作品を正式にライセンス化して、世界中の舞踊団にレパートリーを貸し出すプログラムを作ると発表している。
「天才アルヴィン・エイリーの振付を他のカンパニーと分かち合って、世界中のより多くの人々に届け、啓発することは素晴らしいことです。」と茶谷は言う。「副芸術監督としての最後のニューヨーク・シティ・センターでの公演を、エイリーの素晴らしいダンサーや観客と一緒に祝った後、エイリーの仕事を明るく照らし続ける新しい役割を始めることを楽しみにしています。」
今年度のアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターのニューヨーク・シティ・センターでの公演は、12月4日から来年1月5日まで行われる。

(アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアター 訳:三崎恵里)

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