50年代から90年代までのダンス・シーンを採り入れた『くるみ割り人形』の傑作パロディ『ザ・ハード・ナット』

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

Mark Morris Dance Group マーク・モリス・ダンス・グループ

"The Hard Nut" Choreography by Mark Morris
『ザ・ハード・ナット』マーク・モリス:振付

12月14日から23日までBAMのHoward Gilman Opera Houseで、マーク・モリス・ダンス・グループの『ザ・ハード・ナット』が上演されました。
マーク・モリス・ダンス・グループはニューヨーク・ベースのカンパニーで、ブルックリンにビルを持っています。このダンス・カンパニー専属のMMDGミュージック・アンサンブルというオーケストラの演奏による舞台です。また、この演目ではザ・ハード・ナット・シンガーズという少女の合唱団がコーラスで出演しています。彼らは客席のバルコニーに控えていて「雪片の踊り」の時に歌っていました。
『ザ・ハード・ナット』(固いくるみ)は、クリスマス時期に上演される古典バレエ『くるみ割り人形』のパロディ作品です。初演は1991年、ベルギーの王立モネ劇場です。音楽はチャイコフスキー作曲の『くるみ割り人形』組曲をそのまま使い、ストーリーを独自のものに変えています。振付はマーク・モリスで、バレエベースですが自由な発想によるコンテンポラリーな展開で独自なものです。

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

薪が燃えている暖炉の代わりにレトロな大きな箱型テレビがあり、そのテレビ画面の中に燃えている暖炉が映っています。出演者の髪型はリーゼント、アフロヘアーなど、服装やダンスも1950年代、60年代風、70年代風のレトロなものが中心です。パーティのシーンでは、80年代のマイケル・ジャクソン風のダンスや、90年代のヒップ・ホップのダンスも出てきました。クラシック・バレエ以降の、1950年代から90年代までの現代のダンスの振付を並べて盛り込んでいて、短時間で現代のダンスシーンとブームの歴史が並べられて集約されています。ダンスブームの資料としてみても興味深かったです。

舞台セットは白黒(モノトーン)の現代的な家具、インテリアとなっています。背景がモノトーンで、ダンサーたちの衣装はクリスマスの赤、緑を基調としたカラフルなものが多く、他もカラフルな色使いで、背景から際立って見えて効果的でした。各国の踊りの時には、舞台後方の大きな世界地図が電光啓示版のようになっていて、その国のところにライトが点滅します。
おもちゃの兵隊のシーンでは、現代風のおもちゃG.Iジョーたち(ミリタリー)がねずみたちを機関銃で退治しました。
初演から27年経っていますが、 『くるみ割り人形』の独自なパロディ版バレエとしてダンスの歴史に残り、これからも踊られ続いていくことでしょう。

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

カンパニーのメンバーは19名で、今回さらに12名のダンサーたちとマーク・モリス(芸術監督)自身が出演しました。
主役のダンサーたちは子供役のため、小柄な大人のメンバーが演じています。マリー役はローレン・グラント、フリッツ役はジューン・オムラです。シュタールバウム家のキング役はマーク・モリス、そのクイーン役はジョン・ヘジンボサム(男性)、ドロッセルマイヤー役はビリー・スミス、くるみ割り人形と若いドロッセルマイヤー役はアーロン・ルークスです。
ハウスキーパー役のクレイグ・パターソンは黒人男性が扮していて、黒いトウシューズをはいてヨロヨロと面白く踊り、スパイスとなっていました。モリスご自身も演技が上手で、味があり面白かったです。
ローレン・グラントはダンスの基礎がしっかりしていて上手です。踊りだけでなく演技、表情も巧みで圧倒的でした。経歴を見るとNYダンス&パフォーマンスのベッシー賞を受賞しており、1996年からマーク・モリス・ダンス・グループのメンバーとして60上のモリス作品に出演しています。ダンス教師としても活躍しており、バレエとモダン・テクニークを世界中の数多くのダンス・カンパニーや学校で教えてきました。モントクレア州立大学の非常勤講師でもあります。

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

くるみ割り人形とドロッセルマイヤーは赤いジャケットを着ています。くるみ割り人形がねずみの王様を撃退した後に、この2つの役は重なって踊りました。後ろにドロッセルマイヤー。その前にくるみ割り人形が2人至近距離で重なり、リフトもありました。くるみ割り人形がドロッセルマイヤーの分身のような演出でした。

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

群舞の雪片の踊り、花のワルツは、大勢の男女のダンサーたちが総動員で、同じ女性用の衣装で短いチュチュを着て踊りました。頭にもカラフルで大きめのかぶり物をしていました。大人数のダンサーたちがものすごいスピードで次々に、舞台を縦横無尽に駆け抜けて踊り続けて迫力がありました。
雪片の踊りはダンサーたちが両手にかなりの量の粉吹雪を握っていて、すごいスピードで駆け抜けて踊る度に両手から少しずつ粉吹雪を撒き散らして、飛び回って踊りました。このシーンは拍手が大きかったです。圧倒的な迫力、楽しくパワフルです。もともとは冷たい寒い雪のシーンですが、このカンパニーの解釈では南国のような熱いの元気な吹雪として、ニュアンスを替えていました。
花のワルツは、本来はピンク色の美しい優雅な群舞のシーンのはずですが、このカンパニーでは怪しく毒々しい感じの色合いと踊りで、食虫植物のような雰囲気に変えて表現していました。これも面白かったです。

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

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Photo : Richard Termine

この『ザ・ハード・ナット』は出演のダンサー全員が自由に伸び伸びと動いていて、楽しそうで素晴らしい舞台を作っています。芸術監督のモリスのユーモア、明るい性格のせいもあり、ダンサーたちが皆伸び伸びして力を発揮しやすい環境なのでしょう。良いダンスカンパニーだと思います。
モリスのユーモアは、きっと日頃から冗談をいつもよく言っていて皆を笑わせて、ダンサー達を乗せ、才能を伸ばして発揮させているのだろうと推察します。ちょっと舞台挨拶をする時にもその一端が垣間見られて、一瞬で観客を大笑いさせて、冗談を言っていました。
有名な古典バレエ『くるみ割り人形』のパロディ版として、くるみ割りから連想して「固くて割れないくるみ」というジョークを入れたストーリーに仕立てて、「固いくるみ」という作品となっていくのでしょう。

(2018年12月15日夜 BAM Howard Gilman Opera House)

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