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ニューヨークで活躍中のバレエダンサーに聞く その4

ワールドレポート/ニューヨーク

インタビュー/平沢あやこ(バレエピアニスト) Ayako Hirasawa

ニューヨーク、人種のるつぼと言われるこの街にはとてもたくさんのダンサーたちが働いています。ダンス・スタジオは、バレエ、コンテンポラリー、ジャズ、タップはもちろん、カリビアンからミクロネシアンなど存在するすべてのジャンルが割拠しています。あらゆるダンスが自由闊達に24時間休むことなく踊られている街ニューヨークから、バレエピアニストとして日々ダンサーたちと仕事をし、交流している平沢あやこがダンサーたちの完熟したダンス生活について、インタビューします。

デュアン・ゴサ Duane Gosa

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© Zoran Jelenic

----バレエをはじめたきっかけはどんなことでしたか。
デュアン・ゴサ(以下ゴサ) 学生の頃、マーチングバンドに所属して、トランペットを吹いていました。そこでカラーガー ド(旗)を回したり、基本的なダンスのステップを覚えたのが私にとっての初めてのダンスで した。 私の育った街(オハイオ州)には、学生のための職業訓練プログラムのようなものがあって、 エンジニアリングなどの他、アートのコースもありました。(日本の専門学校に近い)そこでマーチングバンドの友人に誘われてミュージカルシアターのコースを取ってみま した。バレエ、ジャズ、タップダンスのクラスを受けはじめて、ああ、これを大学でもっと学 んでいきたいなって思ったのです。バレエと出会ったのはその時です。17歳でした。

----ダンスをはじめたのはずいぶん遅かったんですね。
ゴサ  そうですね。専門コースではバレエのレッスンは45分でしたから、大学のダンスコースの オーディションを受けたときが初めてのフル(90分)のバレエレッスンだったのです。 とても疲れたのを覚えています。 父親がスポーツ選手でしたので、5歳のときから私も陸上やバスケットボール、サッカーを やっていて、体を動かすこと、筋肉の使い方を覚えることには慣れていました。それに音楽も大好きでした。 だから初めてダンスを踊ったとき、私の得意なこと、好きなものがひとつになったと感じまし た。体を使って、音楽とひとつになる感覚に夢中になりました。 音楽への愛が高じてダンスを始めたと言えると思います。
大学卒業後、ニューヨークに移住し、コンテンポラリー・ダンスのカンパニーのジェニファーミュラー・ダンスカンパニーに入団しました。

----最初に所属したのはクラシック・バレエのカンパニーではなかったのですね。
ゴサ バレエを踊りはじめて、私は男性のパートより女性の振付のほうが面白いと感じていま した。女性の振付のほうがより繊細で音楽的だと思ったのです。男性のパートは主に女性のサポートや大きなジャンプばかりで、私はあまり強くなかったのでサポート役は辛かったし、大きな振りも好きになれませんでした。自分は強くて大きな、王子や騎士の役には向いて ないと思いました。「男性バレエダンサー」は私のなりたいものではないな、と思ったんです。それで私のバレエへの関心は薄れ始めていきました。 ただポワントのクラスを受けていました。
サポート役として、相手の女性の動きをよりよく理解したい、と言って先生を説得したんです(笑)。本当はただポワントを履いてみたかっただけ。実際、1年ポワントを受けてずいぶん
強いダンサーになりましたし、バレエについてより深く理解することができましたけどね。

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----ポワントクラスを受けている男性ダンサーは他にもいましたか。
ゴサ 私がその大学史上初めてのポワントクラスをとった男性ダンサーでした。大学側で会議を開い たそうですよ。今はもっといるかもしれませんね。 最初は簡単なストレッチだけで、徐々に自身がついてくると、より高度なステップにもチャレ ンジしていきました。先生も最初は不安そうでしたが、ピルエットをできるようになって、さ らにいろんな振りがポワントでできるようになっていきました。 しかしプロの男性ダンサーとしては、ポワントで踊れるステージはないな、という現実に気づ き始めていました。トロカデロのことは知っていましたが、自分の行きたい方向性かどうか、 その頃は定かではなかったんです。 それにコンテンポラリーのほうがダンサーとして自信が持てましたし、音楽的に面白いと思っ ていたので、徐々にバレエよりコンテンポラリーのほうへシフトしていきました。

----プロのダンサーになろうと思ったのはいつですか。
ゴサ ダンスを初めて1年後くらいでしょうか。かなり早い段階で、これをやっていきたい、と思い ました。

----ご家族は協力的でした。
ゴサ 母はそうですね。母自身、ダンサーになりたかったそうですから、応援してくれました。父も 反対はしませんでしたが、ダンスの世界をよく知らなかったので、私にエンジニアリングなど の方向に行ってほしかったようです。私は学校では優等生でしたから、将来はなにかお金を稼 いで成功できる仕事につくことを望んでいたんでしょう。

----ダンサーとして初めての仕事は何でしたか。
ゴサ 大学在学中にいくつかのショーに出演しました。オハイオ州で上演されたミュージカル、『ウ エストサイド・ストーリー』などです。 ニューヨークに移住して、ジェニファーミュラー・ダンスカンパニーに所属したのがダンサー として初めてのフルタイムの仕事ですね。 大学の先生に「ジェニファーが男性ダンサーを探してるんだ。オーディションがあるから 行ってみないか。」と言われて、レッスンを早退してその日のうちにオハイオからニューヨー クまで8時間車を走らせて、翌日オーディションを受けたんです。
入団が決まったので大学を 2週間早く終わらせなければなりませんでしたが、ニューヨークに引っ越してすぐにプロのダ ンサーとしての生活が始まりました。

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----トロカデロの仕事はどういったきっかけで出会ったのですか。
ゴサ  バレエへの興味が薄れていって、コンテンポラリーの仕事に集中して、バレエクラスを受ける こともなくなっていたのですが、ある時、『Love Show』というキャバレースタイルのショー に呼ばれて、バレスク風の『くるみ割り人形』に出演しました。
クラシック・バレエを賢くアレンジしたもので、セクシーで面白くて、バレエに対する興味を 引き戻されました。またバレエクラスを受けるようになって、そこでブルックリン・バレエが男 性ダンサーを探していると聞き、一時期そこで踊っていました。 大学時代以来、本気でバレエを踊っていなかったので、よいバレエダンサーになるためにとり あえずいろいろなことにチャレンジしてみようと思っていました。 そこでオンラインでオーディション情報を探していて、トロカデロを見つけたんです。 彼らにEメールで連絡すると、「クラスを受けにおいでよ」という返信が来ました。 クラスを受けた後、「明日のリハーサルにくることはできる?」と聞かれて、リハーサルの日 の朝に、「給料の支払いに必要な身分証明書など持ってきてね」と言われて、ああ、仕事をも らったんだな、と理解しました。

----バレエは久しぶりだったんですよね。それでオーディションに受かってしまったんですね!
ゴサ そうですね。オーディション前に6ヶ月くらい、またクラスを取り始めていましたが、毎日で はなく、月に2、3回程度でした。ポワントもずいぶん久しぶりだったので、トロカデロに入 団してからしばらくは、バレエがどういうものかを思い出すのに集中しなくてはなりませんでし た。最初の2年間はかなり大変でした。もう一度バレエを勉強し直して、振りを覚えて消化し て、ステージレベルまで持っていかなければなりませんでしたから。 だけどそのプロセスを経験したことで、自分に対して忍耐強く、寛容になることを覚えまし た。

----他のバレエ団と比べて、トロカデロの特別なところは何だと思いますか。
ゴサ 私たちのレパートリーはクラシックですが、パロディにしてコメディの要素を加え、オーバー に、ドラマチックに演出することで面白おかしいショーに仕立てあげます。 クラシック・バレエのストーリーというのはもともと幻想的で、ちょっと変わった話が多いです から、役に入り込んで、大げさに演じることができるんです。そうやって役を作り込むこと で、ストーリーをより豊かなものにもできますよね。 また観客を笑わせるということは、その場で観客から反応が返ってくるということです。ひと つのヴァリエーションが終わり音楽が終わってから拍手を頂くことに比べて、ちょっとの動作や目線で、観客は反応してくすくす笑うわけです。観客との一体感、壁がなくなって、一緒に ショーを楽しんでいる感覚は本当にすばらしいです。

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----バレエを始めた頃はご自身は王子役に向いてないと思っていたんですよね。今シーズンは『白鳥の湖』の王子を演じられてますが。
ゴサ  学生の頃は「王子」という人になりたくなかったのです。でも今ではこの人を面白おかしく仕立てて演じることができることに気づきました。「なりたくない人」になるのではなく、自分が役を作り上げるわけですから。 例えば、彼はちょっと自分の髪の毛を気にしすぎる傾向があるとか(笑)、ナルシストにして みたり、ちょっとドラマチックに役を作り上げることで今では役を演じることをとても楽しんでいます。
役へのアプローチ、見方を変えてみることで、受け入れることができたわけですね。 そうですね。とくにクラシック・バレエでは、女性役は様々な感情や、キャラクターを演じる機 会があります。優しさ、繊細さ、儚さ、芯の強さ、誘惑したり、悪意があったり。それ対して男性は「強くて、男らしい、頼れる存在」であることを求められます。まあ少しロマンチックだったりすることはありますが。女性役のほうが、様々な人間性を演じる可能性があるわけです。
女性役を演じるとき、私は「女になる」と意識するわけではありません。「この女性のストーリーを伝える」と思っています。人間として、誰もが持つ感情を演じているわけですから、男、女と、分け隔てて考える必要はないと思っています。

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----ジェンダーの壁を破る試みは、ダンスの世界でも様々なところで取り組まれていますね。 リード、フォローをジェンダーに関わりなく選べる社交ダンスや、ジェンダーの区別なくバレ エを楽しめるブルックリン出身のBallezという団体など。 女性は女性らしく、男性は男性らしく、という社会のプレッシャーから両者とも解き放たれ て、純粋にダンスを楽しめる場が提供されているのはすばらしいことだと思います。
ゴサ その通りです。私たちは皆それぞれ、違った長所があるわけですから。誰かが優れているか、ひとつの物差しではかる必要はありません。視野を広げることは、新たな可能性につながるわけですから。

----ニューヨークでは、オープンクラスのポワントクラスを受けている男性を多数見かけますよ。
ゴサ よいことですね。ポワントを履くことは自分の体についてより理解し、強くすることにつながりますから。女性のものだけに限ることはないと思いますよ。

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----若い世代のダンサーたちへのアドバイスをいただけますか。
ゴサ 若いうちはまだ学ぶことが多くて、自分が本当にやりたいことを見つけるのが難しいです。 「やらなければいけないこと」「自分に求められていること」に惑わされがちです。 様々なことに対してオープンであること、受け入れる姿勢を持つこと、そして新しいことに チャレンジしていくこと。 たとえばニューヨークのような街では、本当に多くの人たちが同じものを求め、競争していま す。ブロードウェイのショーに出演すること、トップのバレエ団に入ることなど。競争は激しく、絶望したり、ひどい思いをすることもあります。だけど視野を変えれば、この街では同時 に新たなアート、新たなチャレンジが毎日生み出されています。そういったものに目を向けて いくことで、自分が本当に求めているものに出会う可能性もあります。それは想像していな かったものかもしれません。 私も一度はバレエに失望し、バレエから離れましたが、いろいろなショーに出会ったことでバ レエの新たな可能性を見いだし、戻ってきました。この仕事を得ることは若い頃は考えもしま せんでしたが、今では自己を表現できる場所になっています。 永遠に続くものはありませんから、好きじゃないな、と感じたらやめてもいいのです。だけど 挑戦し続けたら、なにか新しい発見があるかもしれません。

----自分が求めていることに対して正直であることで、苦労した経験はありますか。
ゴサ そうですね。ほとんどは自分自身との闘いでした。自分はよいバレエダンサーではない、と感じてオープンクラスを受けるのに不安を感じたり、ポワントクラスを受けることに躊躇したり。
だけど他の人が私をどう見ていたかは問題ではありません。すべてのダンサーが自分のスキルを磨くためにクラスを受けている訳ですから、私がポワントクラスを受けることに誰かが異をとなえたところで、それはその人の問題でしかないのです。
私が一番努力したことは、「皆それぞれダンサーとして違った段階、場所にいる。皆それぞれ高めるべきスキルがあって、それは皆それぞれ違う。」と自分に言い聞かせ、その時その時自分のやるべきことに集中するようにしたことです。

----それはダンスだけでなく全ての業界の人々にとって課題であると思います。 あなたには若い頃からそのマインドセットがあったのですね。それはご家族の影響でしょう か。
ゴサ そう言えると思います。私の両親はシカゴ出身でしたが、私が4歳のときオハイオに移住しま した。彼らはもといた場所のライフスタイルが性に合わず、新しい生活をもとめて環境を変え たわけですから、私にも昔から、自分の置かれた状況は変えることができる、他人ののぞむ場 所にいなくてもよい、という考えがありました。 オハイオは比較的保守的な土地柄でしたから、ゲイであることは問題でした。それで自分のア イデンティティを見つけるまでに時間がかかりましたが、私は白人の多い学校で唯一の黒人で もありましたから、「違った目でみられる、特別な扱いをうける」ということにも残念ながら 慣れていました。だから自分をしっかり持ち、人ぞれぞれみんな違うこと、どこかに自分を受 け入れてくれる場所があること、を信じてやってきたんです。 信じて来れたのは、そういう理解がある人たちがいることを知っていたからでもありました。 私は基本的に人間は善だと思っていますから、信じて、人々が理解してくれるよう努力し続け るべきだと思っています。

----そしてあなたは今、世界でも大人気のダンスカンパニーで踊ることで、それを成し遂げられま したね。
ゴサ 人々にインスピレーションを与えて、価値観を変える力があることも、この仕事のすばらしい ところだと思っています。

----将来の目標は何ですか。
ゴサ  長い目で見て、将来的には教える仕事をしていきたいなと思っています。トロカデロでいろいろな場所を訪れることで、言語に対する興味が芽生えました。年を取って、体も疲れてきます から、その時が来たらダンスから少し離れて言語をもっと勉強したいと思っています。 旅行をして様々な文化や人々に会うことが好きですから、いつかは外国に住んで、そこで英語 を教えたいと思っています。5年、10年後になるかもしれませんが、それが次にしたいこと でしょうか。体のほうをちょっと休憩させて、頭脳のほうを違った方向に使ってみたいと思っ ています。もう今でも、暇さえあれば座っていたいですからね! 足が疲れてて・・「休日は何 をしてるの?」「座って休みたいな」という感じです。

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----ダンスを教えたいとは思いませんか。
ゴサ もちろん興味はあります。ただダンスを教えるためには、もう少し勉強しなければならないと
思っています。もともとは大学でダンスを教えようと思っていた頃もありましたから。クラシックではなくてコンテンポラリーか、テクニックにフォーカスしたものを教えたいですね。

----将来的にダンスから離れてダンス以外のことをしたいと言った人はあなたが初めてです。これも自分の選択肢に対してオープンであるということですね。
ゴサ そうですね。ダンスをしていなければ、言語や多文化との出会いもなかったわけですから。
人生の岐路で、ダンスを選択して、それが私の仕事になりましたが、私には今まで磨く機会のなかった他のスキルもあるわけです。自分は他には何ができるのか見てみたいのです。とくにこの仕事は、踊る以外のことはあまりできませんからね。いつかは違う道にすすむ時がくるだろうということはずっと思ってきました。とても楽しい仕事ですが、年をとるごとに肉体的にとても辛くなってきます。
私は5歳のときからスポーツもしてきて、いつも体を酷使してきたので、一度でいいから「体のどこも痛くない」という日を経験してみたいですね。私の夢です。

----教えることもコミュニケーションですから、観客とのコミュニケーションである、ダンスのパ フォーマンスと似たところがありますね。
ゴサ そうですね。「経験を共有する」ということでは同じですね。

----ダンサーであることで、一番素敵なことは何でしょうか。
ゴサ  私にとって一番すばらしいことは、踊ることで音楽とひとつになれることです。自分の体を感じて、音楽と一体化するのはすばらしい感覚で、それが毎日できるわけですから。 プロのダンサーであることで一番好きなことは、世界を見られるということ。今まで20カ国以 上を訪れてきました。ダンスは私の世界を広げてくれました。

----すでにこの質問の答えはわかるような気がしますが、ダンサーであることで一番大変なことはなんでしょうか。
ゴサ 体が疲れて痛いことですね(笑)。怪我をして気分がすぐれなくても、どうにかして手当をし てそのコンディションで踊れるようにならなければいけません。それが仕事なんです。 忍耐強くなければいけませんし、今この状況で自分にどれだけのことができるのか、というこ とを判断できなければなりません。舞台を成功させるためにチームの皆ががんばっているわけ ですから、それを壊したくありませんし。だから自分がベストのコンディションでないときに冷静な判断を下して、できることをしなければならない、ということが、この仕事で一番大変 なことだと思います。

----日本の読者へのメッセージをいただけますか。
ゴサ 今、自分がしていることを楽しんでください。「これはどうあるべきか」とあまり考えないで、 物事をそのまま楽しむことも大切です。ダンサーであることはとてもラッキーなことですか ら、一日一日、その瞬間を特別に思って楽しんでください。

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デュアン・ゴサ Duane Gosa

アメリカ・シカゴ出身、オハイオ州のコロンバスで育つ。2008年にニューヨークに移住し、ジェニファーミュラー・ダンスカンパニー、ブルックリン・バレエを経て2013年にトロカデロ・デ・モンテカルロ・バレエ団に入団。今シーズンは『白鳥の湖』の王子役など、主要な役を任されるプリンシパルダンサーの一人。

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