幻のジェローム・ロビンズ振付作品『ウォーターミル』の再イメージをBAMが上演
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ワールドレポート/ニューヨーク
ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA
"Watermill" Choreography by Jerome Robbins、Re-imagined by Luca Veggetti、Music by Teiji Ito、featuring Joaquin de Luz
『ウォーターミル』ジェローム・ロビンス:振付、ルカ・ ベジッティ:再イメージ、伊藤貞司:音楽、ホアキン・デ・ルース:出演
10月24日から27日までBAMにて『ウォーターミル』の公演がありました。ジェローム・ロビンズ振付の幻の作品を、ルカ・ベジッティが再イメージして振付けたものです。主役はホアキン・デ・ルース、他のダンサーたちは、ニューヨーク州立大学(SUNY) パーチェス校のコンサバトリー・オブ・ダンスの学生です。
私は10月25日の公演を観に行きました。作品は、ノンストップで約1時間でした。
スペイン人バレエダンサーのホアキン・デ・ルースは、ニューヨーク・シティ・バレエの元プリンシパルで、今年10月に退団したばかりです。10月14日がさよなら公演でした。今回のデ・ルースの主演公演は、ニューヨーク・シティ・バレエを退団後の最初の舞台なので、今後のデ・ルースの活動にも関心がありましたので鑑賞しました。ニューヨーク・シティ・バレエの元プリンシパルたちは、多くが退団後もダンス界でご活躍していますので、デ・ルースの今後も楽しみです。
この作品は、ロビンズが当時、家を持っていたニューヨーク・ロングアイランドのウォーターミルという地名がタイトルになっています。ロビンズ振付でニューヨーク・シティ・バレエが、1972年に初演しました。その後、ほとんど上演されていない幻の作品です。
音楽は、伊藤貞司という日本人作曲家(東京生まれ。芸術家の両親と共にニューヨークに移住。母親はダンサー)による、尺八など和楽器も使用した静かな音楽です。伊藤はロビンズの依頼を受けて、1971年に、このバレエのために作曲しました。
『ウォーターミル』のアルバムの曲は、プレリュード、春、ランニング、夏、悪夢、秋、冬(エピローグ)で構成されています。この舞台も四季の移り変わりの中で表現されています。今回は日本人も含め5名により演奏されました。
ルカ・ ベジッティはイタリア人で、ミラノのスカラ座でトレーニングを受け、1990年から振付家、芸術監督として活動を始めました。今回の公演は、オリジナルの『ウォーターミル』の再現を試みたのではなく、再イメージして振付けたものです。
舞台後ろには大きな月の画像が映っていて、最初は三日月で、ステージが展開されていくにつれて、だんだん満月になっていきました。
舞台上の3カ所に、3メートルはありそうな大きな丈の穂が束ねられて、立られていました。月明かりのような薄暗い照明が中心で、スポットライトが時々当てられていました。
音楽は、能をイメージするようなとてもゆっくりとした静かなものでした。
ホアキン・デ・ルースは最初、黒い大きな丈の長いマントを着ていましたが、舞台前方まで歩いてきて、そこでまずマントを脱ぎ、ゆっくりシャツを脱ぎ、そしてズボンを脱いでいきました。仁王立ちになり、しばらくゆっくり動いていましたが、やがて舞台前方の右端のほうで、足を投げ出して座りました。
周りで季節の移り変わりに合わせてダンサーたちが集団で登場。デ・ルースはそのまま床に座ったままで、少しずつ首だけ動かしたり、足だけ動かしたり、ほんの少しずつゆっくり動いていきました。よく見ておかないと、どのくらいどのようにデ・ルースが動いたのか気が付かないくらいのゆっくりで、ほんの少しずつ少しずつ動いていました。
このようにほとんどじっとしたまま舞台上で演技をすることは、返って大変なのではないでしょうか。
前半半分は、デ・ルースは、このようにゆっくりじっとしたままのシーンが多かったのですが、後半では少しずつ動き、周りにも多くのダンサーたちが躍動するシーンもありました。
やがて、蓑をかぶっている男性が活発に踊り、急に全体の動きが激しくなり、蓑の男性が暴れて、他の舞台上にいた人々に襲いかかりました。この蓑の男性はデ・ルースが静かに床に横たわっていることに気づいていないかのように、退場しました。
最後の方のクライマックスでは、デ・ルースは、長い穂を両手に1本ずつ持って立ち、ゆっくり動き始めました。やがて雪が降り、ゆっくり穂を手で動かし続けた後、床にパタッと倒しました。そして、デ・ルースはまた最初のように、長い大きなマントを着ました。デ・ルースは立ったまま、照明がだんだん暗くなってきて、ゆっくり歩いてきて座り込みました。
主役は静かでほとんど動かないという作品なので、その間ずっとじっとしたままで肉体をさらします。デ・ルースのバレエで長年鍛錬を積み鍛え上げた見事な肉体は見栄えがしていました。
BAMの中でも小さなサイズの劇場で客席と舞台に境目がなくて至近距離でダンサーが見えるので、 鍛え上げた肉体のダンサーでなければ、この役は難しいでしょう。
ロビンズ作品の中では、これは異色だと思いました。この日本の能の世界のような静寂を表現しているロビンス作品を、デ・ルース主演で見ることができ、貴重な経験をしました。
(2018年10月25日夜 BAM Fisher)