ニューヨーク・シティ・バレエの過去の芸術監督が振付けた、三つのストーリー作品のプログラム

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

"Fancy Free" by Jerome Robbins, "Prodigal Son" by George Balanchine, "West Side Story Suite" by Jerome Robbins
『ファンシー・フリー』ジェローム・ロビンズ:振付、『放蕩息子』ジョージ・バランシン:振付、『ウエスト・サイド物語組曲』ジェローム・ロビンス:振付

『ファンシー・フリー(Fancy Free)』はジェローム・ロビンズ(Jerome Robbins)が1944年、まだバレエ・シアターと呼ばれていたアメリカン・バレエ・シアターの若いダンサーだった時に、やはり若かった作曲家レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)の曲に振付けた作品。これがロビンスの最初のバレエ作品だった。バレエに新しい風を吹き込もうという二人の意図のもとに、当時は日常茶飯事に見られた風景、3人組の水兵が休暇に船を降りてニューヨークを散策するという設定で何が起こったかを描いたものだ。初演は大成功で、この作品に啓発されてブロードウエイ・ミュージカル『オン・ザ・タウン(On the Town)』が製作され、これも大ヒットした。
舞台はジャズが流れるニューヨークのバー。3人の水兵が飛び出してくる。そびえたつ摩天楼に感動し、女性との出会いを期待する3人は勇んで街へ。バーテンダーに見栄を切ったり、チューインガムの飛ばしっこをしているうちに、一人の仕事帰りの美しいOLが現れる。早速3人はしつこく言い寄るが相手にされない。二人はそれでも彼女を追いかけ、残った一人が飲んでいると、別の美女が現れる。チャンス! とばかり必死に彼女を口説き、首尾よく一緒に飲み始める。と言っても水兵の話題は戦争の話ばかり、彼女がうんざりし始めたころ、先ほどの女性を追いかけて行った二人が、何とか彼女を連れ帰ってくる。なんと女性二人はたまたま知り合いだった。さて女性2人に男性3人、当然ながら女性の争奪戦となる。危うく喧嘩になりそうになったところで、では彼女たちに決めてもらおうと、水兵たちはそれぞれの人柄を表現するソロを踊ってアピールする。女性たちは品定めを始めるが、待ちきれない水兵たちは、遂に殴り合いを始める。それを見た女性たちは呆れて出て行ってしまう。さすがに馬鹿馬鹿しさに気付いて、水兵たちは仲直りに飲みなおす。そこに第三の美女が現れる。たった今反省したばかりの水兵たちは、飽きもせずに彼女を追いかけていく。

水兵をホアキン・デ・ルズ(Joaquin De Luz)、タイラー・アングル(Tyler Angle)、アンドリュー・ヴェイエット(Andrew Veyette)が踊った。戦場で働き、意気盛んな水兵を表現するためか、この作品の水兵たちは、みな敢えてラインを荒くして踊っているようだ。タップも振りに組み入れ、踊りそのものがユーモラスな芝居になっていて楽しい。特にヴェテランのデ・ルズは、終始ニコニコしながらも、やんちゃでコミカルな味をだして踊った。一方、女性たち(メアリー・エリザベス・セル/Mary Elizabeth Sell、タイラー・ペック/Tiler Peck、ミリアム・ミラー/Miriam Miller)は都会人を表現するように洗練された美しいラインで、セクシーに踊る。ストーリーも、振りの切れ切れ、そして作品の底に流れる人間の意図も観客の心に残る、まさにロビンスの名作である。

Teresa-Reichlen-and-Daniel-Ulbricht-in-George-Balanchine's-Prodigal-Son.-Photo-Credit-Paul-Kolnik-(1).jpg

Teresa Reichlen and Daniel Ulbricht in George Balanchine's Prodigal Son. Photo Credit Paul Kolnik

『放蕩息子(Prodigal Son)』は聖書の教えに基づいて作られた、ジョージ・バランシン(George Balanchine)の名作。 セルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュスの製作で、音楽はセルゲイ・プロコフィエフが担当した。このバレエはバランシンがバレエ・リュスのために振付けた最後の作品で、彼はこの作品で国際的な評価を得た。
将来への夢にワクワクする息子は、何かと教えを与える父親に反発、ある日父親から分与された財宝を家来に持たせて出奔する。異国で出会った人々に惜しげなく財宝を与えて仲良くなった息子は、美しい女性に出会う。彼女に夢中になった息子は、誘惑され骨抜きにされて、酔いつぶれているうちに美女の手下の者たちに身ぐるみ剥がれてしまう。自分の家来もいつの間にか異国人の中に混じってしまって、誰も助けてくれない身の上を嘆き恥じる息子は、芋虫が這うように去る。美女は奪い取った財宝を手下に与え、勝利の踊りを踊る。ぼろをまとい、つえをついて命からがら家にたどり着いた息子が塀の前に倒れているのを姉たちが見つけ、助け入れる。父親が出てくると、顔向けができないまま、息子はその足元に這いよる。すると父親は愛し気に息子を抱き上げ、家に連れ帰る。

放蕩息子をダニエル・ウルブライト(Daniel Ulbright)が踊り、負けん気の強い駄々っ子から、美女におぼれて堕落し、教訓を得て頭を垂れ、一人の人間に成長する過程を細やかに表現した。異国の人々に財宝を与えて良い気になった場面では、強い回転を見せ、まるで自分がリーダーになったかのような絶頂の気分を表現して、そのあと異国人たちにぼこぼこにされてよれよれになる様を、奈落の底に落ちるかのように見せた。美女を踊ったテレサ・ライクレン(Teresa Reichlen)は、圧倒的な気高さでこの役を表現した。優雅でゆるぎない父親(聖書では神とされる)はアーロン・サンズ(Aaron Sanz)が演じた。
聖書では神の寛大な愛を教える話となっているが、バランシンのバレエでは、むしろ厳しい経験をして謙虚になる息子、つまり人間の姿がテーマになっているように思われる。

Teresa-Reichlen-and-Daniel-Ulbricht-in-George-Balanchine's-Prodigal-Son.-Photo-Credit-Paul-Kolnik.jpg

Teresa Reichlen and Daniel Ulbricht in George Balanchine's Prodigal Son. Photo Credit Paul Kolnik

この日の最後に踊られたのは、ジェローム・ロビンズがブロードウェイ・ミュージカルに振付けた作品の抜粋、『ウエスト・サイド・ストーリー組曲(West Side Story Suite)』だった。ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』はロビンズが、シェイクスピアの『ロメオとジュリエット』を近代ニューヨークのスパニッシュ・ハーレムに置き換えたもので、音楽はもちろん、バーンスタインである。このバレエは、そのダンス振付のみを抜粋して、NYCBのレパートリーとして残したものだ。
20世紀半ばのニューヨークのウエスト・サイドと呼ばれる地域では、スペイン系の若者たちで構成されるグループ、ジェッツとシャークが互いに対抗していた。些細なことから喧嘩になり、一人が袋叩きにあって全員の乱闘に発展するというパターンが繰り返され、常に警察の笛が鳴り響いていた。ジェッツに属するトニーはしかし、いつかみんなが和解することを夢見ていた。あるダンスパーティーで、トニーはシャークのリーダー、バーナードの妹マリアと知り合う。一瞬で惹かれあった二人は恐る恐る手を差し伸べあい、そしてキスをする。それを見つけたバーナードが怒って二人を引き離したことがきっかけで、また二つのグループの喧嘩になり、そして警察の笛が鳴り響く。やがて、トニーが原因でシャークとジェッツのリーダー同士がナイフを持っての喧嘩になる。そしてジェッツのリーダーのリフが刺殺される。逆上したトニーはシャークのリーダーでマリアの兄のバーナードを刺してしまう。パトカーのサイレンの音がして、若者たちは散り散りになるが、自分がしたことに気づいたトニーは「マリア!」と叫ぶ。最後に若者たちはトニーとマリアを中心に、いつか平和な時が来ることを祈り歌って終わる。

The-Company-in-Jerome-Robbins'-West-Side-Story-Suite.-Photo-Credit-Paul-Kolnik.jpg

The Company in Jerome Robbins' West Side Story Suite. Photo Credit Paul Kolnik

舞台ではダンサーたちが簡単なセリフを喋ったり、歌手と対等に歌いながら踊った。トニーを演じたピーター・ウォーカー(Peter Walker)は背が高く、長くてのびやかな洗練されたラインだ。最近自らNYCBに振付けも行っているウォーカーはよく役柄を解釈しており、テクニックを超えて若者の夢を踊った。トニーとマリアが出会うダンスパーティーの場面では、シャークのリーダー、バーナードを踊ったジャスティン・ペック(Justin Peck)と、バーナードの恋人アニタ役のジョージナ・パズコグィン(Georgina Pazcoquin)のホットな踊りが観客の喝采を得た。また、パズコグィンがリードして、シャークの女性たちが歌いながら踊る「アメリカ」は、よく知られているナンバーだが、みんな歌がうまいのにも感心した。ミュージカルを目指すダンサーも多いので、声楽のレッスンの成果と言えるだろう。また、バーナード役のペックは言わずと知れた最近注目を浴びているNYCBが産出した振付家で、現在はピーター・マーティンス後の臨時運営チームにも参加している。特にトニーとの喧嘩の場面はリアルでハラハラする危ない場面だが、良い演技で表現した。マリアを踊ったのはミミ・スターカー(Mimi Starker)だったが、ミュージカルでは主役なのだが、残念ながらこのバレエではあまり見せ場がなく、もう一つ存在感に欠けた。ストーリーの部分を省いてミュージカルからダンスだけを抜粋した作品であるため、ダンスが一つ終わるごとに警察の笛が鋭く鳴り響いて、騒ぎが収まると同時にその場面も終わるという趣向にしており、少々物足りない感は否めない。しかし、このバレエが初演されたころに比べると、ダンサーの演技力が格段に向上しており、それなりに楽しめた。
(2018年10月13日夜 David H. Koch Theater)

ページの先頭へ戻る