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NYCBプリンシパルダンサー3名が写真送信スキャンダルで失職

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

米国大手報道機関のニューヨーク・タイムズ、ニューヨーク・ポスト、ワシントン・ポストなどの最近の報道によると、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)は三人の男性プリンシパルダンサーをスキャンダルが原因で解雇した。理由は、三人のうち一人が自分のガールフレンドだった若い女性ダンサーのわいせつな写真や動画をカンパニーメンバーやスタッフなどに送り、この女性がこのダンサーとNYCBを相手どって訴訟を起こしたため。NYCBでは今年1月、元芸術監督のピーター・マーティンスが複数の元ダンサーたちからセクハラとパワハラの告発を受けて辞職した。この事件はそれに続く、NYCBの大きな不祥事といえる。(文中敬称略)

NYCBは9月15日の朝、この裁判で訴状に名前が挙げられた二人のプリンシパル、アマール・ラマザー(Amar Ramasar, 36)とザッカリー・カタザロ(Zachary Catazaro, 29)を解雇、8月に既に辞職していた原告女性の元ボーイフレンドで今回提訴されたプリンシパルのチェイス・フィンレイ(Chase Finlay, 28)を辞職ではなく、解雇扱いにすると発表した。バレエ団は訴訟の対象にはなっていないラマザーとカタザロを8月下旬以降今年いっぱい停職処分していたが、この二人の行動が事実と判断されたことと、事件がバレエ団に及ぼす影響を考慮して、解雇という判断に至ったと説明した。NYCBとしては二人がバレエ団の名を汚す写真共有事件に関わり、出演可能な男性ダンサーのリストに大きな穴を開けてしまっていたことから、現在行われているNYCBの今秋のシーズン(9月18日〜10月21日)が始まる前に解任することにしたもの。その結果、14人いたNYCBの男性プリンシパルは11名となった。

事の発端

9月2日、アレクサンドラ・ウオーターバリー(Alexandra Waterbury, 20)は、元NYCBのプリンシパルで交際相手だったフィンレイが、彼女の性的な写真と短編ビデオを彼女が知らないうちに撮り、彼女の許可なく同バレエ団関係者に送って共有したとして、フィンレイとNYCBに対して訴訟を起こした。

訴状によると、フィンレイはウオーターバリーの複数のヌード写真を、元SABの生徒たちや、その他カンパニーの関係者、ドクターと呼ぶ未確認人物などに送り、彼らがセックスをした「女性たちのどんな写真でも」送ってくれたら、「俺が叫ばせたバレリーナたちの」写真を送ると約束したという。ラマザーはそれに対してある「女性バレエ団員」のトップレスの写真を送り返した。また、カタザロは複数の女性の写真をフィンレイと交換したという。

フィンレイは今年8月までNYCBのプリンシパルだったが、カンパニーからこの件について問い合わせを受けた時点で辞任した。NYCBは同時に関わったラマザーとカタザロを、今年末まで給与なしの業務停止処分にした。その後、カンパニーは彼らに対するウオーターバリーの申し立てを調査し、二人が「個人的に業務時間外、および職場外において不適切なコミュニケーションに関わり、ダンサーに期待される行動規範に違反した」と判断した。

カンパニーは9月15日に発表したステートメントで、この事件について、ダンサー、スタッフ、NYCBコミュニティーの人々の考えを聞いて、停職処分中のラマザーとカタザロの二人を解雇することにしたと述べた。また、フィンレイも辞職ではなく、解雇処分にすることを決定したと述べた。

何故NYCBも訴訟の対象に?

ウオーターバリーは2013年から2016年までNYCBの正式養成校、スクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)に通った。彼女は訴文の中で、カンパニーは「バレエ団とダンサーたちには同好会の様な雰囲気が浸透しており、法律や女性の基本的人権を軽視することに大胆になることを容認している」と述べている。そして、彼女のみが被害者ではなく、複数の女性ダンサーのヌード写真もグループテキストで卑猥な言葉とともに共有されたことを述べている。また、あるNYCBへの寄付者がフィンレイに他の大手バレエ団のダンサーを「犯す」野望について書き、「二人で彼女たちを縛って家畜みたいに虐待できる」と付け加えた。これに対してフィンレイは、「或いは奴隷みたいにね。」と答えた、と訴状は述べている。

この訴訟事件はNYCBを揺るがす最新の事案。今年初め、長年総芸術監督を務めたピーター・マーティンスが、パワハラとセクハラの疑惑が公表されてバレエ団が調査を始めた直後、突然辞職している。その後バレエ団は調査の結果は訴追に沿わないものだったと発表した。つまり、カンパニーとしてはマーティンスによるパワハラ、セクハラの事実はなかったという判断をしたのである。

ウオーターバリーは訴状の中で、カンパニーのマーティンス追及の生ぬるさが、フィンレイ始め他の男性ダンサーたちに、「他人や物を虐待し、女性を見下し、卑下し、非人道的に性的に虐待すること」が受け入れられるというメッセージを送ったとしている。

NYCBの声明

NYCBの理事会長のチャールズ・W・シャルフは声明を発表、バレエ団は訴状に書かれているような行為は許容していないと述べ、「カンパニーは訴状に書かれてある行動に対して責任を負うものではなく、関わったダンサーたちに対し相応の措置をした」と述べた。「NYCBは今回のカンパニーへの提訴は根拠のないものと確信しており、フィンレイとその他名前が挙がった者たちによる就業時間外における、NYCBが関知しなければ承認もしていない行為を、カンパニーが容認、奨励、後押しするようなことは断じてないことを主張する」と述べている。

シャルフ理事長は6月にウオーターバリーの弁護士ジョーダン・K・マーソンからこの申し立てを聞いて、「これらのダンサーたちを調査し、その行為がバレエ団の行動規範に違反するものと判断、迅速かつ的確な措置が取られた。」と語っている。また理事長は、マーソン弁護士はNYCBに連絡、「世間にこの事件の内容が広まることを避けるために示談金を交渉しようとしたが、カンパニーはその要求を拒否した」と語った。

NYCBの重役キャスリーン・ブラウンと臨時芸術チームのリーダー、ジョナサン・スタッフォードは共同声明文の中で次のように述べている。「我々には、ダンサーやスタッフが尊重され大事にされる職場にすることが最大の責任で、NYCBの従業員全てにそうした環境を与えることができるように尽力している。我々は一部の人間の行動が、NYCBコミュニティーが積み上げてきた努力と強い特色、そしてカンパニーの基礎となっている優秀さを傷付けるようなことは許すものではない。」としている。

男性それぞれの言い分

提訴されたフィンレイ自身のコメントはないが、フィンレイの弁護士のイラ・クラインマンはニューヨーク・ポスト紙に「この苦情申し立ては、よくある、事実ではない疑惑の結集以外のなにものでもない」と語ったという。それではフィンレイは疑惑を否定しているのかと聞くと、クライマン弁護士は「私の返事はそこまでです。」と答えたという。

フィンレイはコネチカット州フェアフィールドの生まれ。SABに学び、2008年にNYCBの研修生となった。翌年、コール・ド・バレエに編入され、まだコール・ドでいる間にジョージ・バランシンの『アポロ』の主役に抜擢された。2011年にソリストに、そして2013年にプリンシパルに昇格された。美貌とテクニックに恵まれ、将来を嘱望されたダンサーだった。

ラマザーとカタザロの二人はそれぞれ声明を発表して、解雇された悲しみを表明、解雇はカンパニーが判断を急いだものだということを強調した。ダンサーの組合のAGMA(American Guild of Musical Artists)は、「事案は職務上関係ない行動で、解雇に相応する『正当な理由』のレベルまで達しない」と、二人の解雇に異議を唱える意向だ。しかし、実際にAGMAが二人の擁護に立ち上がるかどうかは不明。

ラマザーは、SNSを通じて次の様なメッセージを残している。

「フィンレイとやり取りしたメッセージは、NYCBが言うように業務時間以外の個人的な時間に行ったものです。しかし、今回私の関わった部分については責任を取ります。私は人生で全く失敗はしなかったと言うつもりはありません。判断が間違っていた時があったことは謙虚に認めます。ウオーターバリーさんの苦痛と、この事件で不愉快な思いをしているNYCBの方たちに、本当に申し訳ないと思っています。カンパニーや関係者の女性たちが受けた、強いネガティブなインパクトは、みんな重視していると思います。過去を変えることはできないし、今後はこの学びと共に前向きに歩いていこうと思っています。私はこの状況の影響を把握するために、この時間を内面的に見て、より良い自分自身を見ようとしています。これからは性別、年齢、宗教、肌の色に関係なく、すべての女性とすべての人を真摯に尊重します。」

ラマザーはニューヨークのブロンクス区生まれ、2009年にNYCBのプリンシパルに就任、カンパニーの売れっ子スターの一人だった。バランシンの代表的なレパートリーを踊る、最もダイナミックでカリスマ性を持ったダンサーの一人で、特に新作では際立っていた。ラマザーは今年、ロジャーズ&ハマースタイン製作のミュージカル、『回転木馬(Carousel)』にジガー・クレイガン役でブロードウエイのインペリアル・シアターの舞台に出演、ニューヨーク・タイムズに「電撃的なブロードウエイ・デビュー」と評された。

カタザロは「アレクサンドラ・ウオーターバリーの個人的なもの」の共有に関して、まったく関わっていないと主張している。彼は自分が関わった個人的なコミュニケーションは業務時間外に起こったことで、「意図的に他人を傷つけたり、恥ずかしがらせるようなことではない」と言っている。カタザロはオハイオ州カントンの出身。昨年10月にNYCBのプリンシパルとなったばかりだった。カタザロは職場復帰を望んでいる。

事件の本質は?

なぜ、一見下世話なこの事件がアメリカ社会で大きく注目されることになったのか?

ウオーターバリーはモデル兼ダンサーで、現在はコロンビア大学の一般教養学部に通っている。ニューヨーク・タイムズがフィンレイが辞職しラマザーとカタザロが停職処分になったことを報道した後、彼女は「お前は敵を作った、もう仕事はこない、といった脅迫的な言葉を複数の人々から受けた」と語っている。「今、私は声高く、はっきりと、あのフレーズ、『Me Too』を叫ばなければならない。」

アメリカのダンス・マガジンは、「彼女の訴訟はNYCBが『虐待的でセックス絡みの環境の、制御が効かない同好会』を作り出し、以前の虐待のケースに臭い物に蓋をするようにして、男性たちに『法を無視し、女性の基本的人権を侵害することを奨励している』と追及している」と指摘している。ここにある「以前の虐待のケース」とは、ピーター・マーティンスのパワハラ、セクハラ問題と推察できる。

ウオーターバリーの訴状が主張しているカンパニーの姿勢の例の一つとして、NYCBのある男性プリンシパルは、物への乱暴やパートナー(NYCB女性コール・ド)への家庭内暴力が警察沙汰になった後、リハビリセンターに送られたが、一週間ほどで帰ってきて以前通りに踊っているという。また、女性ソリストをレイプし、コール・ドの女性を虐待した別の男性も、何の咎めもなく仕事をそのままNYCBで続けているという。

ウオーターバリーの訴状は、「その事件とカンパニーの無対応の姿勢はよく知られており、バレエ団の中で議論されていることだ」と述べる。「フィンレイはパーティー好きで、あるプログラム・ディレクターから何度も酒臭いとコメントされたほどだったが、カンパニーは見ない振りをしていた」「最近のワシントンでの興行では、フィンレイを含む複数のNYCBのメンバーがパーティーを開き、ホテルの調具を壊して15万ドル以上(約1,700万円)の罰金を科された。このパーティーでは未成年の少女たちが招かれ、麻薬とアルコールが振舞われた」と彼女は訴状の中で暴露している。

彼女の主張は、これほどにも法に反するカンパニーメンバーが何人も存在するにもかかわらず、バレエ団は何の対応もせずに仕事をさせ続けている体制自体が、今回の自分の被害にも通じていると思われるので、バレエ団にも責任がある、ということである。

今後NYCBは?

ニューヨーク・タイムズの記事によると、NYCBのスポークスマンは、「なぜNYCBも訴訟の対象に?」の項目に登場したNYCBへの寄付者はカンパニーのヤング・パトロンズ・サークルの元メンバーで、2010年から2016年にかけて約1万2千ドル(約136万円)寄付していることを明らかにした。そして、カンパニーのダンサーの一部から、NYCBが女性問題に取り組む地元チャリティ団体に、この金額の寄付をしてはどうかという提案が出ているという。

NYCBは現在マーティンスの後任の芸術監督を公募中だが、今回の事件を受け次期芸術監督は女性にというダンスコミュニティーからの声が更に強くなっているという。現在、女性の有力候補は元NYCBプリンシパルのウェンディ・ウェラン(Wendy Whelan)で、彼女の就任を望む声が高まっているという。

いずれにせよ、今回の事件はマーティンスの問題は決して終わっていないことを示しており、ウオーターバリーが主張するのはNYCBの直接の事件への関与ではなく、NYCBの体質改善だ。大きなバレエ団の体質改善は舞踊界全体に影響を及ぼすだけに、彼女の主張が裁判でどのように判断されるかが、今後注目されることと思われる。

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