アシュリー・ボーダー・プロジェクトによる5作品、NYCBでは見られない個性的な舞台だった
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ワールドレポート/ニューヨーク
三崎 恵里 Text by Eri Misaki
Joyce Ballet Festival, Ashley Bouder Project ジョイス・バレエ・フェスティバル、アシュリー・ボーダー・プロジェクト
"Red Spotted Purple" by Lauren Lovette, "Duet" by Liz Gerring, "Alas-" by Abdul Latif, "Symbiotic Twin" by Annablle Lopez-Ochoa, "In Pursuit Of..."by Ashley Bouder.
『赤を散りばめた紫』ローレン・ラヴェット:振付、『デュエット』リズ・ジェリング:振付、『ああ』アブドゥル・ラティフ:振付、『共存的な双子』アナベル・ロペス・オコア:振付、『何かを求めて』アシュリー・ボーダー:振付
現ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル、アシュリー・ボーダー(Ashley Bouder)が仲間と組んで、作品を見せる企画を始め、今年の夏のジョイス・バレエ・フェスティバルに参加した。公演は小型オーケストラを舞台の上に置くという、大きなバレエ団で踊るダンサーらしい贅沢さを伴うものだった。
まず、オープニングに踊られたのは、『赤を散りばめた紫(Red Spotted Purple)』で、やはりNYCBのプリンシパル、ローレン・ラヴェット(Lauren Lovette)がボーダーに振付けたソロ作品だった。ポニーテールにワンピース姿でにこやかに現れたボーダーは快活に活き活きと踊る。アダージオとなる第2部では、複雑なステップを安定したテクニックで踊った。最後にポニーテールを外して髪の毛を降ろすと、背景が赤く変わり、強い回転を見せながら踊る。NYCBの著名なスターが他のスターの振付を踊るというところが目玉だった作品と言えよう。
Roman Mejia, India Bradley, Olivia MacKinnon photo by Paula Lobo
その次に踊られたのはリズ・ジェリング(Liz Gerring)振付の『デュエット(Duet)』。 ダミアン・ジョンソン(Damien Johnson)と、テイラー・スタンレイ(Taylor Stanley)の二人の男性が、ショーツとタンクトップのシンプルな衣裳で、裸足で踊った。ジョンソンは現在、イギリスのバレエ・ブラック(Ballet Black)のシニア・ソリスト、スタンレイはNYCBのプリンシパルだ。単純な音だけを並べたような変わった音楽に振付けられたこの作品は奇妙な形が多いが、ヴェテランダンサーたちは美しいラインを作り出した。特にスタンレイが良く、一つ一つの形をきちんと作り出して、見ているだけでも面白い。かつてのポストモダンダンスを思い起こさせるものだ。ダンサーはどのようにこの音楽と振りを消化したのだろうと、見ていて思わず考えた。奇妙な音楽を縫うようにリズムを取って踊る、難しい踊りだ。しかし美しさがある。スタンレイは正直なところ、NYCBでバレエを踊っている時より個性が出ていて、彼の踊りの良さを実感した。
『ああ、(Alas-)』は、アブドゥール・ラティフ(Abdul Latif)が振付けた組曲風の作品。作品は五つの場に分かれている。第一場面は、クレア・クレッシュマー(Clair Kretzschmar)のソロで、ボリウッド風の軽快な歌唱曲にクラシック・バレエを振付けたもの。動きを楽しんでいるクレッシュマーが印象的だった。
第二場面はNYCBのメンバーのオリヴィア・マッキンノン(Olivia MacKinnon)とローマン・メヒア(Roman Mejia)のデュエット。憂いを込めた表情のマッキンノンと、強いピルエットを見せるメヒアは、息の合ったパートナリングを見せ、さすがに舞台慣れしている。美しいダンサーたちを至近距離から見る贅沢さを感じた。
第三場面はNYCB研修生のインディア・ブラッドレイ(India Bradley)とNYCBのデヴィン・アルバーダ(Devin Alberda)、そして上記のダミアン・ジョンソン(Damien Johnson)のトリオ。ブラッドレイは非常に美しく、男性たちも美しいラインで踊るのだが、ブラッドレイの美しさが際立った。まだ、NYCBでは研修生という立場なので、こうしたプロジェクトが無ければ気が付かないかもしれないダンサーだが、新しい発見をして得をした気持ちにしてくれた。
第四場面は全員の群舞だ。特に女性たちがそれぞれの個性を持っていると感じた。ピルエットをたくさん入れるなどテクニックがふんだんに入った垢抜けした動きで、ダンサーたちには楽しい振りだ。バイオリンを主体にした場で、バイオリニストが舞台中央に出てきて、ダンサーたちが彼女を囲んで踊る場面もあった。この作品ではボリウッド風の歌は楽器の一つとして挿入されている。
最後の場面はジャズのリズムとなった。ブラッドレイの美しいソロで始まる。素晴らしいダンサーだ。残りのメンバーも加わって、全員の踊りとなり、それぞれ活き活きと踊った。楽しくて仕方がない、といった様子だ。しかし、ジャズダンスではなく、あくまでもバレエだ。笑顔を見せながらコケティッシュでセクシー、それぞれ見栄を切るようにポーズして終わった。観客は大喜びで、ミュージシャンも含めて出演者に大喝采を送った。
Claire Kretzschmar and Devin Alberda photo by Paula Lobo
『共存的な双子(Symbiotic Twins)』は、アナベル・ロペス・オコア(Annablle Lopez-Ochoa)の振付。ボーダーとスタンレイによる、相対するようで呼応するデュエット。チェロのソロに、なめらかな流れるような動きが続く。一瞬だが、女性が男性をリフトする場面もある。男女の違いはあるが、クォリティが対等であることを「双子」としているのだろう。息がよく合っていて、ダンサーの集中が飽きさせない。ここでも、NYCBの舞台では見られないスタンレイの踊りの良さを感じた。彼の人柄が踊りに現れているということかも知れない。不思議な音を作り出したチェロの演奏も素晴らしかった。
Ashley Bouder and Taylor Stanley photo by Paula Lobo
最後は、ボーダー自身の振付の、『何かを求めて(In Pursuit Of...)』で幕を閉じた。音楽を担当したのはミホ・ハザマ(Miho Hazama)という日本人女性で、自ら指揮をした。女性はドレス、男性はユニタードという衣裳だ。恐らくは大きなカンパニーの外で自分なりの活動を始めてボーダーの気持ちを作品にしたものと思われる。ここでも、インディア・ブラッドレイの踊りが際立ち、楽しませた。しかし、振付としては、これと言って特徴があるものではないし、全体に長すぎると感じた。途中からはテクニックを見せるだけになってしまい、何の意味もない振付に見えた。ダンサーたちは活き活きとした表情で踊るが、集中力が落ちるのを感じてしまったのは否めない。皮肉なことに、NYCBの舞台を思い起こしてしまった。
新しいことをすることは勇気が要るし、金銭面を含めて様々な準備や決心が必要だ。わくわくする興奮の一方には、恐怖や心配に押し潰されそうになることもある。そのすべてを乗り越えて自分なりの事を起こすのであれば、思い切った冒険が欲しい。今回の舞台では、巨大なステージでは見いだせない個々のダンサーの良さを発見することはできたが、何か新しいことが始まるという期待感よりは、枠を超えることの難しさを感じた、というのが私の正直な感想だった。
(2018年7月5日夜 Joyce Theater)
India Bradley, Olivia MacKinnon and Damien Johnson watch Roman Mejia photo by Paula Lobo