コープランド、ジェフリー・シリオ、ヒー・セオなどが踊り、高度なテクニックを見せたABTの『ホイップクリーム』

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター

"Whipped Cream" by Alexei Ratmansky『ホイップクリーム』 アレクセイ・ラトマンスキー:振付"

今年のアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の春の公演の最後は、『ホイップクリーム(Whipped Cream)』で締めくくった。現ABT専属振付家、アレクセイ・ラトマンスキー(Alexei Ratmansky)の昨年初演作品で、今年が上演二年目である。ABT独自の全幕ものの製作の試みと思われるが、これがカンパニーのレパートリーとして残っていくかどうかは、今後数年の課題となると思われる。

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Photo by Gene Schiavone.

物語の主人公はホイップクリームが大好きな男の子(ボーイ)。ある晴れた日曜日、ボーイと友だちの子どもたちは教会で、初めての「コミュニオン(聖体拝領)」の儀式を受ける。その後、お祝いとして町のお菓子屋さんに招待された子供たちは、お菓子屋さんの台所で大はしゃぎ。ボーイは大好きなホップクリームをボールを抱え込んで食べているうちに、お腹が痛くなってしまい、病院に担ぎ込まれて、お菓子屋さんイベントは終了。子供たちはがっかりして帰る。子どもたちが居なくなったお菓子屋さんのキッチンでは、ティー・フラワー(お茶の花)王女やコーヒー王子など、お菓子の精たちが現れて踊りだす。シェフが出てきてホイップクリームをかき回すと、クリームがどんどん増えて、ホイップクリームの世界となる。病院に入院させられたボーイは、注射を打たれて何とか病院から逃げ出したい。医者も看護婦もいなくなると、プラリネ(甘いお菓子の一種)王女が仲間と一緒に現れ、ボーイを救出する。一方、頭痛に襲われた医者は、薬ではなく酒を飲んで痛みを和らげようとする。すると酒の精が現れて踊りだす。ボーイが病室からいなくなっているのを発見した看護婦たちは医者に知らせ、大騒ぎでボーイを見つけて連れ戻すが、酒の精たちが医者と看護婦を酔っぱらわせてボーイを救う。ボーイはプラリネ王女と一緒に彼女の王国へ行く。そして、お菓子たちの盛大な歓迎を受けるのだった。

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Copeland and Cirio by Rosalie O'Connor.

ボーイをジェフリー・シリオ(Jeffrey Cirio)が、プラリネ王女をミスティー・コープランド(Misty Copeland)が演じた。シリオは強い回転を売り物とするプリンシパルの一人。一方、コープランドも美しい容姿に正確なテクニック、そしてABT初のアフリカ系プリンシパルで、抜群の人気を持つスターだ。シリオの踊りが本格的に見られるのは第二幕で、病院で目覚めたボーイのパニック状態の踊りからだ。これまでは、やんちゃな男の子に徹するが、ここでしっかりしたテクニックを見せて、シリオらしさを出した。ボーイとプラリネ王女の会話は、可愛くてユーモラスだ。コープランドが踊るプラリネ王女のヴァリエーションは難しいが、きびきびとしたしっかりしたテクニックと丁寧で美しいラインで踊った。そして、お菓子の王女の可愛らしさもうまく表現した。シリオのソロでは、お得意の高いジャンプと、美しいラインでのターンが楽しめた。心臓破りのハードな振付で、かなりのスタミナを要求する振りと思われるが、見事にこなした。フィナーレでシリオが見せる強い回転とツール、そしてまさに宙に舞うようなジャンプは、この作品のテクニックを代弁するものと言える。

また、準主役のティー・フラワー王女をヒー・セオ(Hee Seo)が、相手役のコーヒー王子をコーリー・スターンズ(Cory Sterns)が演じた。セオは強いテクニックで、スターンズとのしっとりとしたデュエットを踊った。スターンズのサポートは非常に安定しており、大きなリフトで、セオを頭上に上げたまま退場したり、コールドの男性3人が頭上にリフトしたセオをスターンズに投げ渡すと、彼が一人で彼女の身体を、まるでウエイトが無いようにふわりと受け止める。華奢なセオだが、これには見ていて驚いた。

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Photo by Rosalie O'Connor.

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Hee Seo in Whipped Cream. Photo by Gene Schiavone.

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Gillian Murphy and James Whiteside in Whipped Cream. Photo by Rosalie O'Connor.

さて、全幕もののバレエには付き物の、いわゆる白物のヴィジョン(夢)の場面は、第一幕の最後にお菓子屋さんのキッチンにシェフが現れてホップクリームのボールをかき回して、クリームを作る場面で繰り広げられる。クリームの精たちが舞台に向かって右側の高い場所から現れ、滑り台を滑って舞台に降り立って群舞となる。いかにも子どもたちが喜びそうなアイデアだ。ダンサーたちは真っ白いユニタードに白いシフォンのヴェール、白いとんがり帽子を被って、とても可愛いが、ごまかしが効かないダンサー泣かせの衣裳だ。スモークを焚いた舞台が幻想的で、美しい場面だったが、ユニゾンがもう一つ揃わなかったのが残念だった。

最後には、ボーイとプラリネ王女はお菓子の国の国王と王妃になる、という物語だが、この作品が連想させるのは『くるみ割り人形』である。子どもを対象に、子どもの視点で子どもを主役にして作られたバレエだ。しかし、『くるみ割り人形』は、幼い女の子が大好きなくるみ割り人形が夢の中で王子になって自分を守ってくれ、結婚するという、ロマンチックかつ女の子の成長の過程を示唆している。しかし『ホイップクリーム』の場合はそういった深みのある示唆が感じられない。サーカスもどきのプリンシパルの素晴らしい演技に、観客は大喜び、何も考えずに楽しめる舞台とはなっているものの、「だから何なの?」という心の中の声は否めない。美術やセットに近代美術家のマーク・ライデン(Mark Ryden)の個性的な芸術を取り入れて、この作品の印象付けに大きな効果を出しているのを含めて、昨年初めて見た時は、これから演じられていく作品だと感じたものだ。ところが今年再度見てみて、何となく物足りないものを感じたのは、やはり物語の内面を詰めていく必要があるからではないだろうか? 本当の子どものための優れた作品とは、大人も楽しめ、考えされられ、感銘を受けるものである。
(2018年7月6日夜 Metropolitan Opera House)

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Photo by Gene Schiavone.

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