次々と難しいテクニックを見せつけたダニール・シムキンのバジリオ、ABTの『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

American Ballet Theatre / アメリカン・バレエ・シアター

"Don Quixote" by Marius Petipa and Alexander Gorsky
『ドン・キホーテ』 マリウス・プティパ、アレクサンダー・ゴルスキー:振付"

ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウスで毎年行われる恒例のアメリカン・バレエ・シアターの公演から、ダニール・シムキン(Daniil Simkin)が主演した『ドン・キホーテ(Don Quixote)』を見た。シムキンは現在ABTを引っ張るプリンシパルの一人。劇場は浮き浮きと華やぐ観客で満席だった。

舞台はスペインの片田舎。頭は少しおかしいが正義感に溢れる老人ドン・キホーテは夢で見た美しいドルシネア姫を求めて、お人好しのサンチョ・パンザを連れて旅に出、姫の幻を追ううちにある村にたどり着く。そこの酒場の主、ロレンゾの娘キトリは床屋のバジリオと恋仲だが、ロレンゾは彼女を金持ちのガマシェと結婚させたい。キトリを見たキホーテは、彼女こそドルシネア姫と思い込み、ちょっとした騒ぎとなる。どさくさに紛れて、父とガマシェから逃れて、キトリはバジリオとともに村から逃げ出し、森でジプシーの一団と交流する。彼女の後を追いかけてきたキホーテは、風車を悪魔と思い込み、姫を護るために挑みかかって風車の羽から落ちて気を失う。眠るキホーテの脳裏に、ドルシネアとなったキトリが森の妖精やキューピッドと一緒に踊る。朝になって、ガマシェとロレンゾも追いかけてきたのを知り、キトリとバジリオは村へ逃げ戻る。しかし、あえなく見つかったキトリは父にガマシェと結婚を強要される。バジリオは狂言自殺をして、最後の願いにとキトリとの結婚の許しをロレンゾから勝ち取る。跳ね起きたバジリオは、めでたくキトリと結婚する。

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Scene from Don Quixote. Photo by Gene Schiavone.

シムキンの相手役、キトリはイザベラ・ボイルストン(Isabella Boylston)が踊った。シムキンのバジリオは、出てくるなり、村の娘たちの肩や腰に手を回してヘラヘラニヤニヤ、如何にも軽いプレイボーイタイプ。思わず観客の間から笑い声が上がる。対するボイルストンのキトリはきちんとした踊りと、確かなテクニックで、美しいがしっかりものの娘だ。きゃしゃなシムキンに対し、ボイルストンはやや大柄で、正直なところあまりお似合いのカップルとは言えない。また、二人の音楽の解釈に若干ずれがあるのか、シムキンの方がわずかに音の取り方が早く感じられた。しかし流石に二人ともベテランで、お互いつんけんしながら本当は相手にぞっこんの恋人たちを見事に演じた。シムキンのマイムは切れが良くはっきりしていて分かりやすい。大きなジャンプでは、本来の振付を自分でアレンジして空中で余分に回転したり、ボイルストンとのリフトで、彼女が走り込んでくるちょっとした合間にマルチピルエットをいれるなど、シムキンならではの工夫があちこちにちりばめられている。「いつまで回るの?」と思わせるほど、音のぎりぎりまでピルエットを入れる彼に観客は大喜びだ。リスクをかけた演技が満載で、まさにプリンシパルの演技とはこうあるべきと思われた。

一方、ボイルストンは非常に安定した、可愛いというよりはむしろ貫禄を見せる踊りで、頭の上まで上がるハイエクステンションやキトリ独特の真一文字のハイアティチュードジャンプ、早いピケターンなどを完璧にこなした。しかし、彼女はシムキンには体格が大きすぎるのが気になった。第一幕の有名かつ重要なリフトの場面、バジリオがアラベスク(またはアティチュード)になったキトリを片手で頭上高く持ち上げる危険なリフトでは、バランスを保つ必要があったのか、それとも恐怖感があったのだろうか、ボイルストンは後ろに高く足を上げずに妙に中途半端な姿勢で空中に静止した。これは見ていて違和感を感じずにはいられず、この舞台で唯一「あれ?」と思った瞬間だった。アラベスクではなく、別のポジションでもインパクトのあるリフトを模索すべきではなかったかと思われる。

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Devon Teuscher and Blaine Hoven in Don Quixote. Photo by Rosalie O'Connor.

準主役のエスパーダを演じたブレイン・ホーヴェン((Blaine Hoven)は、いつもながら地味だがしっかりとした演技とテクニックでしっかり脇をかためた。その相手役のメルセデスを演じたゾン・ジン・ファン(Zhong-Jing Fang)は、恐らくABTではこの役は初めてではないかと思われたが、シャキッとした押し出しが華やかで、はっとする存在感があり常に観客の目を惹きつけた。手の使い方に少々癖を感じたが、容姿、テクニック共に際立つメルセデスだ。東洋人だが、スペイン娘のセクシーさとワイルドさを見事に体現して、この日一番の発見だったと言える。


第二幕では華やかなヴィジョン(キホーテの夢の場面)が圧巻だ。ここではキューピッドを演じたスカイラー・ブラント(Skylar Brandt)が良かった。クリスプで安定したテクニック、端正なピルエットで、すっきりしたラインで完璧に踊った。近年のアレンジと思われる、ABTの正式要請校JKOスクール(ジャクリーン・ケネディ・オナシス・スクール)の生徒たちが細い線で健気に踊るキューピッドの子供たちも、とても可愛い。(ところで、キューピッドに子供はいるのだろうか?)ヴィジョンでのボイルストン(キトリ/ドルシネア)のソロは終始一貫して力強く貫禄があった。ポアントのスキットも音のタイミングも完璧で、最後のピケターン、シェネは非常に速い。とても難しいテクニックだが安心して見ていられた。

場面が村に戻ってからは、バジリオの狂言自殺の茶番劇が『ドン・キホーテ』の大きな見せ場の一つだが、ABTの演出は最近やけに大仰で鼻につくと感じていた。しかし、シムキンとボイルストンは自然にさらりと演じて、観客を大いに笑わせた。
第三幕の結婚の場では、もちろんキトリとバジリオのパ・ド・ドゥが重要な見せ場だ。シムキンのソロでは、回転しながらアームスを変えるなど、信じられないほど安定した余裕のあるピルエット、大きなジャンプの後、長く美しい脚のラインのアラベスクプリエでぴたりと静止して見せるなど、技をこれでもかと見せつける。舞台上で円を描くジャンプでは、早い速度で上体がのけぞる様な角度でらせんを描いて跳んだ後、最後の三回は空中で回転しながら両足をクロスさせる大技を連続で決めた。通常なら最後に一回やるのがせいぜいの技術だ。圧倒的な技術に大歓声が飛んだ。ボイルストンはここでも踊りのうまさを感じさせる貫禄で、余裕と遊びがそこここに見えた。パ・ド・ドゥの最後にシムキンにサポートされてのピルエットの最後、そのまま一人で一瞬静止して余裕で床におりるなど、非常に高い技術の連続となった。
一度誰かが困難なテクニックを舞台で見せると、それがダンサーにとってはゴールになり、観客にとっては水準になるのがバレエの世界の厳しさ。またハードルが高くなった『ドン・キホーテ』の舞台であった。
(2018年6月28日夜 Metropolitan Opera House)

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Isabella Boylston and Daniil Simkin in Swan Lake. Photo by Gene Schiavone.

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Daniil Simkin in Swan Lake. Photo by Gene Schiavone.

注)ABTにこの舞台の写真の持ち合わせが無く、ここに掲載された写真は出演キャストの別の作品の写真や、別のパートナーとの写真になっています。ご了承ください。

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