季節の移り変わりによる雄大な大自然の営みをテーマとした、林懐民による雲門舞集の公演

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ西村
text by BRUIXA NISHIMURA

Cloud Gate Dance Theatre of Taiwan 雲門舞集

"Rice" Concept and Choreography by Lin Hwai-min
『米』林懐民:コンセプト&振付

9月16日から19日まで、BAMにて、林懐民の雲門舞集(クラウド・ゲート・ダンス・シアター・オブ・タイワン)の、『米』(ライス)の公演がありました。2013年台湾・台北市初演です。雲門舞集の40周年記念公演のために作られました。私は9月18日夜の公演を観ました。休憩なしで70分のモダンダンスの作品です。
舞台セット・デザインは、中国語圏では最もよく知られているデザイナーの一人、Lin Keh-Huaです。出演ダンサーは全員、中国系の人々24名です。
この日の開演前に、私の席のすぐ近くに着席していらっしゃる方は林懐民ではないかと気になり、声をかけさせていただきました。やはりご本人で、サインもくださいました。
実物の林懐民はとても品格が高い雰囲気の方で、周囲とは明らかに雰囲気が違っていて、そこだけ目立っていました。姿勢もピシッと素晴らしく良かったです。アジア人では、世界で最も脚光を浴びている芸術監督、振付家といえるので、ご本人を目にして納得しました。作品の雰囲気も、とても品格が高い感じです。

photo/Jack Vartoogian

photo/Jack Vartoogian

photo/Jack Vartoogian

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林懐民は、台湾では誰でも知っているような文化人で、雲門舞集を創立したエピソードが小学校の教科書に載ったほどです。1947年台湾の嘉義県新港鄉生まれで、知識人の家系出身です。曾祖父は詩人で、学校を創立した方です。祖父は医師、父親は日本の東京大学法学部を卒業し、嘉義県の最高行政官(知事)でした。芸術(美術、クラシック音楽)を愛好する家庭で育ったので、林懐民は幼少期から様々な形態の芸術に親しんでいました。
林はもともと早熟の作家で14歳にして初出版しました。1969年(林が22歳の時)に出版した『蝉』は、ベストセラーになりました。彼の文才は、後にダンス作品創作の際に、コンセプト作りに役立っているそうです。
1969年にアメリカに留学し、最初、ミズーリ大学でジャーナリズムを学んだ後、アイオワ大学に入学、国際著述プログラムで著名な詩人ポール・エングルの元で学び、モダンダンスのコースも受講しました。夏休みになるとニューヨークで、マーサ・グラハム・センター・オブ・コンテンポラリー・ダンスの夏季講座を受講しました。
1973年、林は台湾に戻り、雲門舞集を創立しました。雲門とは、中国で最も古い舞踊の名前から由来しています。ここのダンサーたちは、ダンスの練習だけではなく、日ごろから瞑想、習字などもトレーニングのメニューに入っています。
林懐民は多数の受賞歴があり、2013年にはアメリカン・ダンス・フェスティバル(ADF)より特別功労賞、マグサイサイ賞、米「タイム」誌によるアジアンヒーロー、ドイツのMovimentosダンスフェスティバルの特別功労賞などを受賞しています。

今回上演された『米』は、台湾台東県の池上郷の風景と物語からインスピレーションを得ました。オーガニック農法で作られる池上米は台湾最高の品質として有名で、ヨーロッパにも輸出されています。林はダンサーたちを池上郷に連れて行き、そこの農夫たちと共に米の収穫に参加しました。林はこの地でのこの経験によって、土、太陽、風、水、火を織り込んで、元気に満ちた力強いムーヴメントを作り上げました。
作品の音楽として、客家(ハッカ)の伝統的なフォークソングを使用しています。これは数千年に渡って伝わっているとされる、中国最古のものです。穀物の収穫、風、嵐の音もサウンドスケープとして使いました。
映像作家は、舞台後方のスクリーンに映す映像を作るために2年を費やし、池上郷の池上米の田園風景の季節の移り変わり、田植え、水を張る、苗が育つ、稲穂が実る、焼き畑などの様子を撮影しました。
作品は、オーガニック農法で米の苗が育って実り、収穫して、焼き畑をするという1サイクルの様子を表現していました。プログラムは、土、風、花粉 I、花粉 II、日光、穀物、火、水です。
舞台の床も後方も黒一色で、背景に大きなスクリーンが設置されていて、田園風景や、水田、苗などのアップが移り変わり、映し出されていました。

photo/Jack Vartoogian

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最初、画面いっぱいに浅い泉か小川のような、水が動いて流れている水たまりがアップで映り、ダンサーは、一人ずつ舞台へ出てきて、両足を踏みしめてドンッと音をさせながら進み続けていき、通り過ぎて行きました。だんだん人数が増えて、男女10名くらいが出てきて、先ほどと同じ動き、時々両足を踏みしめてドンッと音を出して進み続けました。ダンサーたちは色違いのシンプルな衣装です。
やがて映像が水田の風景に変わり、後ろの景色、山、川も映りました。音楽は、男性の歌が(客家の伝統的なフォークソング)が始まりました。映像は水田で稲が植わっている風景になり、はだしの男女が大勢出てきて、先ほどと同じ動きをし始めました。2グループずつに分かれて、3秒おきに同時にそろえてドンッを両足を踏みしめる動きをし続けました。そのほかの8人が床にはいつくばって動き、後ろには水田の風景が映り、表面に風が吹いて水面がうなっていました。
作品全体を通して、基本的な動きは、両足のひざを軽く曲げて重心の高さを変えずにそのまま走り続けて、両手を動かす振付が多かったです。
次に、ダンサーたちは両手を横に伸ばして広げ翼のようにして、とても速いスピードで舞台を走り抜けていきました。
水田がアップで映り、張った水の表面に小雨が降り続けていました。音楽は、打楽器の音に変わりました。ダンサーたちは、バラバラに走り回って、足を踏みしめたり、ぐるぐる回ったり、それぞれランダムな動きをしていました。
後ろの映像は、稲が育ってきて青々とし、風が吹いている風景になりました。風はだんだん激しく吹き、ダンサーは時々男性が女性をリフトしたりしていました。

一番印象に残った踊りのシーンは、「花粉」のところでした。映像は、稲が風ですごく揺れ続ける風景が流れ、ほとんど裸体に近い男女一組のダンサーが、舞台中央に現れました。、男性はふんどし姿で、女性はベージュのレオタード。大自然の営みの1シーンで、稲の受粉を表現した踊りでした。床の上で男女はゆったりとからまり、2人は重なったり、客席から立体的に見えるように工夫が感じられ、上半身を起こしたまま動いたり、男性が上になったり女性が上になったりしました。2人はヒザをついて立ったまましばらく動いて止まって、ポーズをしたりしました。寝転んだり、半分立ち上がったまま愛しあうシーンを表現していました。
リズムは早くなったり遅くなったり、動きにもメリハリがありました。
すごくロマンティックで美しかったです。このシーンだけはアジア風でなく、もっと普遍的な美しさ、格調の高さがあり、表現が直接的すぎず、素晴らしかったです。この部分の振付は、世界に通じる美しさだと思います。
男性が女性を頭の上に持ち上げて止まり、終わりました。すごい拍手でした。

photo/Jack Vartoogian

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次は、男性が一人ずつ出てきて、高さ2〜3m、直径5cmくらいの木の棒を1本ずつ持って、振り回しながら踊りました。女性たちも出てきて、同じ動きをして踊りました。映像は水田の風景で、稲穂が実ってきていました。その棒を地面に突いたりして、踊り続けました。これは、このような大きさの木の棒を使った、古くから伝わる原始的農法の一種を表現しているのだと思います。
壮大で、雄大な大自然の営みを、2年もかけて撮影して編集した田園風景の映像を映しながら、ダンスで表現した作品なので、テーマが大きくて感動的でした。この作品は東洋的なものをあまり前面に出していなくて、ほどほどでバランスが良かったと思います。映像も効果的で、舞台上に大自然の様子が切り取られて凝縮されて、再現されていました。特にニューヨークなど大都会に住んでいる観客は、大自然を思い出して雄大な気持ちになれるので、素晴らしかったです。
(2015年9月18日夜 BAM)

photo/Jack Vartoogian

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