スピーディに快適なテンポで踊られたNYCBのマーティンス版『白鳥の湖』

ワールドレポート/ニューヨーク

針山 真実
text by MAMI HARIYAMA

NEW YOPK CITY BALLET ニューヨーク・シティー・バレエ

"SWAN LAKE" by Peter Martins after Marius Petipa, Lev Ivanov, George Balanchine
『白鳥の湖』ピーター・マーティン:振付(マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、ジョージ・バランシンに基づく)

ニューヨーク・シティ・バレエは『白鳥の湖』を2ヴァージョン上演している。一つはニューヨーク・シティ・バレエを育て上げたジョージ・バランシン版、そしてもう一つは現在の芸術監督、ピーター・マーティンス版。今秋のニューヨーク・シティ・バレエ団公演はピーター・マーティンス版の『白鳥の湖』で幕を開けた。
『白鳥の湖』はナタリー・ポートマン主演の映画『ブラックスワン』以後さらに知名度が上がり、ニューヨークでは毎公演が満席となる。ピーター・マーティンス版は元々4幕構成の『白鳥の湖』を2幕にまとめて構成している。ちなみにアメリカン・バレエ・シアターも2幕で構成している。

見た感想を一言で伝えるとすると「凄い」。とにかく凄いと思った。まずダンサーたちの身体能力の高さは、バレエを習っていない人が見ても彼らが凄いことは分かると思うが、私はあの振りの難易度の高さがよく分かるので本当に凄いと思った。
マーティンス版は一般的に上演される『白鳥の湖』に比べて全てスピードが速い。今年1月にマリインスキー・バレエの『白鳥の湖』を見たが、ニューヨーク・シティ・バレエの『白鳥の湖』は、それに比べると1・5倍テンポと進行が速いのではないかと思うほどだ。

アシュリー・ボーダー Photo:Paul Kolnik

演奏のテンポはすべて速め。そして一つ一つの踊りが終わると、通常は演奏が中断しダンサーがお辞儀をして客席から拍手が起こり、次の踊りが始まるのだが、その「間」がとても短い。例えばパ・ド・トロアのアダジオが終わると、ダンサーはさっとお辞儀をして、次にヴァリエーションを踊るダンサーは幕の中にも入らず、あっという間にヴァリエーションを踊りだす。ダンサーには休憩が無い。そのお蔭で進行はほとんど途切れない。
そして舞台の転換の速さ。一幕のはじめに幕が開いたとき、私は舞台の質素さに何故こんなに質素なのだろうと思った。王子の宮殿のはずなのに豪華とは言えない。しかし宮殿シーンから第二場の湖畔のシーンに転換したときに、なるほどと思った。舞台転換が非常に速く、舞台装置を動かすときに聞こえるガタガタ音もなくあっという間に湖畔のシーンに変わった。すべてにおいてニューヨーク・シティ・バレエの上演の仕方はスピーディなのだ。
ニューヨーカーは、「アメリカン・バレエ・シアター派」か「ニューヨーク・シティ・バレエ派」に分かれる人が多いのだが、「ニューヨーク・シティ・バレエ派」になる理由には、この飽きさせないスピーディな転換が、その理由の一つにあると思う。ちなみに一幕の宮殿シーンの王子や来客の衣裳もとてもシンプルで質素だったので、王子が王子らしく見えず、パ・ド・トロアの女性衣装は『眠れる森の美女』の赤ずきんちゃんのような短いスカートチュチュだった。

一幕の一場で印象に残ったのは道化を踊ったトロイ・シューマッハ。彼のランクがコール・ド・バレエなのには驚いた。十分ソリストになれるダンサーだ。道化としての役割を十二分に発揮し、元気溢れる高いジャンプ、そして回転技はスピーディで回転数も多く軸がぶれず、場内を大いに沸かせた。
パ・ド・トロアを踊った王子の友人役のジョセフ・ゴードンは、美しい体のラインを持つダンサーで、技術も正確、ヴァリエーションの最後に出て来る舞台上を円形に移動しながら飛ぶマネージでは、マーティンス版の難易度の高いジャンプの連続だったがそれをしっかりと決めた。
女性ダンサーはプリンシパルもソリストも皆、ポワントシューズを履いてあれだけスピーディに動けることが感心した。普段の基礎練習から鍛え上げているのだと思う。だから女性は誰か一人に目が行くとか注目されるとかではなく、全員のレベルと能力が高いと思う。
また、バレエの振りにはある程度の流れの決まりがあり、長年バレエをやっているとこのステップの次はこう行くであろう、という動きと流れの予測が出来るのだが、マーティンス版の振付にはステップの後に思いがけない方向へ向きを変えたり、思いがけないステップが入ってきて、一瞬でも油断をすれば滑って転んでしまいそう。それらをポワントで踊りこなすので高い身体能力が求められる。ニューヨーク・シティ・バレエのダンサーたちは身体のキレがとても良いと思った。

ニューヨーク・シティー・バレエ「白鳥の湖」アシュリー・ボーダー、アンドリュー・ヴィエッテ Photo:Paul Kolnik

アシュリー・ボーダー、アンドリュー・ヴィエッテ
Photo:Paul Kolnik

2場の湖畔シーンの見どころは、群舞の白鳥のコール・ド・バレエのフォーメーションだ。腕を大きく羽ばたかせながら白鳥たちがマスゲームのように、次々とフォーメーションを変える。これは二階から見ると良く見えると思う。
オデットを踊ったアシュリー・ボーダーはさすがの安定感で芯の強さがあり、ステップとステップの繋ぎ、動きはしなやか。ただオデットを含めコール・ドの白鳥たちも湖畔のシーンは、もう少し切なさと悲しさがあったら良いと思った。有名な四羽の白鳥の踊りは、これまで私が見たなかで一番テンポが速く踊られ、ここでも驚かされた。

王子役のアンドリュー・ヴィエッテはスラリとした体格で、ポジションなどバレエの基本が美しく丁寧、踊りに落ち着きと王子としての品格がある。1幕では、明るく浮かれた道化と悩めるジークフリートの二人のコントラストが良く出ていた。

2幕の1場、黒鳥のオディールが登場するシーン。各国からの姫と来客が宮殿を訪れ次々に踊りを披露し、マーティンス版ではパ・ド・カトルも加えられていたが、少々踊りが多すぎる気はした。黒鳥のオディールと王子がグラン・パ・ド・ドゥを踊った後は、すぐに結婚の誓いをせず、ロットバルトと王子とのやりとりがしばらくあったので興奮が冷めてしまい、せっかくグラン・パ・ド・ドゥで盛り上がりを見せたのだから、そのまま感情を抑えず誓いまでいってほしかった。

エンディングにはオリジナリティが加えられ、オデットと王子の両方が死にはせず、生きて幸せに思いを寄せるのでもなく、二人は生きるのだが一緒にはなれないという演出。二人の強い愛の力でロットバルトを倒したのだが、共に暮らすことは出来ず、泣きながら別れていくシーンは感動的だった。
(2015年9月27日夜 デービッド・H・コックシアター)

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