リンカーンセンター・フェスティバルで華やかに上演された中国のバレエ『牡丹亭』と『赤色女性中隊』

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ西村
text by BRUIXA NISHIMURA

National Ballet of China 中国中央バレエ団(NBC)

"The Peony Pavilion"『牡丹亭』Fei Bo:振付、
"The Red Detachment of Women"『赤色女性中隊』Li Chengxiang,、Jiang Zuhui、Wang Xixian:振付

毎年夏に恒例の、リンカーンセンター・フェスティバルは、今年は7月6日から8月2日まで開催されました。今回は中国中央バレエ団(NBC)が招聘され、2つの演目をリンカーンセンターのDavid H. Koch Theaterで上演しました。『牡丹亭』は7月8日から10日まで、『赤色女性中隊』は7月11日と12日の上演、アメリカ初演です。特に『牡丹亭』は、中国の有名な古典の物語と伝統演劇をベースにしているので、独特で個性的な世界観を醸し出しているバレエ作品で、中国らしさが前面に出ていてとても良かったです。素晴らしい芸術性がありました。『牡丹亭』の解説を中心にレポートします。

中国中央バレエ団(NBC)は北京を拠点として、1959年に中国で最初に設立されました。その前身の北京舞踏学院は、バレエダンサー育成の学校として、1954年に旧ソ連のバレエ専門家達の協力のもと創立されました。教師陣は非常に優れた人々が選ばれ、ピョートル・グーセフをはじめ旧ソ連から来た人達が中心でした。その他の中国人教師たちも、旧ソ連の厳しい専門的レッスンを受けた人々でした。その恵まれた教育環境が実り、この学校の卒業生達から、重要な国際バレエコンクールで金メダルなどを受賞したダンサーを多く輩出しています。そのため、このバレエ団のダンサー達のバレエの実力のレベルは高いです。厳しい鍛錬を積み上げてきたダンサー達で構成されている中国中央バレエ団(NBC)の公演にとても興味があり、一度見てみたかったので、楽しみにしていました。演奏は中国中央バレエ団付属のシンフォニー・オーケストラでした。

"The Peony Pavilion"『牡丹亭』
芸術監督はFeng Ying、振付はFei Bo、作曲・編曲はGuo Wenjingです。衣装は、日本人でオスカー受賞者のワダ・エミが手掛けています。8日に出演したプリンシパル・ダンサーは、Du Liniang 役はZhu Yan、Liu Mengmei役はMa Xiaodong、花の女神Liniang役はZhang Jian。黒白(陰陽)無常の幽霊役はYu BoとHu Dayong、崑曲(ピンイン)Liniang役(崑曲・歌劇歌手)は、Zhang Yuanyuanでした。
『牡丹亭』は中国の有名なラブストーリーで、明代の劇作家、湯顯祖(Tang Xianzu(トウケンソ、1550〜1616年)の崑曲(ピンイン)の代表作です。シェイクスピアとほぼ同時期に生きたので、「中国のシェイクスピア」とも言われています。そのため『牡丹亭』は同時代に書かれたシェイクスピア作の『ロミオとジュリエット』としばしば比較されています。Du Liniang とLiu Mengmeiの、夢の中のロマンス、ラブストーリーです。

芸術監督/Feng Ying

芸術監督/Feng Ying

振付/Fei Bo

振付/Fei Bo

崑曲(ピンイン)は、演劇の世界三大ルーツといわれ、600年以上の歴史を持ち、ユネスコ世界無形文化遺産にも指定されています(2009年9月)。中国の古典的な舞台演劇である戯曲の一形式(崑劇)、または戯曲に使われる声腔(崑腔)の1つです。
400年以上前にこの歌劇『牡丹亭』が作られた後、200年に渡って崑曲の形式は中国へ浸透していきました。しかし崑曲は、18世紀の終わり頃に衰退し始めて、北京オペラ(京劇)のために影が薄くなっていきました。
2008年に、中国中央バレエ団の当時芸術監督だったZhao Ruheng(現プロデューサー)が、若い振付家のFei Boにこの崑曲の作品の振付を依頼しました。伝統的な崑曲の『牡丹亭』は55幕もあり上演に20時間を要するパフォーマンスの形式ですが、それを2時間のバレエ作品に凝縮して改作するという依頼です。結果として、新しく生まれ変わったこのバレエ作品は東洋と西洋のダンスの融合となり、中国中央バレエ団はこの作品を2008年5月に北京で初演しました。

「牡丹亭」Zhu Yan(右) and Zhang Jian (左)

「牡丹亭」Zhu Yan(右) and Zhang Jian (左)

「牡丹亭」

「牡丹亭」

休憩をはさんで2幕6場。崑曲の豪華絢爛な伝統的な衣装が使われ、バレエダンサーたちと同時に舞台上に崑曲の歌劇歌手が登場して、早足で動き回り生で歌っている場面が重ねられていきました。
崑曲の歌手の歌い方は、京劇の歌い方とよく似ていて、西洋のオペラのソプラノのように高音のよく通る声を出していました。独特の節回しで、オペラほどは喉を開けない状態でもっと声帯の入り口の辺りを使って声を響かせている感じで、頭のてっぺんから声をだしているかのように響いていました。顔は無表情で、歌い方も無感情な感じで淡々と物語を語っているような感じでした。そして歌いながら、歌詞はおそらく物語のナレーションのような役割の様子で、バレエダンサーたちが踊っている舞台上を右へ左へササササ・・・と重心を全く動かさないような感じで、早足で動き回りながら歌っていました。その歩き方は、ひきずるような長い長さでブワーンとふくらんでいる衣装を両手で少したくしあげ、体の重心を動かさずに固定させたまま、頭、上半身、腰、ひざ上はほとんど動かさずに、主にひざ下だけを動かしています。客席から見ると、歌手の衣装で体と足が隠れているため、まるでオルゴールの人形がそのまま動き回っているかのように見えました。動き方、歩き方、歌い方、表情が全て人形のようで、無表情に淡々と畳み掛けるような演技です。途中、宙吊りになっていました。
バレエダンサーの踊りと演技は感情表現を豊かにしていて、彼らが情熱的に演じている横で、無表情に人形のように走り回って歌う歌手の演技とが合わさると、幻想的で不思議なシーンと空間が見事に表現されていました。

Du Liniang は身分の高い美しい娘で、夢の中に出てきた青年と恋に落ち、湖のほとりで真実の愛を見つけました。しかし夢から覚めると、あの青年は幻だったのか現実だったのか迷い、次第に衰弱して亡くなってしまいました。
Liu Mengmeiは、養生先で美しい女性の肖像画を見つけました。この肖像画の美しい女性が自分の夢の中に出てきて、恋に落ちて愛するようになりました。
Du Liniangは黄泉の国で審判を受け、自分が夢の中の恋で衰弱して命を落としたこと、あの夢の中の恋人が生きているのを見つけたから、またこの世に蘇りたいと乞いました。そしてその願いが審判に聞き入れられ、この世に夢の中の恋人の男性を探し見つけに来ることを許されました。そして、自分の肖像画を抱えて眠っているLiu Mengmeiを見つけ再び蘇り、彼らは結ばれました。
主役のZhu Yanはさすが、女性ダンサーの中では最も踊りが上手く、スタイルもよく美しかったです。群舞の女性達と同じ振付を踊るシーンも多かったですが、同じ振付でもZhu Yanの踊りがずば抜けて上手く、体の軸がビクともせずとても安定していて余裕がありました。後半はMa Xiaodongとのパ・ド・ドゥが多く、情熱的に演じていました。Zhu Yanは幽霊なので、最初はMa Xiaodongには近くにいても見えず、彼は気配だけ感じているところを踊りで演じていました。だんだん、Zhu Yanを認識して、2人で引き寄せあい踊りました。感極まっている様子を表した情熱的な踊りでした。

「牡丹亭」Ma Xiaodong(右)

「牡丹亭」Ma Xiaodong(右)

そして、最後はハッピーエンドで、蘇ったDu Liniang とLiu Mengmeiの結婚式があり、天国の存在もこの世の存在も皆で一緒に祝いました。全員がゆっくり歩き続けてぐるぐる回り、やがて皆去って上方から大き目の紙吹雪が落ちて、舞台上の赤いイス1つだけが残り、幕を閉じました。イス1つだけが残り皆消えたところで終わったので、全てが幻だったかのような余韻が残り、不思議な終わり方で、この演出はよかったです。幕が閉じた時とても感動的でした。
全て美しく素晴らしい舞台で良かったです。600年以上の歴史がある古典の舞台芸術の積み重ねられた蓄積の重みがあり、重厚でした。舞台衣装、音楽と歌も崑劇の重厚なものを再現していて豪華でした。それを融合させて、2時間のバレエ作品に仕上げたことで、さらに世界中の人々へ鑑賞しやすい作品に生まれ変わり、ダンサーの実力のレベルも高いので物語が生かされていました。
中国独自のバレエ作品となっていて、歴史の長い中国文化が表現されていて、個性的で他国のバレエ作品には似ていないところも良かったです。中国人ダンサーがヨーロッパの古典バレエ作品をそのまま再現する舞台よりも、独自性があって良いと思います。このような、独自の作風の作品は、特にアメリカではオリジナリティーを重視して自分達の内側から湧き出てきた作品として評価が高いです。
(2015年7月8日夜 David H.Koch Theater)

「牡丹亭」

「牡丹亭」

「牡丹亭」

"The Red Detachment of Women"『赤色女性中隊』
芸術監督はFeng Ying、振付はLi Chengxiang,、Jiang Zuhui、Wang Xixianです。作曲は、Wu Zuqiang、Du Mingxin、Dai Hongwei 、Shi Wanchun、Wang Yanqiao、Huang Zhunです。出演したプリンシパル・ダンサーは、Zhang Jian(主役の女性Quonghua役)、Zhou Zhaohui、Wang Ye、Zhu Yan、Li Junです。
『赤色女性中隊』は、1964年初演で、それ以来世界中で4000回近く劇場で上演されました。これは、中国独自の文化をベースにして作られた、初めての中国自らのバレエ作品です。1961年作の同名の映画からインスピレーションを受けて作られました。海南島の貧しい農民の娘Quonghuaが世直しのために立ち上がり、中国共産党に入党した物語です。
この作品の振付は、西洋のバレエと中国の民族舞踊がミックスされて作り上げられました。当時、初代のプロデューサー達のほとんどは民族舞踊出身だったので、中国独自のバレエ作品を作っていくことに良い影響をもたらしました。

物語と振付は暴力に満ちているのですが、喧嘩、決闘、銃撃の情景をバレエと民族舞踊の踊りで表現しています。それが新鮮で、他のバレエ作品とは似ていない独自のものになったのだと思います。例えば、娘Quonghuaはキックをして逃げ出したり、倒れて通りかかった軍人から介抱されて助けられ、中国共産党に入党し軍服(ミニスカートの軍服風の衣装)を着て戦いの訓練を受けていきました。銃撃の指導、訓練もありました。女性のバレエダンサーが軍服を着てトゥシューズで踊り、毎回銃撃をする時にアラベスクをする振付など、バレエでの戦いの演技の表現が個性的で面白かったです。

「赤色女性中隊」

「赤色女性中隊」

伝統的なヨーロッパのバレエの優雅さと正反対で、意思も肉体も強い軍隊を表現して演じられているところが新鮮で、客席は盛り上がり、すごい拍手でした。気がきつい、意思も肉体も強い、誰にも負けない気迫の強靭な女性を表現していました。
群舞も合わせてZhang Jianも入れて大勢が同時に、軍隊で規律正しく一団となって戦闘訓練のような踊り、実際に戦闘のシーンもありました。ダンサー達がバレエの手の動作アンオーの代わりに、両手のこぶしをにぎりしめた状態で動かしたり、そのまま両にぎりこぶしを上に伸ばしたまま踊ったり、大きなナイフ(中国の青龍刀)を振り回して踊ったところもありました。この青竜刀を持って踊るところは、回転しながらジャンプして振り回したり、中国舞踊の要素がありました。
雷が鳴り響き、稲妻が舞台後方で光ったり、舞台セットも全体的に大掛かりで凝っていました。
ダンサー達は、ピルエットを1回につき4回転は軽々としていたので、軸が安定していて上手で、バレエの実力はさすがに高かったです。幼少時から毎日、早朝から夜までの厳しいバレエの訓練を積み上げてきたダンサーの中から、さらに選りすぐられたプリンシパルが出演しているので、とても見ごたえがありました。群舞のダンサー達も良かったです。
(2015年7月11日夜 David H.Koch Theater)

「赤色女性中隊」

「赤色女性中隊」

「赤色女性中隊」

「赤色女性中隊」

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