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【ニュース】ピーター・マーティンスがセクハラとパワハラ疑惑の追求でNYCBの芸術監督を引退 本人は疑惑を否定、NYCBとSABが独自調査を行ったが・・・・

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里  Text by Eri Misaki

今年1月1日、アメリカ最大のバレエ団、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の芸術監督として30年君臨してきたピーター・マーティンス(Peter Martins)(71)が、その職を引退した。原因となったのは、1ヶ月前の昨年12月上旬に発覚したマーティンスのセクシャルハラスメント及びパワーハラスメント疑惑であった。これは明らかに昨今アメリカ社会で拡大しているMe Too 運動(「私もセクハラに会った」と告白・告発する運動)の一環とみられる。Me Too運動では、多くの著名人が長年かけて築き上げた社会的地位を一瞬にして失っている。それほどまでにもアメリカ社会にセクハラが横行しているという事実でもあり、これが社会問題として取り上げられて、ある意味では女性を中心とする弱者の尊厳を主張する新しい時代の到来とも言えるだろう。こうした運動の渦の中で、社会的に敬われてきた人たちの素顔が暴露されつつある。マーティンスもその一人だったのだろうか。

事件が明らかになったのは、昨年12月4日の「ニューヨーク・タイムズ」の報道で、奇しくもNYCBは毎年恒例の『くるみ割り人形』の公演の真っ最中。まさに、バレエ団収入のかき入れ時だった。私はアメリカのバレエ界を揺るがすこの事件を注目し、まとめてみた。尚、この記事はNYCBのプレス部門からの応答がほとんど得られないため、米国の大手メディアの「ニューヨーク・タイムズ」と「ワシントン・ポスト」を中心とする報道を基に書いたものである。

事の発端は、昨年暮れ近くにNYCBとNYCBの養成校のスクール・オブ・アメリカンバレエ(SAB)の双方にマーティンスのセクハラを告発する匿名レターが届いたことだった。これを受けてNYCBとSABは即座に民間のケリー・ドライ&ウォーレン法律事務所(Kelley Drye & Warren)に調査を依頼し、SABはマーティンスを従来の教育活動から外した。調査を直接担当したのは、ハラスメントを専門とするバーバラ・ホウイーという女性弁護士である。一方で報道が出た時点でまだNYCBトップの座を維持していたマーティンス本人は、疑惑を否定した。

5日後の12月9日NYCBの理事会は、マーティンス自身が調査を受ける間、カンパニーへの影響を避けるために職務を離れたいと希望したとして、彼の代行として4人のアーティストを暫定芸術チームとして発表した。そのメンバーは元プリンシパルで現在のバレエ・マスターであるジョナサン・スタッフォード(Jonathan Stafford)をリーダーとして、NYCBのレジデント(在籍)振付家でソリストのジャスティン・ペック(Justin Peck)、バレエマスターで元ソリストのクレイグ・ホール(Craig Hall)、やはりバレエマスターで元プリンシパルのレベッカ・クローン(Rebecca Krohn)である。この4人がしばらく、キャスティングやスケジュール、リハーサル、注意事項の伝達、カンパニーメンバーへのフィードバックやその他芸術的注意点など、カンパニーの日常を監督していくことになった。この声明において、理事会のチャールズ・W・シャルフ(Charles W. Scharf)会長は、「この暫定チームを設けることにより、理事会としてはNYCBへの支援と、カンパニーの優れたアーティストたちの安定を維持することが最優先事項だった。幸いにして、我々には現時点で非常に優れた芸術スタッフが既に居り、ジョナサン、ジャスティン、クレイグ、そしてレベッカと協力して、ダンサーやミュージシャンが毎晩素晴らしい公演を続けることを約束することができる。」と述べた。

そして今年元旦、マーティンスはNYCBからの引退を表明する。理事会に送られた彼の手紙には、「私はそのような不正行為を行ったことは無く、これからも否定し続ける。私は全面的に調査に協力したし、近い将来調査は完了するだろう。その結果は私の潔白を裏付けるだろう。私に対する(ダンサーへのいじめと嫌がらせの)告発は私と私の家族に大きな痛みを与え、もうこうした混乱に終止符を打ちたい。」と述べられていた。

しかし、まだ調査が終了していないのに、何故マーティンスは辞任を決意したのか? それには別の要因があったようだ。実はその2日前の12月29日、マーティンスは酒気帯び運転で軽い交通事故を起こし、その時に警察に要請された吐息検査を拒否したために逮捕されてしまったのだ。そして、これは初めてではなかった。マーティンスは2011年にも酒酔い運転で有罪を言い渡されていたのだ。

こうして慌ただしく事態が推移するなか、実際に被害を受けた人たちが名乗り出て、メディア上で告発していた。マーティンスと関係を持てば、より良い役を貰えるという「文化」の存在が浮上したのである。「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに応じた24人の元バレエ団員やスクール出身者の全員が、マーティンスの下での脅迫の文化を語り、何代ものパフォーマーのキャリアが傷つけられたと語った。彼らはマーティンスに逆らうと、肉体的、言語的に虐待され、それが恐ろしいばかりに抗うことができなかったという。また、外見的な攻撃(肥っている等)や、ダンサーの中には性的な関係を強いられるなどパワーの乱用があった。そしてその矛先は特に、将来を模索する若いダンサーに向けられたという。

かつてのダンサーで現在シンガーソング・ライターのヴァネッサ・カールトンは、NYCBの理事副会長にEメールで、「ダンサーは話したがらないものです。しかし、そうした傾向が理事会をダンサーたちは腹を立てていないと思わせているかもしれません。私を含めて、私が知っている全ての元ダンサーたちは、ピーターが元の(芸術監督の)オフィスに返り咲くようなら、激怒します。」と伝えた。

1992年にマーティンスが当時NYCBのプリンシパルであった妻のダーシー・キスラー(Darci Kistler)に暴力をふるい、怪我をさせるという事件があった。その時カールトンは12歳でSABの生徒だったが、サマースクールの教師の一人が生徒全員に、このことを記者に話したものはスクールから追放すると言ったという。警察の話では、この時キスラーはマーティンスに殴られて隣の部屋まで投げ飛ばされた結果、かかとを切るという怪我をしたが、結局起訴は取り下げられ、マーティンスは職にとどまったという。

元NYCBのバレリーナで現在はダンス教師のウィルヘルミナ・フランクフルトは、「怖かった」とサロン・トークというインタビュー番組で語っている。「一度は公演の真っ最中に起こった。彼(マーティンス)は私を彼の楽屋に引っ張り込んで、自分の下半身を露出した。私はアメリカの旗の絵をあしらったチュチュを着ていて、、、とにかく部屋を飛び出した。舞台のフィナーレに出なければならなかったし。とにかく、夢中で楽屋を飛び出した。」その他にも「事件」はあったが、それはとても話せるものではないと彼女は話している。彼女はその後、マーティンスの言葉の暴力に耐えかねて、1985年にNYCBを辞めた。「あの事件があってから、彼は私を全ての役から外した。だから私はカンパニーに居て、居なかった。とことん辱められた。」

実際、マーティンスはダンサーのキャリアを左右する存在だった。フランクフルトは自分に起こった事は誰にも報告しなかったという。当時、カンパニーにはそうしたことを通報する人事部も、相談できる人も居なかったと語っている。

マーティンスへの追及はセクハラだけではない。彼の日常の高圧的な言動や肉体的な攻撃を指摘する人もいる。「ワシントン・ポスト」の報道では、元NYCBのソリストで現在はパシフィック・ノースウエスト・バレエの芸術監督ピーター・ボールの夫人、ケリー・ボールは現役時代にマーティンスに暴力を振るわれたと訴えている。1989年の公演中に気に入らないことがあったのか、舞台裏で彼女の首を締めあげ、身体を強く揺すぶって暴言を浴びせかけた。彼女はその後数年間セラピーが必要だったという。

1990年代にSABに3年間通ったジェニファー・デゾウルニャーは、マーティンスはバレリーナが太ると人前でおおっぴらに誹謗し、怪我をすると値引きするような物の言い方をしたという。そして、それを止める人は誰も居なかった。「怪我をした? じゃあ、だめ。君は太っている(から役はやれない)。次!」という調子だったと彼女は語っている。そして他の教師たちも非常に冷たかったと付け加えた。「それはもうピーター以上だった。(そうすることで)彼らは教師同士で庇い合っていて、そしてバランシンの威光を護っていた。」

しかし、一方でマーティンスを擁護するダンサーたちもいる。長年のプリンシパルであるスターリング・ヒルティンは、「彼は私を尊重してくれたというしかない。過去のダンサーたちが現役のダンサーの代わりに発言しているのは腹立たしいばかり」と語っている。また、16年間プリンシパルを務めるミーガン・フェアチャイルドも、「彼と一緒に居て危険を感じたことはない。私がカンパニーや人生で困った時、彼こそが相談に乗ってくれる人」と語った。その他数名の現役のダンサーたちが「ニューヨーク・タイムズ」に連絡して、マーティンスは常にプロとしてダンサーに接したという擁護するコメントを送ったという。

しかし、多くの元ダンサーたちは彼の運営するバレエ団で居ることに不安を感じ、NYCBはマーティンスを庇って、時には金を支払ったり、ダンサーや生徒に警告をしたりしたと証言している。複数のダンサーがバレエ団を辞めることと引き換えに金が支払われたという内部告発があるが、「ニューヨーク・タイムズ」の取材に対して本人たちからの返答はなかったという。

しかし、こうした傾向を抱えるのはNYCBのみではない。いじめ、外見への中傷、セクハラなどはアメリカのこの業界の長い間の文化で、この数か月でこうした文化が変わることがダンス界の中で叫ばれるようになったという。これもMe Too運動の高まりのせいだろうか。

NYCBで30年間プリンシパルを務め、2014年に引退したウェンディ・ウェーラン(Wendy Whelan)は、「この業界でこういうことを声に出して言うのは特にリスクを感じるもの。精神的にも、職業的にも。」と「ニューヨーク・タイムズ」に語っている。「私たちは父親的な存在の先生を傷つけるために、この不思議な業界の暗い面をさらけ出すことに声を上げることは良いことだとは教えられていない。バレエの男性主導制の伝統には、たたけば埃が出る事柄がいっぱいある。最近社会ではこうした(いじめやセクハラ)行為を受け入れないことが当たり前だと言うようになったので、アーティストやダンサーも、私たちだってそうだと思うようになった。」

不適切な行為や彼のリーダーシップに関する内部の苦情があったにもかかわらず、NYCBとSABからの引退に繋がったセクハラといじめの匿名告発が明るみに出るまでの30年間、ピーター・マーティンスは刑事訴追を免れ、芸術監督の椅子に座り続けてきたことになる。現役及び過去の関係者の証言によると、理事会のメンバーや重役はマーティンスに対する敬愛と恐怖のために、マーティンスには手が付けられない状態だったという。パワーを持つトップが引っ張る非営利団体の典型的なパターンである。

確かにディレクターとしてマーティンスは力を持っていた。彼は優れたファンドレイザー(資金収集者)として知られており、これまで芸術にとって非常に経済的に厳しかった時も、彼はカンパニーを力強く維持した。2010年にNYCBの赤字は850万ドル(約10億2千万円)に達した。しかし3年でこれを解消したばかりか、それ以来いくばくかの黒字にすらなった。NYCBのスポークスマンは、2017年度も多少の黒字を認めている。

NYCBの創立者で著名な振付家のジョージ・バランシン(1983年逝去)が残した作品のレベルの維持という意味では、マーティンスの成果には賛否両論ある。彼自身の振付は業務的なものであり、あまり記憶に残るものではない。しかし、他人の才能を見抜くという意味では、彼は才を得ていた。彼はアレクセイ・ラトマンスキー(Alexei Ratmansky 現ABT専属振付家)やクリストファー・ウィールドン(Christopher Wheeldon)を育てた。二人とも現在は世界中で振付家としてのキャリアを展開している。同様にマーティンスが見出した若き振付家のジャスティン・ペック(Justin Peck)も注目されている。

2月15日、「ニューヨーク・タイムズ」は2か月間にわたるバーバラ・ホウイー弁護士の調査の結果、ピーター・マーティンスは告発されていたセクハラや肉体的ないじめの疑惑には当てはまらないという報告を報道した。マーティンスは自分の弁護士を通じて声明を発表し、「調査の結果に非常に満足している」と述べた。「私は栄誉ある二つの機関がこの疑惑で生じた混乱を乗り切るために引退した。調査が終了し、この二つの機関が憂いなく世界の著名バレエ団とスクールとしての役割を果たすことが、私の希望である。」と述べた。ホウイー弁護士の調査結果は公表されることはない。

しかしすぐに、この調査にはマーティンスをメディア上で告発した数人から物言いがついた。彼らはホウイー弁護士のインタビューに応じたが、同弁護士は彼らに対して最初から非常に疑い深い姿勢だったという。その一人、ケリー・ボールは、この調査はNYCBとSAB、そしてマーティンスを護るためのものだったと信じていると語った。「ニューヨーク・タイムズ」の電話に応じたホウイー弁護士は、「我々は誰の経験も割り引いて聞く様なことはしなかった。私たちは全ての見解と事実を考慮に入れて報告を作成した」と返答したという。

バレエ団のチャールズ・W・シャルフ会長も、77名の現役及び過去のダンサーのインタビューを含むこの調査の精査を擁護して、「我々はこの時点で、できる限りのことは全て尽くしたと思う。我々は適正なことをしたと思うし、公正にことを行ったと思う。全員に発言するよう、奨励した。」と語った。

しかし、12歳の時にSABの生徒としてマーティンスに暴力的な扱いを受けたというヴィクター・オストロフスキーは、この結果に驚いたと語った。「調査は不適切だった」と彼は言う。「目撃者から何も証拠が得られなかったというのだろうか? 私には理解できない。事件が起こった時、私はステージの上でたくさんの子供たちと一緒に居た。彼らみんなが何が起こっているのか知っていた。」オストロフスキーには、この結果は調査官のホウイー弁護士に会った後に、彼が感じた危惧を再確認するものだったという。そして、「彼女は私を全く信用していない様子で、まるで私に起こったことは存在しなかったんだと示唆しているようだった。」と語った。「もし、ピーター・マーティンスの行動を黙認する人々がまだいるのであれば、同じようなことがまた起こるだろう。」とオストロフスキーは言う。

マーティンスに首を絞められたと語ったケリー・ボールは、ホウイー弁護士に話しながら、「彼女はまるで私が間違ったことを話しているかの様に仕向けようとしているように感じた。この調査は運営側が今言っていること(マーティンスは無実だということ)を言いたいためにやったことだ。彼ら(NYCBとSABの運営陣)は、事態をきれいに見せようとしている」と言う。

一方で、マーティンスに忠誠を誓い、彼の辞職を惜しむダンサーや理事のメンバーも存在する。しかし、シャルフ理事会長はマーティンスの辞職について、「この状態で前進することに皆が合意していることに、私は満足している」と述べた。マーティンスを追悼する予定については、「今はまだそういうことを云々するには至っていない」と語った。また、マーティンスの後任についてもまだ不透明で、バレエ団はまだ人選のリサーチに入ったばかりだと語った。

現在はNYCBのアーティスト4人がチームとなってカンパニーを引っ張っている。マーティンスが過去30年芸術監督の地位にあったので、今後はたった一人に任せてしまうのか、またバレエ団とスクールの両方を一人が担うのかを含めて、バレエ団は新しい在り方を模索する機会にあるとシャルフ会長は言う。

経営側から出された調査結果を報告する声明は、「新しく『強化された方針とその実践』を設置、バレエ団には『従業員の交流を含む』義務的な訓練プログラムが設けられるほか、雇用機会均等と公平な行動規範、不公平、偏見、または嫌がらせのない職場を確保するための実践を強化する」と述べている。バレエ団はまた、従業員の苦情を匿名で処理するために外部機関を雇用し、不適切な言動を匿名報告できるシステムを立ち上げた。にも拘わらず、バレエ団外部には、運営そのものが変わらなければ「文化」は変わらないという懸念が残っている。

1967年、ロイヤル・デニッシュ・バレエのスターダンサーだったピーター・マーティンスは、エジンバラ・フェスティバルでジョージ・バランシンの『アポロ』を主演するためにNYCBに招待された。1970年にNYCBのプリンシパルとなる。1983年にバランシンが逝去した後、マーティンスはジェローム・ロビンスと共に共同バレエ・マスターとなる。1990年に総芸術監督となると同時に、SABの芸術監督及びファカルティーの会長となった。

マーティンスの後任の新監督候補について、巷の噂で名前が挙がっているのは現在NYCBのレジデント振付家であるジャスティン・ペック(Justin Peck)の他、30年間プリンシパルを務めたウェンディ・ウェーラン(Wendy Whelan)、そして1995年から2011年までNYCBの団員を務め、その後2016までパリ・オペラ座バレエの芸術監督を務めたベンジャミン・ミルピエ(Benjamin Millepied)などだ。これまで男性ばかりに主導されてきたこのカンパニーに、女性のトップが生まれることに期待する声も多い。

さて、現在も進行中のNYCBの冬の公演だが、劇場で観客に配られるプレイビル(プログラム)の芸術監督の欄からはマーティンスの名前と経歴は削除されている。しかし、4人のアーティストの暫定チームの下で行われる公演は、これまでになく力強く華やかで、NYCBのダンサーたちがこれほどにも活き活きと踊っているのは、私は見たことがなかった。そして、観客席もぎっしりと埋まっている。これまでにない、目に見えないエネルギーで劇場が満たされていると感じた。

それにしても、本当にこの問題、これで終わってしまったのだろうか? まだふすふすと燻り続けるものを感じるのは、恐らく私だけではないと思われる。

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