ロイヤル・バレエのプリンシパル、オシポワとポルーニンを中心としたグループの先鋭な舞台

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里
text by Eri Misaki

Natalia Osipova & Artists  A Sadler's Wells London Production
ナタリア・オシポワとアーティストたち サドラーズ・ウェルズ劇場製作

"Run Mary Run" by Arthur Pita、 "QUTB" by Sidi Larbi Cherkaoui、 "Silent Echo" by Russell Maliphant
『走れ、メアリー、走れ』アーサー・ピタ:振付、『QUTB』シディ・ラルビ・シェルカウイ:振付、『サイレント・エコー』ラッセル・マリファント:振付

英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、ナタリア・オシポワ(Natalia Osipova)がサドラーズ・ウェルズ劇場の製作で、独自の公演を行った。ある意味でコンテンポラリー・ダンスだが、現在そこここのカンパニーで踊られているスタイルとは一味違う舞台であった。オシポワは優雅なバレリーナというよりは、高速回転や困難なジャンプなどを得意とするテクニック派で、とにかく元気!という表現が当てはまるダンサー。そうした彼女の特徴を活かした舞台となっていた。

『走れ、メアリー、走れ(Run Mary Run)』はアーサー・ピタ(Arthur Pita)の振付。向こう見ずな10代の若者たちの、奔放な生活と性を描いた作品。音楽は1960年代に活躍した女性ポップスグループ、シャングリラ(The Shangri-Las)の音楽や近代作曲家のフランク・ムーン(Frank Moon)などが使われた。オシポワがメアリーを、相手役のジミーをこれもクラシック・ダンサーだが、ロイヤル・バレエのプリンシパルを辞して、近年はミュンヘン・バレエのゲスト・ダンサーとなったのセルゲイ・ポルーニン(Sergei Polunin)が踊った。

『走れ、メアリー、走れ』© BC

『走れ、メアリー、走れ』© BC

舞台にうず高く置かれた布の中からにょきっと腕が出る。それはやがて2本になり、男女のデートの話のナレーションに合わせて、なまめかしく動く。すると頭からマントを被った人物が布の中から這い出て、歩き出す。布を取ると、オシポワが扮するメアリーだ。ポップス曲が流れる中、彼女はかけていたサングラスを取り、バッグからルージュを取り出して口紅を付ける。布の中からぐったりとしたジミー(ポルーニン)を引きずり出す。ジミーが突然動き出し、メアリーは必死で彼を蘇生させようとする。ぐでんぐでんになりながらジミーは踊り始める。『走れ、走れ、走るんだメアリー!』というナレーションが流れる。
突然、この物語の最初らしき場面となる。ミニドレスのメアリーとジーンズにTシャツのジミーは若者の情熱に任せた恋を表現するように、大胆に踊る。快楽に溺れ、ドラッグをやり、動かなくなったジミーに驚き、逃げ出したメアリーは、おびえた様子でハイウェイに立つ。オートバイの様な音と共に革ジャンにサングラスのジミーが現れ、小さな花束をメアリーに渡す。それを彼に投げつけて怒りの表現をするメアリー。ジミーのポルーニンがバレエテクニックを交えたり、砂を蹴散らせながら力強く踊る。突然この場面が終わると、天井からブランコが降りてくる。ピンクのセミロングチュチュを付けて本を読みながら出てくるメアリーがブランコに乗っていると、ジミーが現れ彼女に近寄る。彼がブランコを横に揺らすと天井から吊るされたブランコが、舞台いっぱいに揺れて美しい場面となる。二人でブランコに乗って純愛ムードとなる。ブランコの綱を回転させたり、二人の手だけの会話があったりするが、急にジミーは倒れ、もがきまわるうちに動かなくなる。メアリーは呆然として、まるでこれまでのことが想像の中の出来事のようだ。ブランコが上がってメアリーがソロを踊った後、彼女はむなしそうにチュチュを取り去り、最初の黒い大きな布を羽織って、ジミーの横に横たわる。それは自分を問い詰め、責め、「誰も私の心を開くことはできない!ほっといてよ!」とでも言うような、若者の排他的な姿に見えた。

いくつかの場面で構成されて、出演はオシポワとポルーニンだけだが、一つ一つ違うカップルを描いているようにも、あるいは同じカップルが一つの結果に対し、「もしもこうだったら?」と仮定設定をしている風にも見える。この曖昧さの隙間で観客はそれぞれの解釈の自由を持つと言えるだろう。
振付はコンテンポラリーだが、バレエの要素がしっかり入っていて、コンテンポラリー・ダンスというよりはコンテンポラリーを使ったダンスシアターだ。音楽も非常に解りやすく、歌詞が観客にヒントを与えた。また、オシポワを逆さまにリフトして、ポルーニンが彼女の太ももにキスするなど、危ない振りも見られたが、いやらしくない。オシポワは振付を非常に丁寧に踊り、独自の美しさが産まれた。

『QUTB』© Bill Cooper

『QUTB』© Bill Cooper

アラブ系振付家のシディ・ラルビ・シェルカウイ(Sidi Larbi Cherkaoui)の『QUTB』は、宇宙的かつ精神的な作品。Qutb とはアラビア語で、(幾何学の)軸、または要点(ピボット)の意味。
作品は「ブー」という低音が流れ、黒いバックドロップにオレンジ色の日輪を伴う日食の様な円が投影されて、その下に3人のダンサーがうごめいているところから始まる。ジーンズに男性二人(ジェイソン・キッテルバーガー/Jason Kittelberger、ジェームス・オハラ/James O'Hara)は裸の上体を白く塗り、オシポワはタンクトップにさらに体を白く塗って、3人がユニセックスに見える。体をくねくねと動かしたり、顔を歪めたり、非常に抽象的な動きだ。まるで組体操の様にリフトを繰り返して3人の肉体で作られるものは、イタリアの大聖堂の壁画の様にも見える。中東の宗教的な音楽に3人が柔らかい大きな動きでユニゾンで踊ったり、リフトが続く。人々の苦悩や苦難との戦いにも見える。あるいはキリストの受難だろうか? 動きにはトランス状態に導くものがあり、宇宙的かつ神秘的なイメージが伝わってくる。後ろに照射される輪が小さくなり、上から細いサスが落ちると、それが天からの光のように見える。オシポワが男性の一人の胸の上に立って踊る場面では、二つのエネルギーの絡み合い、強さ、バランスなどを表現しているように見えた。あるいは、不思議な宇宙の生物だろうか。観客に見せるというよりは、動きに陶酔して素になって踊るダンサーたちの姿は、強烈に惹きつけるものがあった。一見、ぐにゃぐにゃしてとりとめのない動きだが、非常に美しい。3人がトランス状態で踊って、宇宙の動きや、マグマやブラックホールなどを連想させた。壮大な作品である。

『サイレント・エコー(Silent Echo)』は、ロイヤル・バレエ・スクール出身の振付家、ラッセル・マリファント(Russell Maliphant)の作品。わずかに落ちては消えるサスの中でオシポワとポルーニンが踊る。バレエ・テクニックがしっかり見える振付だ。ポルーニンはジーンズだけで上半身は裸。オシポワはジーンズに薄いトップのみ。シンプルな低音と一音のみの音楽だ。音楽も衣裳も踊りも、全てがシンプルなだけに強烈な美しさがある。二人の美しいラインと強いテクニックが流れる中に、観客が歓声を上げるほどの超高速シェネが含まれている。オシポワの踊りは、強いてテクニックを要求する振付に自分を投げ込むようだ。動きの呼吸を音楽に溶け込ませ、その中で無心に踊っている。

『サイレント・エコー』© BC

『サイレント・エコー』© BC

彼女が感じているであろう、不思議な快感が伝わってくる。またポルーニンの美しいクラシック・ラインと強靭な筋肉から出てくる速い動きは素晴らしい。コンテンポラリー・ダンスに時折見事なバレエ・テクニックを織り込んである。心を無にした踊りとはこういうものだろうか? オシポワが加わると、音楽が強い、衝撃的でドラマティックなものに変わる。絡み合うような二人の動き。宙に浮くオシポワの体をポルーニンがふわりとリフトする。良くリハーサルできており、二人の呼吸がぴったりと合っている。サイレント・エコーとは二人のあうんの呼吸のことだと解釈できた。
全体を通じてセットも衣裳も余分なものは何もなく、しゃれた照明があるのみ、ダンサーたちの陶酔とエネルギーが伝わってくる、素敵で感動的な舞台であった。
(2016年11月11日夜 New York City Center)

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