コジョカルのマルグリットとフォーゲルのアルマンによる圧巻の舞台、サラソタ・バレエ

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里
text by Eri Misaki

New York City Center, 2016 Fall For Dance Festival Program Four

ニューヨーク・シティ・センター主催、2016年フォール・フォア・ダンス・フェスティバル プログラム4

ニューヨーク・シティ・センターのフォール・フォア・ダンス・フェスティバルの第4プログラムは、今年のこのフェスティバルの中で最も密度の濃い内容であった。
まずはジェシカ・ラング・ダンス(Jessica Lang Dance)の『時間の四次元超立方体(Tesseracts of Time)』で幕開けした。舞台背景に照射されている円を主にした、建造物のような映像の前で非常にテンポの速いモダンダンスの群舞で始まる。ダンサーたちは全員バレエテクニックの基礎が見られ、みんな美しいラインをしている。動きにはアティチュードターンなどのテクニックがたくさん入っており、フォーメーションが複雑でありながらすっきりしている。鳥の群れを想像させる。部分的に降りていた映像が下まで降りると、上の方にダンサーが横たわっている映像が現れる。そして、下の床に生身のダンサーが出てきて、映像のダンサーと共に踊り、まるでデュエットのように見える。こんな発想ができるラングは非常にユニークな感性を持つ振付家だ。映像は合成で、建造物の映像に踊るダンサーの映像を重ね、更にライブの踊りを重ね、おもしろい世界を作り出している。映像を映していたスクリーンが上がると、黒の背景に白の幾何学的なセットが現れる。その形態に合うシャープなラインの振付をダンサーたちが力強く踊る。後ろのホリゾントが黒からオレンジ色、そしてブルーに変わり、セットにグリーンの照明が当たる。意味らしいものは全くないが、美しいダンサーと飽きの来ない動き、そして色彩で不思議な世界を創造して見せた。

Photo (C) Stephanie Berger

Photo (C) Stephanie Berger

2番目はベルギーの王立フランドル・バレエ団(Royal Ballet Flanders) による『秋(Fall)』が踊られた。アルヴォ・パート(Arvo Part) の曲にシディ・ラルビ・シェルカウイ(Sidi Larbi Cherkaoui)が振付けた作品だ。暗いイメージの中に後ろ向きに立つ女性がポアントのブーレで踊り出す。素晴らしく美しいラインだ。男性が加わってやがてデュエットになる。頭の周りを腕で搔きまわすようなデフォルメされたスタイルながら、すっきりとした動きとクラシック・テクニックで踊られ、抽象的だが動きの楽しさと美しさを感じさせて、感動的ですらある。音楽も素晴らしく、振付家を啓発するものがあり、さらにダンサーを啓発する。デュエットが終わると男性が残り、他のダンサーたちが加わって群舞となる。背景が風にたなびく幕になり、女性一人、男性二人のトリオの踊りとなる。その一人は、日本人の上月一臣(Kozuki Kazutomi)だ。小柄な彼の体格を上手に使った場面となっている。女性は全員ポアントを履いて踊り、みんな素晴らしいクラシック・ラインを持っていて美しい。最後のデュエットを踊った日本人プリンシパルの斎藤亜紀(Aki Saito)も非常に美しく、視覚的に惹きつけるカリスマ性があった。斎藤のデュエットはほとんどがリフトで床に着くのはポアントの先だけ、床の上を浮揚するように動くおもしろい振付だ。最後に斎藤が相手役の男性をポアントで立ったまま、舞台後方に押して移動して終わった。ストーリーもないのに不思議な満足感が残る作品であった。

Kazuomi Kozuki in the left  Photo (C) Stephanie Berger

Kazuomi Kozuki in the left Photo (C) Stephanie Berger

Aki Saito in Duet  Photo (C) Stephanie Berger

Aki Saito in Duet Photo (C) Stephanie Berger

シティ・センターの常連カンパニーと言えるアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアター (Alvin Ailey American Dance Theater)からは、プリンシパルのデメティア・ホプキンス・グリーン(Demetia Hopkins-Greene)による『叫び(Cry)』が上演された。アルヴィン・エイリーの振付、茶谷正純のステージングである。 幕が開き、長い白い布を頭上に掲げるグリーンが立っているだけで拍手が沸いた。白い布で床の拭き掃除をしたり、布を体に巻き付けたり頭に巻いたりと、グリーンは布を様々に使う。

Demetea Hopkins Greene  Photo (C) Stephanie Berger

Demetea Hopkins Greene Photo (C) Stephanie Berger

バックドロップに木の枝のような模様が映写され、照明が緑とオレンジに変わると、グリーンはアフリカに焦がれるように、豊かな水の中をスカートを上げて渡るような動きをする。そして床に横たわり、しばらくして起き上がると、穏やかな踊り方から、だんだん苦悶と痛みの表現となる。体の中心から長く出る腕が、心の叫びを代弁するようだ。そして、歌の絶叫に大きく口を開けて踊る。どうにもならない運命に泣くしかない痛みが表現される。そしてがっくりした後、音楽は力強いジャズに変わる。泣くことを踊ることで乗り越える奴隷たちの決心を物語っている。グリーンはたっぷりとしたスカートを振りながら踊りあげた。非常に良いステージングで、メッセージが明確に観客に届いたが、グリーンの踊りはテクニックは非常に強いものの、全体に抑制気味に感じられた。後半はもう少し爆発的な発散があれば、辛い歴史を持つ人々の強さがさらに強調されたと思われる。

この日の最後はサラソタ・バレエ(Sarasota Ballet)によるフレデリック・アシュトン(Frederick Ashton)振付の『マルグリットとアルマン(Marguerite and Armand)』が踊られた。アリーナ・コジョカル(Alina Cojocaru)、フリードマン・フォーゲル(Friedemann Vogel)、ヨハン・コボー(Johan Kobborg)が主演、音楽はピアノ一台のライブであった。舞台は組み立てた鉄骨に布をかけただけのシンプルなセットで各場面が表現された。
美しい高級娼婦マルグリッドはパトロンの公爵に囲われながら、取り巻きにちやほやされる生活をパリで送るが、死病に侵されていた。ある日、若い青年アルマンが現れ、人前も構わず大胆に求愛する。マルグリッドは一目でアルマンに惹かれるが、公爵の手前、手にしていた白い椿の花を投げ渡すのが精いっぱい。しかし、二人は夏に避暑地の家で結ばれる。だが、息子を思うアルマンの父親がマルグリッドに別れるように伝え、彼女はそれを受け入れる。何も言わずに去った彼女に腹を立てたアルマンは、彼女を娼婦呼ばわりして傷つけ、マルグリッドの病状は一気に悪化する。死の床でアルマンを思う彼女のもとへ父から事情を聞いたアルマンが駆け付け、マルグリッドは彼の腕の中で息を引き取る。

Alina Cojocaru in the center Photo (C) Stephanie Berger

Alina Cojocaru in the center
Photo (C) Stephanie Berger

Alina Cojocaru and Friedemann Vogel Photo (C) Stephanie Berger

Alina Cojocaru and Friedemann Vogel
Photo (C) Stephanie Berger

マルグリッドを演じた小柄なコジョカルは、社交場では陶磁器の人形が真っ赤なドレスを着たかのような可憐さだ。一方アルマン役のフォーゲルは豊かな体格と美貌で、体格を活かしたゆったりと安定した踊り方だ。出会いのロマンチックなデュエットは、恋の高揚感で会場を満たした。避暑地では二人とも白い衣裳となり、目くるめくような恋を描く、情熱的で官能的なデュエットを踊る。アルマンの父親(コボー)から息子と別れるように言われると、それまでの高揚から一転、衝撃と狼狽を表現するかのようにトウシューズを引き摺る様に歩き、父親に懇願しながらも体調が一気に悪くなる様が明確に表現される。何も知らずに小さなコジョカルを労わるように踊るアルマンのフォーゲルの演技も素晴らしく、観客はどんどんドラマに引き込まれた。その後のパリの社交界での場面では、黒いドレスに白い花を持ってパトロンと一緒に現れるマルグリッドと、彼女を激しく責めるアルマンとの、暴力的とすら言える凄まじいデュエットが印象的だった。アルマンの激怒とそれに耐えるマルグリッドの様子、そして彼女の体調が絶望的に悪化する様子がありありと表現された。終幕のマルグリッドの病室での再開の場面では、体力も尽き果てた様を表現するコジョカルの息遣いが舞台から観客席に聞こえるほどで、最後にフォーゲルとの激しいキスの後息絶える様は、観客を切ない思いでいっぱいにした。素晴らしい演技とテクニック満載の、まさに圧巻の舞台であった。
(2016年10月5日夜 New York City Center)

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