オーソドックスかつ華やかな日本伝統芸能をニューヨークで披露

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里
text by Eri Misaki

Grand Japan Theater

Ichikawa Ebizo XI Grand Japan Theater New York Performance
十一代目市川海老蔵グランド・ジャパン・シアター、ニューヨーク公演

あらゆる意味でのグローバル化が進む昨今、ニューヨークで日本の伝統芸能が鑑賞できることは、決して珍しくなくなった。特に歌舞伎は若い世代の意欲的な海外進出の企画が目覚ましい。今年は歌舞伎界の若きスター、市川海老蔵が率いるグランド・ジャパン・シアターがニューヨークのカーネギーホールで公演した。今回の公演の特徴は、歌舞伎だけでなく、能と狂言という、日本を代表する伝統芸能を一挙に披露すること。有名な演目の中から選りすぐられた三作が演じられた。
カーネギーホールの広い舞台の正面奥には、青竹の絵が描かれた金屏風が鏡板の代わりに立てられ、左右両側にも斜めに同じ屏風を立てて、能楽堂の雰囲気を出している。ステージ上にさらに能楽舞台の床を作ってあるため、一段高くなっている。カーネギーホールは基本的に音楽のための劇場で、アコースティック効果が素晴らしい。そうした劇場がむしろ、常にライブ演奏で行われる日本の伝統芸能には向いていると言える

Photo:Masahito Ono

『三番三』Photo:Masahito Ono

中央奥に備え付けられた2段の台に囃子方と地謡方が座ると、笛と鼓の演奏で最初の演し物、狂言『三番三(さんばそう)』が始まった。赤い着物の上に黒い上衣を纏って現れた狂言師(茂山逸平)が見事な声量で語り掛ける。足を踏むとステージ上にさらに設置された能楽舞台から素晴らしい音が出た。するすると滑るように床の上を移動し、ふわりと大きく跳ぶ。舞手と囃子方が掛け声を掛け合いながら一舞すると、舞手は美しい扇と鈴を持ち、面をつけた。二番目の舞は動きが少ないゆっくりとした曲想から始まり、だんだん早くリズミカルになる。舞手は素晴らしい安定で速い足踏みを舞った。この舞は『三番叟』とも書かれ、五穀豊穣、天下泰平を祈るという

その次に披露されたのは、能『土蜘蛛』。地謡方は舞台に向かって(本来の位置の)右側ではなく、左側に座り、右側奥に後見が座った。武士の源頼光(梅若紀彰)が現れ、右奥に座ると、後見がその左肩に赤い着物をかける。笛の音が流れると頼光は口上を述べる。赤い着物の胡蝶(林宗一郎)が現れ病床の頼光に見舞いの口上を述べる。いずれも素晴らしい発声だが、古典日本語なので、日本人にも何を言っているのか分からない。地謡いはたった4人だが、見事な音量で劇場に響いた。胡蝶が消えると、金の着物に黒い上衣を着た僧侶(片山九郎右衛門)が出てくる。頼光とやりとりした後、さっと白い蜘蛛の糸を頼光にかけると、観客から驚きの声が上がった。頼光は刀を抜いて僧侶に応じ、蜘蛛の化身の僧侶は何度も糸を投げる。その過程で僧侶が手を着かずに前転するという、アクロバティックな動きもあった。

Photo:Masahito Ono

Photo:Masahito Ono

僧が消えると、独武者(宝生欣哉)が登場して、頼光の話を聞き、蜘蛛の血の跡を追って退治すると誓う。独武者に頼光は自らの刀を与えて前半は終わる。蜘蛛の塚が舞台中央に運び出され、危険を知らせるような笛の音がすると、美しい衣裳を着た独武者が現れる。塚に向かって口上を述べると、打楽器のみの演奏に地謡が戦いを示唆する様に謡う。独武者が塚を壊そうとすると、塚にかけられていた布が取り去られ、蜘蛛の巣を張り巡らせた向こうに赤いものが見える。刀を構えた独武者が塚に近寄ると、塚の中から恐ろしい面をつけた土蜘蛛(片山九郎右衛門)が現れ、千筋の蜘蛛の糸をかける。ストーリーは恐ろしげだが、独武者も土蜘蛛も華やかな衣裳だ。土蜘蛛が何度も糸を投げ、白い細い糸が花火の様に宙を舞って、著名なこの演目の見せ場になって終わった。

『土蜘蛛』Photo:Masahito Ono

『土蜘蛛』Photo:Masahito Ono

最後に演じられたのが、歌舞伎の『春興鏡獅子』。『土蜘蛛』の後の休憩の間に、赤い段がステージの上に設けられ、一気に華やかな歌舞伎の雰囲気になった。段に座ったお囃子の拍子木と太鼓の音の中、鏡餅を乗せた飾り台が舞台の右側奥に設置された。
場所は江戸の大奥、鏡開きの日に二人の奥女中(吉野/市川升吉、飛鳥井/市川新蔵)が小姓の弥生(市川海老蔵)を連れて出る。弥生は多くの観客に驚いたかのように、逃げ出して隠れるが、すぐまた連れ出される。仕方なく舞台に座って三つ指を着いて挨拶すると、あでやかに踊りはじめる。大柄な体に美しい着物と帯を纏い、大きな舞台に素晴らしく舞台映えがする。非常に所作が丁寧で、茶道の袱紗の扱いやパントマイム的な動きも振りに含まれている。金銀の舞扇を持って踊り、扇を空中に投げたり、両手でひらひらと蝶の様な振りもあるが、すべての動きが非常に洗練されている。一舞終わると、弥生は小さな獅子頭を持って踊りはじめる。後見が針金の先に着けた小さな蝶を弥生の後ろに飛ばすと、会場には和やかな笑い声が上がった。しかし獅子頭を持った弥生は、急に獅子頭が勝手に動き出し、驚き翻弄されながら獅子頭に引っ張られるようにして退場する。
弥生が消えた後、二人の子役によって胡蝶の舞が踊られた。踊ったのは市川福太郎(14歳)と市川福之助(10歳)で、体の前に小太鼓を付け撥を持って踊ったり、小さなタンバリンの様な楽器を持って踊ったが、間をきちんと押さえて、幼いながらも見事な踊りぶりで、日頃の厳しい稽古が伺われた。
胡蝶の舞の後、舞台一面に不思議なプロジェクションの入った照明になり暫くは音曲の演奏となった。能に比べると、歌舞伎の音曲には三味線が加わるため、うんとメロディーが入っており、謡いも変化して長唄となっている。日本の伝統音楽の変遷もこの公演で確認することができたのは面白かった。

『鏡獅子』Photo:Masahito Ono

白と赤のぼたんの花が付いた木が先に運び込まれた赤と緑の台に取り付けられ、舞台が明るくなる。長い白い鬣をつけて獅子になって走り込んできた海老蔵が、台の前で構えるとしっかと観客を見据えて見得を切った。もの凄い迫力だ。これが海老蔵のにらみと言われるものだと分かった。小刻みに鬣を振る様はまさにライオン。華やかな衣裳に無駄のない動き。台に上がって踊りながら足を踏む素晴らしい音と音曲の共演となる。福太郎と福之助の胡蝶が加わり、両腕をひらひらさせ、蝶が舞う様を表現する。これは、先ほどの弥生の獅子頭の舞の再現だ。獅子の周りを座ったまま小走りに回る二人の胡蝶。何でもなく見えるが、凄いテクニックだ。弥生の時とは全く違って、海老蔵の踊りは荒々しく猛々しい。そして最後はこれも有名な毛ぶりとなった。長い毛を旋回させるのは大変な技術と聞くが、この日は海老蔵は台に斜めに立って毛ぶりを行い、最後にまたもや大見得を切って終わった。

数十年前から文化交流で日本の伝統芸能がニューヨークで紹介される機会が時々あったが、『土蜘蛛』『鏡獅子』は定番で、その華やかさがアメリカ人には受け入れやすいと思われた。その後、平成中村座が大胆な演出で歌舞伎を紹介し、翻訳もつけて、ニューヨークでは歌舞伎は楽しい、面白いものだというイメージが定着しつつある。今回のグランド・ジャパン・シアターは、敢えて日本で演じられる伝統的な上演法をそのまま持って来たという印象を強く受けた。翻訳は全くなく、観客席に居たアメリカ人は形式を見るに留まった部分も否めないと思われるが、日本の伝統芸能の本来の在り方に、総スタンディング・オベージョンという、最大級の敬意で受け入れられた。
(2016年3月1日夜 The Carnegie Hall)

『鏡獅子』Photo:Masahito Ono

『鏡獅子』Photo:Masahito Ono

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