ABTのプリンシパル4名が参加し、爆笑映像も上演された「ダニエル・シムキンズ インテンシオ」

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ西村
text by BRUIXA NISHIMURA

"Daniil Simkin's INTENSIO"

「ダニエル・シムキンズ インテンシオ」

ABTプリンシパルのダニエル・シムキンが中心になってプロデュースする、ダンス公演のプロジェクトがあるということで、「絶対に見逃せない!観に行かなければ!」と、とても楽しみにしていました。
プロデューサーはダニエル・シムキン、Ilter Ibrahimof、Courtney Ozaki Mochの3名です。すべて新作で、休憩をはさんで4つのダンス作品の上演とショートフィルムが上映されました。現在、注目を集めている振付家の作品をとりあげていて、こだわりを感じました。

「ダニエル・シムキンズ インテンシオ」のニューヨーク初演は、1月5日から10日まで、ニューヨークのコンテンポラリー・ダンスの殿堂、ジョイスシアターで上演されました。ジョイスシアターは規模の小さい劇場ですが、世界中の新進気鋭のコンテンポラリー・ダンスを中心に集められて公演するので、時々このような面白い企画があるため、要チェックなのです。
2008年2月11日にニューヨークで行われた「スターズ・オブ・21センチュリー」で、初めてシムキンの踊りを観て衝撃を受けて以来、その後の活躍に注目してきました。私が期待していたとおり、シムキンは大いに活躍し続け、とうとう約8年後の今回、ABTプリンシパルをフルタイムで務めるかたわらで、28歳で彼独自のダンス公演を実現させて、ニューヨーク初演を行いました。シムキンが20歳当時から8年間ずっと、成長と活躍を追って公演を見届けることができたので、ニューヨークに居て良かったと思いました。

『アイランズ・オブ・メモリーズ』© Yi-Chun Wu.

『アイランズ・オブ・メモリーズ』© Yi-Chun Wu.

シムキンはABTのプリンシパルでフルタイム・ダンサーなのですが、ABTでは1年のうち36週を雇われていて、残りの16週は無給で休みのため、その期間を利用してこの企画を実現させたそうです。現役でABTのプリンシパルを続けることは並大抵ではなく、それだけでも精一杯なことだと思います。
そんな状況の中で、これだけの企画を行ったシムキンのバイタリティーは、20歳当時から垣間見られたことでした。シムキンはバレエ学校出身ではなく、普通に学校教育を受けて大学入学資格も取得していて、夜2時間だけのバレエレッスンのみで、国際バレエコンクールの金賞を複数受賞しました。世界では一流バレエダンサーになるために、バレエのみに集中している人々がほとんどなのに、シムキンのように勉強とバレエも両立して、世界的な結果を残せる方は珍しいと思います。
今後きっとシムキンはABTのプリンシパルにとどまらず、自身のダンスカンパニー公演やフィルム出演など、活動を広げていくのでしょう。まだ若いので、ますます期待して見守って行きたいと思います。

この公演の出演者は9名で、主にABTのダンサーです。ABTのプリンシパルは4名で、シムキンの他、イザベラ・ボイルストン、ヒー・セオ(ソ・ヒ)、ジェームス・ホワイトサイドです。ABTのソリストは、アレクサンドル・ハムーディ、カサンドラ・トレナリーです。他にABTからブレーン・ホーベン、カルバン・ロイヤルIIIの2名、そしてスペシャル・ゲスト・アーティストは、レ・バレエ・ジャズ・ド・モントリオールのセリーヌ・カッソーネでした。
ABTのプリンシパル4名の踊りを、小さな劇場で至近距離で観ることができるのは素晴らしい機会でした。彼らは普段、大きなサイズの舞台で大きく踊っているので、このサイズの小さい劇場の舞台で踊るためには、振付などをいろいろと工夫して慣らす必要があります。
この公演のシムキンのコンセプトは、バレエとテクノロジーを融合させた個人的なアーティスティック・ステートメントを作るためだそうです。踊りの質と面白さ(笑い)のバランスをとり、テクノロジー、ポップカルチャーを加えてみたいとのことです。

最初の作品は、『ノクターン / エチュード / プレリュード』で、振付はヨルマ・エロです。フィンランド人で、世界的に人気の振付家の1人です。出演ダンサーは、ダニエル・シムキン、イザベラ・ボイルストン、ジェームス・ホワイトサイドでした。
音楽は、以下の3曲で、生演奏のピアニストはデイビッド・フレンドです。
Tpccata, Adagio and Fugue in C Major, BWV 564 - J.S.Bach / Bussoni
Etude, Op. 25, No.1 in A-Flat Major - Frederic Chopin
Nocturne in F Major, Op. 15, No.1 - Frederic Chopin
バレエベースの踊りですが、コンテンポラリー・ダンスの振付でした。男性ソロ、女性ソロ、男女ペア、また合計3名が踊りました。全員安定していて上手く、シムキンは動きにメリハリ、キレがありました。シムキンもホワイトサイドも、ピルエットを5回転は回っていました。

『ノクターン / エチュード / プレリュード』© Yi-Chun Wu.

『ノクターン / エチュード / プレリュード』© Yi-Chun Wu.

次の作品は、『ウェルカム・ア・ストレンジャー』で、振付はグレゴリー・ドルバシアンです。ニューヨーク出身で、振付の受賞歴多数で現在注目されている振付家です。自身でDASHというダンスカンパニーを率いています。 出演ダンサーは、セリーヌ・カッソーネ、ブレーン・ホーベン、アレクサンドル・ハムーディ、カルバン・ロイヤルIII、カサンドラ・トレナリーです。
音楽は、Forest Swords; Track Onward and LUX (Nicolas Jaar Remix) - Brian Eno and Nicolas Jaar and mixes by Gregory Dolbashianです。
パンクのようなロッカー風の雰囲気で、エレクトロニックの曲を使った現代的な作品でした。ダンサーたちがペアで組む時に、引き寄せたり押したりする際に手ではなく顔を押さえたりと、個性的で独特な振付です。カッソーネのソロも続き、舞台端に倒れこんでいました。

『ウェルカム・ア・ストレンジャー』© Yi-Chun Wu.

『ウェルカム・ア・ストレンジャー』© Yi-Chun Wu.

『ウェルカム・ア・ストレンジャー』© Yi-Chun Wu.

『ウェルカム・ア・ストレンジャー』© Yi-Chun Wu.

3曲目は、ショートフィルムが上映されました。『シムキン・イン・ザ・シティ』です。監督&ショットは振付家のアレクサンダー・エクマンです。
これはとても楽しい映画でした。「仰々しい歴史ある格調高いクラシック・バレエ」をおもしろおかしくジョークにしてしまっていました。"自分を下げて笑いを取る"ということを徹底的にしていたので、これは名実ともに世界的なバレエダンサーのシムキンだからこそ出来、様になります。客席は大笑いして受けていましたが、ABTには怒られなかったのかな? と、ちらっと心配になったほどでした。さすが自由な発想が受け入れられるアメリカだから、このようなバレエをパロディにした映画が受け入れられているのだろうなと感じました。
内容は、現代のニューヨークの街中を、伝統的なクラシック・バレエの王子様風の衣装、白いタイツに仰々しいチュニックを着た金髪のシムキンが、バレエの舞台から抜け出したままの姿でさっそうと歩いていきますが、場違い感が際立っています。街中を、ジャンプなどをして踊りその衣装で通り過ぎるので、通りのカフェやレストランのテラス席の人々は目が点になってビックリしてあっけにとられています。犬も驚いて吠えています。
ニューヨークのいたるところにある独特な水道管(栓)の上にそっと上り、片足を伸ばしてアラベスクをして静止。道行く人々がクスクス笑っています。信号の下で止まって、舞台で遠く斜め上を見つめる"目線"をして片手もその上の方向へまっすぐ伸ばして指して、静止するポーズを決めていると、後から歩いてくるおじさんが、空の上に何かがあるのかな? と思ってそのシムキンの指先と目線の方向を見上げてぼーっと立ったり・・・。抱腹絶倒です。
地下鉄では、地上から駅構内に入る階段を、手すりの上でポーズしたままズズズと滑って降りて、改札では、柔軟でジャンプ力があるバレエダンサーには簡単なこと、足を振り上げてまたいでアラベスクで通り抜け、無賃のまま入っていきました。そして地下鉄の車両の中でも、その王子様の格好のまま、くるくる回ったり踊りました。車両の中の人々はあっけにとられています。
こんな感じで、「現代の大都会のニューヨークの街中に、本格的なバレエダンサーの王子様がそのまんま現われたらこうなった!」という面白い映画でした。シムキンは意外にユーモアのセンスがあり、お笑いがお好きなのだなと思いました。

ショートフィルムにすぐ続けて4作品目は、『シムキン・イン・ザ・ステージ』で、振付はこちらもアレクサンダー・エクマンです。世界的に引っ張りだこの振付家で、コンテンポラリー・ダンスでもクラシック・ダンスでも注目されています。ダニエル・シムキンのソロでした。
音楽は、以下の通りです。
Concerto Grosso In G Minor, Op. 6. No.8 - Arcangelo Correlli
Violin Sonata No. 3 In E Flat Op. 12 - Ludwig van Beethoven
Except from "The Tutu's Tale" an interview with Jennifer Homans
Daniil Simkin in interview with Alexander Ekman

『シムキン・イン・ザ・ステージ』© Yi-Chun Wu.

『シムキン・イン・ザ・ステージ』© Yi-Chun Wu.

シムキンの子供の頃からの様子、紹介が続き、間に踊りをはさんでいきました。家族仲が良い様子、シムキンの父親は昔からシムキンの兄かとよく間違われていたことを紹介すると、舞台袖から父親のディミトリがひょこっと出てきました。そしてすぐ引っ込みました。シムキンは、バレエダンサーになろうと最初から決心していたわけではなくて、大学進学しようか考えていた当時は、サイコロジストか歯医者になりたいと考えていたそうです。でも両親の影響で幼い時からやっているバレエがあるので、バレエダンサーを選んだということなど、ナレーションと映像で流れました。
そしてシムキンが、バレエの稽古風に踊りました。舞台背景には子供の頃からのバレエ・レッスン風景の映像が流れました。両親ともにバレエダンサーだったシムキンは、生まれた時からバレエに関する環境には恵まれていたので、幼少時から自宅の居間で母親にバレエを教わっていた様子の録画が映されました。今、シムキンが得意としているジャンプの練習風景が映りました。母親に一つ一つ、足などの筋肉の動きに両手を添えて細かくチェックして直されていったり、シャンジマンを繰り返している子供の頃の映像の後、続けて今のシムキン本人が実際にシャンジマンを繰り返していき、次第に大きく高くジャンプしていき、ダブル、トリプルと増えて激しくなっていきました。客席にどよめきが起こるほど、ジャンプはそうとう高かったです。すごい筋力とバネで、体操選手のようです。
シムキンが幼少時から積んできたバレエの稽古と現在のステージ上での実際の踊りが、延長線上に並べられてまとめてあり、とても興味深くて面白かったです。母親の熱心で丁寧なバレエの教え方と、熱心な稽古が功を奏して、現在のシムキンのバレエのゆるぎない基礎と世界的実力がついたのだなと分かりました。

『シムキン・イン・ザ・ステージ』© Yi-Chun Wu.

『シムキン・イン・ザ・ステージ』© Yi-Chun Wu.

次は『アイランズ・オブ・メモリーズ』で、振付はアナベル・ロペス・オチョア、コロンビア系ベルギー人で2003年からフリーランスの振付家として世界的に活躍しています。
出演ダンサーは、ダニエル・シムキン、イザベラ・ボイルストン、セリーヌ・カッソーネ、アレクサンドル・ハムーディ、カルバン・ロイヤルIII、ヒー・セオ、カサンドラ・トレナリー、ジェームス・ホワイトサイド、ブレーン・ホーベン。音楽はRecomposed by Max Richter: Vivaldi, The Four Seasons でした。
セットとヴィジュアルデザインは、ダニエルの父親であるディミトリ・シムキンです。元バレエダンサーで振付も手掛けていましたが、ダンサーのキャリアを止めた後、フリーランスの舞台デザイナーとして仕事をしています。
舞台上にシムキンが寝そべっていて、舞台後方には斜め下に向けられて大きな鏡が置かれています。その鏡に川のような砂のような映像が映っていました。その鏡には床の上にいるダンサーの様子も映っています。シムキンが寝そべったまま動くと、鏡の中の映像の砂のようなものもサーッと影のように動きました。上に映った映像が止まると、シムキンは立って歩き、去っていきました。
男女ペアの踊りが1組目、2組目と続き、通り過ぎていきました。男性の2人組の踊りもありました。また別の男女ペアの踊りが続きました。クラシックベースのコンテンポラリーの振付です。
また再びシムキンと赤毛の女性ダンサーがペアで踊りました。鏡の中は、最初に映っていたような川か砂のような映像があり、ダンサーが動く跡がサーッと追うように動いていきました。
その後も3名で踊ったり、男性2人で踊ったり、男女ペアが踊ったり、シムキンと別の男性がペアで踊ったり、数名での踊りが入れ替わって続きました。
この砂のような、ダンサーの動きを追う影のような映像と鏡のセットはシムキンの父親のディミトリが作ったものですが、どこか日本的な侘び寂びが感じられるようで、とても良かったです。ダンサーが神秘的に見えました。
(2016年1月5日夜 ジョイスシアター)

『アイランズ・オブ・メモリーズ』© Yi-Chun Wu.

『アイランズ・オブ・メモリーズ』© Yi-Chun Wu.

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