子供と大人が一緒になって興奮した、自転車による爆笑とスリル満点のサーカス「Pedal Punk」

ワールドレポート/ニューヨーク

三崎 恵里
text by Eri Misaki

Cirque Mechanics サーク・メカニクス

Produced by Cirque Mechanics, Creative Director: Chris Lashua, Choreographer: Aloysua Gavrer クリス・ラシュア:製作、創作ディレクター、アロイジア・ゲイヴァー:振付

ニューヨークのブロードウェイ劇場街にある、New Victory Theaterは子供向けの舞台を製作し上演する劇場だ。人形劇など如何にも子供向けらしい作品もあれば、すぐに気が変わる子供たちの意識を釘付けにする、あっと驚くような、奇想天外な作品もあって、実はこの劇場、私にとってはホットスポットの一つ。小難しい理屈や台詞は一切使わず、視覚的な面白さと、テンポの速いウィットを駆使した素晴らしい作品に出合えるのもこの劇場だ。子供を魅了する製作というのは、大人をも魅了する、真に優れた作品だということを教えてくれる。
今年のクリスマスからお正月にかけてのホリデーシーズンにこの劇場で上演されたのが、自転車をテーマにしたサーカス「ペダル・パンク」だ。何でサーカス? と思われるかもしれないが、実はサーカスの出演者にはダンサーが多い。ダンサーにとっては有力な就職先の一つがサーカスで、例えばシルク・ドゥ・ソレイユなどはその典型である。ダンスを延長した身体的なスキルと音楽性が問われる。この「ペダル・パンク」も一切動物を使わず、機械と人間だけで見せる、近代的なサーカスである。

天井が高い縦長のNew Victory Theaterの舞台は自転車屋を想定して、後ろの壁には自転車や車輪がいくつも吊られ、ステージには巨大な鉄骨のセットが置かれている。一番下には巨大な車輪が付いており、実はこれはこのカンパニー、サーク・メカニクスが製作した自転車。セットの両側についている車輪を男性二人が漕いで動かせる。このセットを自在に駆使してショーが展開、自転車と車輪に象徴される「円」を使った凄技が次々とテンポよく紹介された。
まずは進行役ジャン・ダム(Jan Damm)がコマを一本の糸で巧みに操るコマ芸。コマの数をどんどん増やして、お手玉の様に次々と空中に投げ上げる。操るダムとひもとコマの完全に別々のものが、遠心力を使って一つの生き物になっている。

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone(すべて)

次はフラ・フープ。踊りながら見事にメタルの輪を操るダンサーはナタ・イブラジモフ(Nata Ibragimov)。彼女の巧みな技で輪が宙に浮いて見えたり、まるで生き物のように自在に動く。イブラジモフは複数の輪を胴の周りや足首の周りで回したりしながら倒立をしたり、手と足で輪を回しながら、信じられない柔軟なポーズを見せたりした。
巨大な輪が出てくると、男性アクターがそれで体操技を見せる。何の支えもない輪は倒れることもなく、重心と動点が見事に操られている。彼は輪に四肢で捕まって舞台の上を何度も豪快に回転して見せた。重心と遠心力を見事に使った、遊び心満載の技だ。

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone

今度は一輪車を使ったデュエット。一輪車に乗ったニック・ハーデン(Nick Harden)が相手役のウエンディー・ハーデン(Wendy Harden)をリフトしながら、舞台の上に円を描く。舞台の縁ぎりぎりまで来るので、見ていてハラハラするが、止まるも動くも自由自在。ニックは一輪車で縄跳びもしてみせた。彼に一輪車の上でリフトされたウエンディーも空中で自在な動きをしたり、スキンヘッドのニックの頭の上にも乗って立ったりした。信頼関係が無ければできない技だ。また、別のアクトでは、この二人はマタドールと牛に扮し、一輪車のニックがマントを持ち、小さな小さな自転車に乗って角を付けたウエンディーが牛役で突っ込んでいくなど、ユーモアたっぷりの演技を見せた。
コントーションとは中国雑技団で知られる柔軟技。自転車の部品にはめ込まれた男性がカラスの仮面をかぶったアクターたちが漕ぐ大きな三輪車に乗せられて登場。自転車はそれだけで芸術品だ。その上で部品から抜け出た男性が、驚異的なコントーションを披露する。人間とは思えない、信じられないポジションが連続する。これは身体の柔軟さだけでなく、筋力の強さも必須なので、彼の凄い筋肉にも注目が集まった。
小さな自転車が中央に出される。これが部品のあちらこちらで自在にスピンしたり、バラバラになったりする、若者たちが夢中になりそうな代物。ペダルをあちらこちらに着け替えられるようになっていて、ブレイク・ヒックス(Blake Hicks)が巧みにバランスを取りながら、前輪や後輪だけで乗って漕いだり、サドルの上で逆立ちをしたりする。タイヤの遠心力を利用して動き、フープと一輪車の複合したような技だ。
ポールダンスやエアリアル(空中遊戯)も披露された。ポールや布を使って高い空中で華麗な動きや、コントーションであり得ないポーズを空中で見せながら、時々真っ逆さまにポールやリボンを滑り落ち、地面すれすれでピタリと止まる。アクターたちは至難な技を全て見事にコントロールされた動きで、いとも簡単にやって見せた。

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone

サーカスにはピエロがつきものだが、この製作にも存在している。しかし、ピエロの面白おかしいメイクはしておらず、ハンサムな進行役のダムが演じている。ある時点で、ダムは舞台の上から客席に入っていく。無造作に客席のひじ掛けや背に乗って、傍若無人に観客の頭の上を進み、客の男性を一人選んで舞台に上げる。素人相手に臨機応変かつ柔軟に対応してシーンを作る、演じる側には繊細な場面だ。その観客を床に固定された一輪車に乗せ、その前後を一生懸命競争しているかのようにダムが動いて、会場の笑いを誘う。突然役を振られた男性客は必至で自転車をこぐ。ダムはムーンウオークをしたり、必死に走るマイムをしたり、スローモーションになったりして、場内を爆笑の渦に導いた。
最後はそれまで、アクターたちが漕いで何度も舞台の上を回転した巨大なセットを使ったダイナミックな技。二本の鉄塔に上ったアクター達が下に張り巡らされた網の上に飛び降りる。この網がトランポリンの様に彼らを大きく跳ね返し、アクターたちはそのまま高く飛び上がって空中でポーズを取ったり、向かいの鉄塔に何もなかったかのように跳び移ったりする。彼らの身体が自在に宙を舞い、その様は空中ブランコを想像させる。そのうちに速いタイミングで二人の男性が代わる代わる両方の鉄塔から網の上に飛び降りては向かいの鉄塔に移ることを繰り返し、それが危ういほど互いに近いタイミングで跳び下りるので、見る方はぶつかるのではないかとはらはらするが、見事なコントロールでニアミス曲芸を演じた。体操と空中ブランコのコンセプトを統合し、全てが細かく計算され、あうんのタイミングで演じられた、スリル満点、圧巻の演技であった。

ショーの後半では車輪が四角い自転車が登場する。これをどう乗りこなすか、ということが課題であるかのように、何度も試行錯誤が繰り返されるが、ショーの最後に凸凹のセットが床に置かれ、その上を進行役のダムがこの四角い自転車に乗って遂に走行して見せる。館内総立ちのフィナーレとなった。大人も子供も大喜びであった。
どの演技も基本は確かに昔懐かしいサーカスで見る技だ。それにメカニックな工夫と遊びを加えてグレードアップして完成度を高めたのが、このサーク・メカニクスの製作「ペダル・パンク」である。サーク・メカニクスの創立者でクリエーティブ・ディレクターのクリス・ラシュア(Chris Lashua)と、セットデザインを担当したショーン・ライリー(Sean Riley)は、機械デザイナーでもある。振付けのアロイジア・ゲイヴァー(Aloysia Gavre)はこのカンパニーの副ディレクターで、シルク・ドゥ・ソレイユに参加した経歴も持つ。また作品全体をファンキーな音楽で引っ張った作曲家のマイケル・ピクトン(Michael Picton)もシルク・ドゥ・ソレイユに参加した経験を持っている。世界中から集めたアーティストと、経験豊かな制作陣で、また新しいサーカスが生まれつつある。
(2016年1月2日夜 The New Victory Theater)

Photo: Zack Mahone

Photo: Zack Mahone

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