弾けるばかりのエネルギーに満ちたマーク・モリスの『ハード・ナット』を堪能

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ西村
text by BRUIXA NISHIMURA

Mark Morris Dance Group マーク・モリス・ダンス・グループ

" The Hard Nut " by Mark Morris 『ハード・ナット』マーク・モリス:振付

2015年12月12日から20日まで、BAMにて、マーク・モリス・ダンス・グループ(MMDG)の『ハード・ナット』(" The Hard Nut ")の公演がありました。これは、古典バレエ『くるみ割り人形』のパロディ版で、とても楽しい公演です。初演は1991年、ベルギーのモネ王立劇場です。"くるみ割り"が"固くて割れないくるみ"のように、ギャグとしてパロディーに変えられています。でも、本来の『くるみ割り人形』のストーリーは忠実に残したままで、現代的に変えられて再現されています。
休憩をはさんで2時間の作品で、2幕で構成されていました。マーク・モリスの公演は、地元ニューヨークではいつもすぐにソールドアウトしてしまうため、早めに席を確保しておかなければ観られないのです。モリスはニューヨークでは天才と呼ばれていて人気があり、ニューヨーク・ベースのカンパニーを率いていて、MMDGのビルをブルックリンに持っています。

音楽はチャイコフスキーの『くるみ割り人形』の組曲、MMDG Music Ensemble(マーク・モリス・ダンス・グループのオーケストラ)、The Hard Nut Singers(子供たちの合唱団)による生演奏です。The Hard Nut Singersは劇場のバルコニー席にいて、第1幕の最後の雪片の踊りのところで合唱していました。芸術監督、振付は、マーク・モリスで、本人もキャストとして舞台に出演していました。

photo/Julieta Cervantes

photo/Julieta Cervantes(すべて)

出演ダンサーは、主なキャストは22名、他は10名、合計32名です。マリー役はローレン・グラント、フリッツ役はジューン・オムラ、シュタールバウム家の主人役はマーク・モリス、ハウスキーパー(メイド)役はクレイグ・パターソン、ドロッセルマイヤー役はビリー・スミス、くるみ割り人形と若いドロッセルマイヤー役はアーロン・ルークスなどです。この作品の初演は1991年なので、中には、当時から出演していた昔のメンバーで、もうダンサーを引退した方も、また引っ張り出されて端役として出演していました。ショーン・ガノンは1993年から2004年までMMDGのメンバーで、ダンサーとして活躍後、現在はアーティストに転向していますが、この演目ではパーティのゲストや歯科医の役で出演していました。MMDGのダンサーたちとマーク・モリスの仲の良さが伝わってくるようです。

時代背景の設定は、すべて現代風です。例えば、暖炉の代わりに大きなテレビの画面に暖炉の映像が映っていて、クリスマス・イヴのパーティが行われているシュタールバウム家は、内装とインテリアが現代風のモノトーンです。おもちゃの兵隊はG.I.ジョーの人形たちで、ミリタリールックに身をまとい、機関銃を手に持っています。ドロッセルマイヤーとくるみ割り人形は、赤いジャケットを着ていました。第2幕の歓迎パーティーでの世界各国の踊りのシーンでは、次の踊りの国を紹介する際に、舞台セットの大きな世界地図の上でその国の場所がライトで点滅する仕組みです。
衣装もカラフルで、コミックから飛び出てきたような現代的でおしゃれなデザインで、独創性がありました。
舞台全体にスパイスを効かせていい味をだしていたのは、ハウスキーパー役のクレイグ・パターソンで、この公演のチラシにもなっていました。黒いタイトスカートとブラウス、ピンクの小さなエプロンをつけて女装していて、黒いタイツ、黒いトゥシューズをはいて、ひざを曲げてヨロヨロといつも動いていました。彼が動く度に、客席では人々が爆笑していました。トゥシューズに憧れているけれど、ちゃんとはいて使いこなすことはできない女装のハウスキーパーという設定でした。用事をする時や、乳母車を押す時など、必要ないところでわざわざポワントでよろよろ動くのですが、そのシーンの挟み方のタイミング、分量、全体の舞台の画面の位置など、ちょうど程良く完璧な間合いだったので、スパイスとして効いていて見事でした。その表情や演技も上手く、このパターソンは初演時からもう24年もこの役を演じ続けているので、はまっていますし楽しそうです。パターソンはジュリアード卒業後、MMDGに1978年から99年まで在籍しました。

photo/Julieta Cervantes

photo/Julieta Cervantes

マーク・モリス本人がご主人役で登場すると、すごく大きな拍手に包まれました。パーティをして、招待客たちは大はしゃぎで騒いでいて、次々にカップルで踊りを繰り広げました。50年代風の踊り、60年代風の踊り、70年代風の踊り、黒人風の踊り、マイケル・ジャクソンのスリラーの振付を混ぜたディスコ風の踊りなどでした。
くるみ割り人形がねずみのキングを退治すると、すぐに黒子が出て来て舞台上で着替えて早変わりして、後ろでドロッセルマイヤー、その手前でくるみ割り人形の青年が2人重なって踊りました。パ・ド・ドゥで、リフトもありました。
雪の精の群舞の踊りや、花のワルツなど、男女のダンサーたちが全員同じ衣装でチュチュを着て踊るところも、女装の男性を混ぜていて独特で面白かったです。カンパニーの人数をせいいっぱい使って総動員で群舞をパワフルに踊る良いアイデアでした。
雪の精の踊りは、最初は1人、2人ずつ出て来ては去り、少しずつ人数が増えていくところはクラシック作品と同じですが、衣装はアバンギャルドで渦巻き状の変わったほっかむりのような帽子を頭にかぶっていて、ダンサーたちは全員両手に粉吹雪を握っていて、時々パッと粉吹雪をまいて降らせながら踊り、幻想的できれいでした。振付は個性的でマーク・モリスらしく、ダンサーたちは裸足で、エシャッペで飛び上がりながら進んで行ったり、1回転しながら飛んだり、2番ポジションでグランプリエしながら進んだりしていました。パワフルなエネルギーに満ちていて、バーンとはじけるような元気いっぱいな踊りでした。クラシック・バレエでは、雪の精は幻想的で冷たく静かに舞い続けますが、モリス版はその正反対に作っていて、熱くパワフルで元気な感じに仕上げていました。

photo/Julieta Cervantes

photo/Julieta Cervantes

花のワルツは、舞台背景に巨大な食虫植物のような不気味な花の絵がでてきて、ダンサーたちの衣装も不気味なデザインで食虫植物のようであり、頭には黄緑のつぼみのようなかぶりものをしていました。振付もへんてこな踊りで、下を向いてこそこそした感じで踊ったり、下を向いて象のように左右にゆれ動いたり、変な動きを続けて、客席では皆大笑いしていました。これも、クラシック・バレエでは、軽やかで美しく、優雅な花のワルツで良い香りが漂ってきそうな雰囲気なのですが、モリス版、不気味で少し気持ち悪い雰囲気で、変な匂いが漂ってきそうな重い感じに仕上げていました。
各国の踊りが次々に披露された後、舞台真ん中へ上から大きな金色の固いくるみが降りて来て宙で止まり、皆が見守る中、鼻が豚のような形に腫れて変わり果てたマリーがソファーごと連れて来られました。一人目の男性はくるみをかじっても固くて開けられず、痛がっていました。2人目の男性のくるみ割り人形の青年は、その固いくるみをかじったら簡単に開けました。そしてマリーはくるみ割り人形をパートナーとして選び、ハッピーエンドで結ばれました。マリーの豚のような鼻も治り、人は去っていきました。

photo/Julieta Cervantes

photo/Julieta Cervantes

photo/Julieta Cervantes

そしてマリーとくるみ割り人形のパ・ド・ドゥがあり、マリーが宙を飛ぶようなリフトが続き、楽しそうに情熱的に踊りました。金平糖の精の曲でもマリーは楽しそうにコンテンポラリーの振付で踊り、2人でキスして去っていきました。フィナーレとなり、大勢が次々に出て来て通り過ぎ、輪になってピルエットを続けました。再び、マリーとくるみ割り人形が出て来て、2人で羽が生えたように軽やかに踊りました。 やがてセットは最初に戻り、2人の子供が大きなテレビ画面を見ていて、その中で、マリーとくるみ割り人形が2人仲良く楽しそうにしているのを見守っていました。

隅々まで抜け目なく上手く構成されていて、振付も音楽の音符に一つ一つ乗っていてピッタリ合っています。よく練り上げられていて、感心しました。
また、全体的にダンサーたちが心の底から楽しそうに踊って演技していて、皆仲良さそうに団結している様子でした。本当にエネルギーに満ちあふれていて、弾けんばかりのパワーで、たっぷり元気をいただきました。
(2015年12月17日夜、BAM Howard Gilman Opera House)

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