ニューヨーク・シティ・バレエが上演した、バランシンの美しく、音楽的で華やかな3作品
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New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ
All Balanchine 「バランシンの世界」
"Apollo", "Mozartiana", "Cortége Hongrois" by George Balanchine.
『アポロ』、『モーツアルティアーナ』、『コルテージ・ホングロアス(ハンガリー風宮廷演舞)』
ジョージ・バランシン:振付
ニューヨーク・シティ・バレエの「バランシンの世界(All Balanchine)」と銘打ったプログラムを見た。NYCBの創立者、ジョージ・バランシン(George Balanchine)の代表的な作品を3作選抜したものだった。
アポロ(Apollo)』はバランシンがバレエ・リュスにいた時に振付けた最初の代表作である。そしてこれが作曲家イゴール・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)との最初の共作にもなった。1928年にバレエ・リュスとしてパリで初演された、NYCBにとっては最も古いレパートリーである。
この日はアポロをエイドリアン・ダンチグ・ウェアリング(Adrian Danchig Waring)が踊った。舞台はウェアリングのソロで始まり、彼が手にしたマンドリンのような楽器を奏でると3人の女性が現れる。音楽と舞踊の女神テルプシコラーをタイラー・ペック(Tiler Peck)が、賛歌と雄弁の女神ポリムュニアーをアシュリー・アイザックス(Ashly Isaacs)が、文芸の女神カリオペイアをインディアナ・ウッドワード(Indiana Woodward)が踊った。女性たちは、まだ生まれたばかりの神のアポロの頭に手をかざして祝福するようだ。アポロを中心に立った女神たちが囲んで足をデベロッペしたりパンシェをすると、綺麗に足の高さが揃った。女性たちは体格も似ており、上品かつ高貴で清潔なイメージだ。
Adrian Danchig-Waring, Tiler Peck, and Ashly Isaacs
in George Balanchine's Apollo
Photo by Paul Kolnik
アポロがテルプシコラーには竪琴、カリオペイアには面、ポリミュニアーには本を渡す。まず、ポリミュニアーが踊る。言葉を体の底から吐き出し、その言葉が宙に広まっていく様を表現し、言葉による表現に誘うが、アポロは横を向く。面を持ったカリオペイアは口に指をあてたまま踊る。やがて宙を指さしながら踊り、最後に両手で口を覆って、まるで失敗したような様子で終わる。アポロは両腕で空を抱えるような様子をする。竪琴を持ったテルプシコラーは優雅に自由に伸び伸びと踊る。音の間に重々しく腕を開いて重厚さを見せるようだ。アポロはこれを受け入れ、音楽の神となる。座って後方に差し出したアポロの手の指にテルプシコラーが自分の指をあて、芸術の極意を伝えるようなデュエットとなる。柔らかいジャンプやかかとを使ったブレーを多く含む振付だ。そして女神たちとアポロが美しい象形を作りながら踊る。女神たちの手に顔をゆだねたアポロが空に手を挙げて歩く。バックに夜明けの様な円が浮かび上がり、前にランジするアポロの後ろに女神たちの長い脚が三方に向けてアラベスクされて美しい形で終わる。
私はこの作品は何度も見たが、この舞台でその美しさに初めて触れたような気がした。その理由の一つは、ダンサーが素晴らしく良く揃っていることが挙げられた。非常に良くリハーサルされ、上げた足の高さ、音の取り方、タイミングなど、動きがピタリと揃って本当に美しい。シンプルですっきりとして、バランシンのフォーメーションの遊びが綺麗に見える。アポロを踊ったウェアリングは花があり、美しいアポロであった。
Adrian Danchig-Waring and Tiler Peck in George Balanchine's Apollo Photo by Paul Kolnik
次に踊られた『モーツアルティアーナ(Morzartiana)』も有名な作品。音楽はチャイコフスキーがモーツアルトの短編曲のいくつかを編集してオーケストラ化したものだが、やはりチャイコフスキーらしい音楽になっている。バランシンが初めてこの曲に振付をしたのは1933年で、まだ振付を始めたばかりの頃だった。50年後、バランシンは再度この曲に向き合い、全く新しいバレエを作った。それがこの作品である。
Chase Finlay in George Balanchine's Mozartiana
Photo by Paul Kolnik
この作品は5つの場に別れている。最初の「祈り」はサラ・メアーンズ(Sara Mearns)が芯を取って、4人のSABの生徒たちを率いて踊った。メアーンズはとても良く、最初にブレーで舞台奥から前に出てくるだけで表情がある。動き一つ一つに感情がこもっている。身体の使い方が正しく美しい。メアーンズは昨年11月に英国のマシュー・ボーンの『赤い靴』に客演したが、その影響だろうか、踊りが変わったと思われた。ブレーで後ろに進んだり回転する様も思いが込められていてメッセージが伝わった。SABの子供たちもとても良かった。
2番目の「ジーグ」は黒い衣裳の男性のソロである。ロシアンダンス風味が込められたユーモラスにも感じる軽快なダンスだが、難しいジャンプも入る。トロイ・シューマチャー(Troy Schumacher)が踊った。
3番目は「メヌエット」で4人の女性による群舞だ。少しバラバラだと感じながら見ていると、アティチュードターンでダンサーの一人が転んで、観客をはっとさせた。バラバラに見えたのは、ダンサーたちの精神状態に乱れがあったのかもしれない。
4番目は「テーマとバリエーション」で、男女のデュエット。サラ・メアーンズとチェイス・フィンレイ(Chase Finlay)が踊った。少し儀式的な曲で、モーツアルトというよりはチャイコフスキー風だ。フィンレイは美しいラインで王子の様な立派な品格がある。パ・デ・シャを多く取り入れたソロを美しく優雅に踊った。ジャンプをテーマにしたヴァリエーションでは、複雑なジャンプ・コンビネーションをすっきりとこなし、最後に端正なツールで終えた。メアーンズはゆったりとした音楽の良い解釈を見せ、シンプルですっきりしたラインで踊った。この場はテクニックを見せる場なので、情緒よりテクニックに集中していて、強くするところと柔らかくするところをきちんと使い分けて踊った。これまでNYCBのダンサーがスター性を見せることはあまりなかったので、フィンレイがこれほどカリスマ性のある美しいダンサーとは気づかなかった。
最後の「フィナーレ」は、メアーンズとフィンレイを中心とした群舞で盛り上げた。特にメアーンズの端正なテクニックが印象的で、美しくまとめ上げた。
Sara Mearns in George Balanchine's Mozartiana Photo by Paul Kolnik
最後は『コルテージ・ホングロアス(ハンガリー風宮廷演舞)(Cortége Hongorois)』で幕を閉めた。この作品は、NYCBで20年以上プリンシパルを務めたメリッサ・ヘイドン(Melissa Hayden)が引退するときにバランシンが振付けたという。マリウス・プティパの名作の一つ『ライモンダ(Raymonda)』の曲(作曲:アレクサンダー・グラゾノフ/Alexander Glazounov)全編を使っている。
舞台は袖幕を全て金の紐で括って豪華さを表現。白と緑の華やかな民族衣装ダンサーたちが踊る。リードを踊ったユニティ・フェラン(Unity Phelan)とショーン・スォッズィ(Sean Suozzi)は威厳がある。そして女性はチュチュ、男性はタイツ姿のグループが現れ、こちらはテレサ・ライクレン(Teresa Reichlen)とラッセル・ジャンゼン(Russell Janzen)がリードした。
まずはバレエのグループの踊りで始まる。まるでクラシック・バレエの宴の様な場面で、参加者が華やかな踊りを披露する感じだ。憂いを込めた曲調になると、しっとりとした上品な踊りが展開した。民族衣装の人たちの踊りはロシア民舞の振付となっている。フェランは特に腕の使い方が美しくて、目を惹きつける。艶やかなキャラクター・ダンスとなった。その後踊られたライクレンとジャンゼンのパ・ド・ドゥでは、ライクレンの美しさが際立った。出てくるだけで光り輝いており、背が高いので、空中にリフトされると大きな花が宙にはじけたような迫力だ。線が長くて優雅で、ゆったりと見える。そして、するするとピルエットからプロムナードに移り、強いポアントワークを見せた。その後でライクレンが踊った『ライモンダ』のヴァリエーションは、プティパのオリジナルの振りに非常によく似ていると思われた。後ろ向きの流れるようなブレーが何度も連続し、途中から早くなって、小刻みなジャンプや回転が多くなる難しい振りだ。ライクレンは無難にこなした。
最後は両方のグループが再度一緒になって華やかに盛り上げた。欲を言えば、最後に全員で回転するところは、もう少し揃って欲しかった。しかし、ユニティ・フェランとテレサ・ライクレンの踊りをふんだんに楽しめたのはありがたかった。
(2018年2月10日夜 David H Koch Theater)
ワールドレポート/ニューヨーク
- [ライター]
- 三崎 恵里