巨大な木と布を使い、抽象的でありながらドラマティックで美しい作品、ジェシカ・ラングの『哀しみの聖母』

Lincoln Center's White Light Festival / Jessica Lang Dance
リンカーンセンター、ホワイト・ライト・フェスティバル / ジェシカ・ラング・ダンス

"Stabat mater" by Jessica Lang
『哀しみの聖母』 ジェシカ・ラング:振付

ニューヨークのリンカーンセンターの秋の祭典、ホワイト・ライト・フェスティバルで、ジェシカ・ラング(Jessica Lang)の『哀しみの聖母』がニューヨーク初演された。これは、聖歌「哀しみの聖母」(ジョヴァンニ・バティスタ・ペルゴレージ/Giovanni Battista Pergolesi作曲)に振付けたもので、歌詞に忠実に解釈を加えて振付けられた音楽の視覚化であった。この曲は全12場で約40分ほどのものであるため、ダンスの前にオーケストラ(スペランザ・スカプッチ/Speranza Scappucci指揮)によるモーツアルトの「Divertimento in F major, K.138」の演奏で幕開け、まずは音楽コンサートで観客をもてなした。

ポーズを置いて幕が開くと、紗幕の向こうに天井から斜めに薄く光がさすように見えた。音楽とともに照明が明るくなると、光と思えたのは実は巨大な木のセットであった。そしてその木の根元に頭からすっぽりと布を被った女性が立っている。聖母マリアだ。左からダンサーたちが入ってくるが、そのうち二人は同様の衣裳を着たシンガー(Andriana Chuchman/ソプラノ、Anthony Roth Costanzo/カウンターテナー)だ。二人が美しい声で歌い出すと、ダンサーたちが踊りだした。歌詞はラテン語であるため、舞台の上に設置されたデジタルボードに歌詞の英訳が映し出される。我が子イエスを失った母マリアの悲哀を込めた歌だ。大きな布が上から降りてきて、女性ダンサーたちが頭から被ると、古代イスラエルの女性たちを連想させる。そしてもう一本、舞台を横切るほどの大きな木のセットが上から降りてきて、既に斜めに降りている木とクロスすると、巨大な十字架を示唆した。イエスと思われる男性が木に取りすがるようにすると、女性たちが命乞いをするような、何かを求めるように踊り、シンガーも同様の振りを交えながら歌う。非常に音楽に重きを置いた制作で、歌の内容を克明に描いて悲しみと忍耐を表現している。ダンサーたちは感情をこめて踊っている。強いバレエテクニックに基づいたモダンダンスで、グラハムに似たドラマ性を持っている。

Photo by Kevin Yatarola

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木が大きく傾き、その下に居るマリアが押されるように傾くと、一人の男性が彼女の下に身を差し入れて支えるようにして床に伏せる。「彼女の苦しみをどうして見過ごせるか」という字幕が舞台の上を流れる。マリアが鞭打たれるイエスを見て苦しむ。倒れたイエスを労わりながら、息子の真実の強さに打たれる様が、マリアとイエスのデュエットによって表現される。非常に美しい。男女が入れ替わり立ち代わりイエスとマリアになって踊るが、例えこの曲のテーマを知らなくても確かに観客に作品のメッセージが伝わる。聖母マリアの痛みと強さ、そして愛の強さを訴える。見ているうちに、マーサ・グラハムが聖母マリアを描いた、『プリミティブ・ミステリー』という作品を思い出した。

Photo by Kevin Yatarola

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十字になった木をイエスが担がされ、その肩にかけられていた布が木にかけられて、その布が木と共に宙高く浮いて行くことで、イエスが十字架にかけられて処刑される様を表現。歌手たちが歌う「あなたと一緒に泣かせて、あなたの息子と一緒に苦しませて」という歌詞の英訳が上に流れる。愛の強さで苦しみを乗り越えようとする人々を描いて、ダンサーたちは力強く舞台を駆けたり跳び回ったりする。グラハムの振りを連想させる動きもあれば、女性の一人を宙高く放り上げたりして、精神の高揚を描く。木が大きく傾くと、木の上に乗るダンサーやシンガー。イエスの情熱を引き継いで、十字架を乗り越えるという意思の表現だ。これでもか、これでもかという苦難。

やがて明るい照明と曲想になり、快活なダンスとなる。それまでは示唆に留まっていた二本の木も、明らかに十字架の形になる。十字架からイエスがおろされ、その復活を祈る。横に降りた木のセットを教会のベンチのようにしてダンサーと歌手たちが横に並んで跪き、祈る。布を中央の女性が被り、マリアの痛みと悲しみを表現した。そしてベンチとなっていた木が上に上がっていくのを追うように手を差し伸べて見上げるダンサーたち。照明が明るくなって闊達に踊るダンサーたちの姿から、苦しくても立ち向かう誓いが伝わってきた。
ダンサーたちはいずれも美しいラインに強いテクニックを持っている。特にいくつかの場面で芯を取って踊る日本人の木村佳奈は非常に美しいダンサーだ。 ラングは非常に大胆なセットを使う作家で、今回は舞台を大きく十字に切るような巨大な木をテーマにしたセットと布を効果的に使っていた。また、作品は聖母マリアを描いてはいるが、思うようにならない現実に苦しむ人間を描くように思われた。もちろん聖歌の視覚化であるが、宗教の枠を乗り越えた、人々の苦難を乗り越える方法、普遍的な哲学を示唆しているようにも受け止められた。抽象的でありながらドラマチック、かつ美学に満ちた素晴らしい制作であった。
(2017年11月1日夜 Rose Theater)

Photo by Kevin Yatarola

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ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎 恵里

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