ミルピエ、スカーレット、ラトマンスキーの振付による4作品が上演された、ABT秋のニューヨーク公演

American Ballet Theatre, アメリカン・バレエ・シアター

"Souvenir d'un lieu cher" by Alexei Ratmansky, "Elegy Pas de Deux" by Liam Scarlett, "I Feel The Earth Move" "Daphnis and Chloe" by Benjamin Millepied.
『懐かしい土地の思い出』 アレクセイ・ラトマンスキー:振付、『エレジー・パ・ド・ドゥ』 リアム・スカーレット:振付、『大地が動くのを感じる』 『ダフニスとクロエ』 ベンジャミン・ミルピエ:振付

アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の秋のニューヨーク公演を見た。この時期はメトロポリタン・オペラ・ハウスでオペラが上演されるため、ニューヨーク・シティ・バレエの劇場、デーヴィッド・コッチ・シアターで小作品集を上演するのが通常となっている。そして、最近は特にバレエ団の花形ダンサーよりは、ソリスト以下の才能のお目見え公演の様な傾向も強くなっている。

この日の舞台を開けた『Souvenir d'un lieu cher (懐かしい土地の思い出)』は、ABTの専属振付家のアレクセイ・ラトマンスキーの作品。この作品は二組のカップルをテーマにしたもので、チャイコフスキーの"Souvenir d'un lieu cher"の「メディテーション(Meditation)」と「スケルツォ(Scherzo)」に振付けられたもので音楽の視覚化を目指した作品。
哀愁に満ちた「メディテーション」の曲では二組のカップルはそれぞれの人間模様を表現する。一組はうまく行っておらず、悩みながらも着かず離れずの関係。もう一組は苦悩しながらも良い関係を維持している。一組がいさかいを起こし、女性が相手を拒否して立ち去ろうとする。すると、もう一つのカップルの女性が残された男性に寄り添う。呆然とする彼女のパートナー。ほぼ舞台を去りかけていた最初の女性も、驚いてその二人を見る。新しいカップルをそれぞれのパートナーが割り切れない様子で見守って、「メディテーション」の場は終わる。そのまま音楽は「スケルツォ」に移り、出演している男女4人がそれぞれソロを踊ることから始まり、これはストーリー性の無い、完全な音楽の視覚化である。デヴォン・トゥッシャー(Devon Teuscher)とデーヴィッド・ホールバーグ(David Hallberg)、カッサンドラ・トレナリー(Cassandra Trenary)とタイラー・マロニー(Tyler Maloney)の4人で踊られた。特にホールバークとマロニーの男性陣の体の美しさが印象に残った。足のストレッチが効いていて、クリーンなラインと動きが抽象的な表現を助けた。約13分の作品だが、バイオリンのソロをテーマにしたチャイコフスキーの曲にイメージを得てちょっと振付けてみた、という感じの作品だ。

『Souvenir d'un lieu cher (懐かしい土地の思い出)』 Tyler Maloney, Cassandra Trenary and David Hallberg in Souvenir d'un lieu cher. Photo: Rosalie O'Connor.

『Souvenir d'un lieu cher (懐かしい土地の思い出)』
Tyler Maloney, Cassandra Trenary and David Hallberg in Souvenir d'un lieu cher. Photo: Rosalie O'Connor.

『エレジー・パ・ド・ドゥ (Elegy Pas de Deux)』 は、セルゲイ・ラフマニノフの"エレジー(Op.3 No.1)"にリアム・スカーレット(Liam Scarlett)が振付けたデュエット。ヒー・セオ(Hee Seo)とローマン・ザービン(Roman Zhurbin)が踊った。ザービンはがっちりとした男性で、セオをふわりとリフトして始まる。大きなリフトの連続で、困難なリフトのパートナリングで構成された踊りだ。白いショーツとタンクトップというごまかしの効かない衣裳のセオは、正確なテクニックで非常に美しい。ザービンも安定した技術で、しっかりかつ軽々とセオをサポートするが、負傷から復帰したばかりなのだろうか、やや太め見えたのは残念。一方セオは、高いエクステンションを交えた垢ぬけた演技で観客を満足させるものがあった。取り敢えず、見事にセオの引き立て役に徹したザービンの演技だったと言える。

『エレジー・パ・ド・ドゥ (Elegy Pas de Deux)』 Hee Seo and Roman Zhurbin in the Elegy Pas de Deux from With a Chance of Rain. Photo: Rosalie O'Connor.

『エレジー・パ・ド・ドゥ (Elegy Pas de Deux)』
Hee Seo and Roman Zhurbin in the Elegy Pas de Deux from With a Chance of Rain. Photo: Rosalie O'Connor.

この日の4演目のうち二つまでを占めたベンジャミン・ミルピエ(Benjamin Millepied)の最初の作品は、フィリップ・グラス(Philip Glass)の曲に振付けた『I feel the Earth Move (大地が動くのを感じる)』だった。作品は三つの場で構成され、最初は「振動(Tremor)」で、カッサンドラ・トレナリー(Cassandra Trenary)とブレイン・ホーヴェン(Blaine Hoven)のデュエットで始まる。
客電が点いたまま、いきなり男女ダンサーの一群が歩いて舞台を横切り、ホーヴェンがソロを踊る。コンテンポラリーのムーブメントだ。やがてトレナリーが加わりデュエットととなる。曲にはダイアローグが付いており、グラス独特のとりとめのないフレーズとダイアローグが続くが、トレナリーとホーヴェンは曲も振付も良く消化して踊った。2番目の場は「ビジョン(A Vison)」と名付けられており、トレナリーが女性の群舞に加わって踊り、女性たちが床に横に一列に座って波打つような動きをする。そして美しい抽象的な振りが展開する。多くの女性が塊になって踊るが、これはマグマの動きを表現しているのだろうか。バラバラに動いているようで統制が取れていて、ダンサーたちが楽しんでいるのが分かる。3番目は「動き始める(The Work Begins)」と名付けられ、男性のソロで始まる。力強いコンテンポラリー・バレエで、やがて3組の男女の踊りとなる。黒いトップとショーツで、伸び伸びと踊るダンサーたち。黒い群舞は溶岩だろうか? 良くリハーサルされており、美しい躍動的な踊りだ。構成はデュエット、トリオ、ソロと様々に変わるが、ダンサーたちそれぞれの特性を活かした振付になっているようにも見えた。最後に突然、ピカリと光って暗転して終わる。流れるようなエネルギーに満ちた、クールな作品であった。残念だったのは、出演予定だったダニール・シムキン(Daniil Simkin)が負傷のため出演せず、代役だったこと。抽象的でともすればダンサーの顔が見えなくなるコンテンポラリー・バレエだけに、スターの出演を楽しみに来る観客は多い。変更のメモを見てがっかりしたのは、私だけではなかったと思われる。

『I feel the Earth Move (大地が動くのを感じる)』 Scene from I Feel The Earth Move. Photo: Rosalie O'Connor.

『I feel the Earth Move (大地が動くのを感じる)』
Scene from I Feel The Earth Move. Photo: Rosalie O'Connor.

この日の最後を飾ったのは、やはりミルピエの『Daphnis and Chloe (ダフニスとクロエ)』だった。作品は舞台前面に降ろされた紗幕に照射される幾何学模様が長方形から菱形や正方形に、そして円になるなど、様々に形を変えることから始まる。そしてやはり幾何学模様の背景の前でダンスが展開する。しっかりとしたストーリーのあるバレエだが、ミルピエは敢えてストーリー性を抑えて振付けてある。ダフニスは山羊飼いに育てられた男の子、クロエは羊飼いに育てられた女の子だが、いずれも本来は高貴な家の出身だ。この若い二人が互いに惹かれ合うが、まだどうしていいかわからないのを他の大人が横恋慕したり、ダフニスには年上の女が性教育を行うなど、なかなか生臭い内容の物語なのだが、ミルピエの振付はそうした物語を具体的に語ろうとはしない。それが観客にどう伝わるかは、ステージングと主演ダンサー達の解釈と表現にかかってくると思われる。昨年、私は同じ作品を見たが、今年は全く違う印象を受けた。

『ダフニスとクロエ』 Isabella Boylston in Daphnis and Chloe. Photo: Marty Sohl.

『ダフニスとクロエ』
Isabella Boylston in Daphnis and Chloe. Photo: Marty Sohl.

今回のステージングはジャニー・テイラー(Janie Taylor)とセバスチャン・マルコヴィッチ(Sebastien Marcovici)が担当した。クロエをイザベラ・ボイルストン(Isabella Boylston)、ダフニスをジェームス・ホワイトサイド(James Whiteside)、ダフニスを誘惑して性の手ほどきをするライセニオンをスカイラー・ブラント(Skylar Brandt)、クロエに横恋慕するドルコンをブレイン・ホーヴェン(Blaine Hoven)、クロエをさらう海賊の首領ブリャクシスをアーロン・スコット(Arron Scott)が踊った。全体に非常に抽象的に作られているため、観客がこの物語を知らなければ、何が起こっているのかわからないのが本当のところだ。昨年に比べ、今年は非常に淡泊に演出されており、例えばダフニスがライセニオンに誘惑され、陥落してしまうところも、非常にあっさりと描かれている。ただ、クロエが海賊にさらわれ、首領のブリャクシスに手荒く扱われたり、海賊たちに囲まれてしまう場面だけは、さすがに緊張感があった。この場面のクライマックスで突然、海賊たちが倒れ、駆け付けたダフニスがクロエを救出するが、恐らく物語を知らない観客には何が起こったのか分からなかったと思われる。その後のクロエとダフニスが自然に結ばれるデュエットは、夜明けの様な照明の中、滑らかだがエネルギーを込めた振付で、晴れ晴れしいイメージだ。やっと夫婦になれた二人の間にしっとりとした充実感を感じさせた。ダンサーたちは非常に美しいが、今年の舞台では表現よりは振付を踊ることの方に焦点が置かれた感で、観客に伝わってくるものは非常に希薄なものであったと言わなければならない。昨年、物語を知らずにこの作品を見て、これは何を表現しているのだろうとリサーチした舞台の方がインパクトがあったと言えるだろう。芸術作品の在り方を思わず考えてしまった舞台でもあった。
(2017年10月28日夜 David H. Koch Theater)

ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎 恵里

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