抽象画を使ったニューヨークらしい美術と充実したダンサーたちによる見事なマーティンス版『白鳥の湖』

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

"Swan Lake" by Peter Martins (after Marius Petipa, Lev Ivanov and George Balancine)
『白鳥の湖』ピーター・マーティンス:振付(マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、ジョージ・バランシンに基づく)

9月19日から10月15日までニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の秋シーズン公演が開催されています。私は9月26日夜の『白鳥の湖』を観ました。
今季の『白鳥の湖』の振付はピーター・マーティンス(1996年初演)、全2幕で構成されています。オリジナル振付プティパ=イワノフ版に基づいてNYCBのジョージ・バランシンが振付けたものが1951年初演され、それを引き継いでピーター・マーティンスがさらに解釈を加えた振付です。
オデット/オディールはミーガン・フェアチャイルド(Megan Fairchild)、ジークフリード王子はゴンサロ・ガルシア(Gonzalo Garcia)、ロッドバルトはキャメロン・ディエック(Cameron Dieck)でした。

ミーガン・フェアチャイルド photo/Paul Kolnik

ミーガン・フェアチャイルド photo/Paul Kolnik

ゴンサロ・ガルシア photo/Paul Kolnik

ゴンサロ・ガルシア photo/Paul Kolnik

このNYCBのマーティンス版『白鳥の湖』は、衣装デザインと舞台美術デザインを、世界的な現代美術アーティストであるデンマーク人のペール・キルケビー(Per Kirkeby 1938年、コペンハーゲン)が手掛けています。ペール・キルケビーは、現代美術、抽象絵画、詩、小説、エッセイ、映画、演劇など様々な分野で活動し才能を発揮しています。
通常のクラシック・バレエの豪華絢爛な美術とは全く異なる、シンプルな抽象画の舞台背景。衣装デザインもシンプルで原色一色使いの現代的なものでした。舞台セットは舞台後方全体の広い面積を覆うものなので、客席から見ていると、まるで現代美術の抽象絵画の世界の中に入り込んでいるような、日常生活からかけ離れた別世界が広がりました。舞台後方には平らな大きなパネルに、スピード感のある数少ない力強い線で表現された、簡略化された大きな抽象絵画。宮殿の柱、ドアなど、宮殿の中の様子までも、とても簡単な太く少ない線でさっと描かれただけの簡素なもので、一見すると王子の宮殿の豪華さとは無縁なように見えますが、優れた抽象画の世界は観る側の想像力を引き立てる効果があり、照明の効果も加わってだんだん宮殿に見えてくるので不思議でした。森や湖の舞台背景も、同じタッチの簡素な太い少ない線でささっと描かれて表現されていました。

ゴンサロ・ガルシアとフェアチャイルド photo/Paul Kolnik

ゴンサロ・ガルシアとフェアチャイルド photo/Paul Kolnik

簡略化された抽象画の舞台背景に、ダンサーたちはそれぞれ原色一色(オレンジ、緑、青、白など)のシンプルな衣装がほとんどでしたので、ヴィヴィッドな衣装のダンサーたちだけが目立って背景から引き立ち、舞台から浮かび上がって見え、色使いの効果が表れていました。王子のジークフリードは全身が青の衣装で、一見、今までの王子らしくない衣装で背が、かえって新鮮に感じられました。ロッドバルトは表面が黒く内側がラメのオレンジ色の巨大なマントに身を包んでいて、衣装と仮面はオレンジ色なので、動いてマントをひるがえすたびに、鮮やかなオレンジ色がひらひらと見えます。黒とオレンジのコントラストが毒々しく、踊り以前に色使いだけで悪役を十分表現されていて感心しました。素晴らしいスパイスでした。色のマジックは画家ならでは表現だと思いました。
舞台セットは大きなパネルだけで数も少なく別シーンでも使いまわす仕組みでしたので、舞台転換がスムースに出来ていて、物語の展開とスピードに無駄が全くありませんでした。観客を待たせる時間が無かったので、物語と踊りに集中して観劇することができ、この点でもマーティンス版は現代的で新しい演出だと思いました。

ミーガン・フェアチャイルド、ゴンサロ・ガルシア photo/Paul Kolnik

ミーガン・フェアチャイルド、ゴンサロ・ガルシア photo/Paul Kolnik

ニューヨーク・シティ・バレエのオーケストラの演奏は、バレエ団のオーケストラの中では一番上手だと思います。素晴らしい生演奏の効果も際立って、劇的なチャイコフスキーの音楽と素晴らしい舞台セット、衣装デザインとダンサーたちの踊りが、相乗効果で最高の舞台芸術となっていました。
今回観て、NYCBのダンサーたち全員のレベルがアップしている、と感じました。プリンシパルはもちろんのこと、コール・ド・バレエまで全員の踊りが乱れず、見事にまとまっていて、細かい動きまですべてが丁寧でした。ダンサーたちは皆、身体の軸がびくともしません。NYCBのダンサーの働く環境が良く、日頃の練習に集中できている成果が上がっているのではないか、と感じました。

このマーティンス版の振付では、プリンシパルのオデット(フェアチャイルド)の踊りで、片足のポワントで立ってポーズをする静止時間が、以前よりも長くなっていると思いました。様々なポーズで静止しますが、アラベスク、アチチュードなど、じっと静止する時に、どのポーズもそれぞれ1秒ずつくらい長めに止まって見せる感じでした。作品全体を通じて最後までそうでした。タメのある動きと言葉では表現したらいいのか、今までよりも一際、すべての動作がとても丁寧でした。これは、マーティンスの演出、指導による成果なのか、またはフェアチャイルド自身の踊り方の丁寧さ、個性なのか。軸を静止して長くポーズを見せつつ踊るということは素晴らしいと思いました。オディールを踊る時は、さらに強く激しく性格を変えて表現し、メリハリをつけて演じ分けていました。回転も正確で丁寧で、拍手喝采で盛り上がりました。
何度もNYCBの『白鳥の湖』を見ていますが、今回の踊りが一番良かったと思います。マーティンス版のほうが、オリジナル版よりも踊りながら身体の向きを変えるところが多く、踊りの難易度が高いと思いました。クラシック・バレエは同じ演目、同じキャストが重なりがちですが、観る度にさらに新鮮な演出と踊りを表現しているNYCBの努力を垣間見た体験でした。

このマーティンス版では、最後は、オデットとジークフリードが愛で結びついて熱烈に踊っているとロッドバルトは倒れてしまい、姿が消えて地面には毒々しい色彩のマントだけが残っていました。そして朝日が昇ると、オデットは白鳥の群れと共に後ろ向きのままパ・ド・ブレで去っていってしまいました。ジークフリード王子は1人だけその場に残されて、天を仰いでひざを地面につけて嘆き悲しんでいるところで幕が閉じました。2人は自決はせず、別れてしまうという悲恋の演出でした。この幕の閉じ方は物語を盛り上げ、感動的でした。
(2017年9月26日夜 デビッド・H・コックシアター)

photo/Paul Kolnik

photo/Paul Kolnik

ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
ブルーシャ西村

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