楽しく華やかなチャイコフスキーの音楽によるパ・ド・ドゥ集、ABTの「チャイコフスキー・スペクタキュラー」

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター

"Tchaikovsky Spectacular" Mozartiana by George Balanchine, Tchaikovsky Pas de Deux by George Balanchine, The Nutcracker (Act II Pas de Deux) by Alexei Ratmansky, Aurora's Wedding by Marius Petipa, Bronislava Nijinska and Alexei Ratmansky.
「チャイコフスキー・スペクタキュラー」 『モーツアルティアーナ』 『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』 ジョージ・バランシン:振付、『くるみ割り人形』(第二幕パ・ド・ドゥ) アレクセイ・ラトマンスキー:振付、『オーロラの結婚』 マリウス・プティパ、ブロニスラワ・ニジンスカ、アレクセイ・ラトマンスキー:振付

アメリカン・バレエ・シアター最終週はチャイコフスキーの曲に振付けられたパ・ド・ドゥのショーケース、『チャイコフスキー・スペクタキュラー』であった。

『モーツアルティアーナ(Mortartiana)』はジョージ・バランシン(George Balanchine)の振付。5つの場面で構成される。
「祈り(Preghiera)」はクリスティーン・シェヴチェンコ(Christine Shevchenko)が4人のJKOスクールの少女を率いて踊った。首のラインが美しいシェヴチェンコは振付の解釈もデリケートで、感情を込めて繊細に踊った。物語はないが、物憂げな女性の心理が浮かび上がった。「ジグ(Gigue)」はイギリスやアイルランドの民族舞踊のスタイルの一つで、ダニール・シムキン(Daniil Simkin)が踊った。シムキンはきびきびとした動きを非常に安定したテクニックで踊ったが、バランシンの振付はジャンプ中心で、シムキンの良さが100パーセント表現しきれず、若干、物足りなさが残った。「メヌエット(Menuet)」は4人のコール・ド・バレエが踊った。バランシンの振付は音楽の視覚化に終始し、物語性を排除するものだが、ABTでは例えば歩くこと一つにしても、ダンサーたちが解釈を加えて、終始エレガントさを失わずに踊った。ストーリー・バレエを踊るカンパニーの素晴らしさがここにあった。「テーマとヴァリエーション(Theme et Variations)」は、クリスティーン・シェヴチェンコ(Christine Schevchenko)とデーヴィッド・ホールバーグ(David Hallberg)のデュエット。シェヴチェンコは最初の「祈り」とは別人のように華やかに現れ、素晴らしい存在感を見せた。エレガントな笑顔に、長い腕の使い方で、特に肩から上のラインが美しい。体中が音楽になっていて、高いセカンドエクステンションとアラベスク、強いピルエットなど素晴らしいテクニックを見せた。一方、ホールバーグも女性顔負けの非常に美しいラインで、バランシン独特の複雑な足技を中心とした難しい振りを見事にこなした。この二人のデュエットは常に会話があり、飽きがこない、しっとりとした踊りが楽しめた。振付のテーマに物語はないが、この二人が踊ると、それは「白鳥」であり、「シンデレラ」であり、「くるみ割り人形」だ。ダンサーの解釈でこれほどにも振付が違って見えるものかと感服した。何気ない顔の角度、ダンサー同士の眼差し、そして観客への語り掛け、、、。素晴らしいロマンティックなデュエットとなった。最後の「フィナーレ(Finale)」はJKOの生徒たちを含む全員で踊られた。この場面ではシムキンの素晴らしい回転も見られ、華やかかつエレガントな踊り上げとなった。

Christine Shevchenko and David Hallberg in Mozartiana. Photo: Gene Schiavone

Christine Shevchenko and David Hallberg in Mozartiana. Photo: Gene Schiavone

同じくバランシン振付の『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ(Tchaikovsky Pas de Deux)』は、コンクールでも良く踊られるおなじみの作品。ジリアン・マーフィー(Gillian Murphy)とジェームス・ホワイトサイド(James Whiteside)が踊った。一番最初、マーフィーにホワイトサイドが手を差し出すだけにも表情があり、作品をまず印象付ける。踊りとはこういう何気ないところで変わるものなのだ。マーフィーもわずかな顔の角度で表情が出る。強いテクニックを誇るマーフィーだが、このデュエットでは時々バランスが崩れ、ホワイトサイドがその度に押し戻すように調整しながら踊ったが、観客にはほとんど分からなかったと思われる。ホワイトサイドは安定したテクニックに加え、上体の使い方がエレガントで美しい。マーフィーのヴァリエーションは難しい振りを素晴らしい安定と余裕で踊り、振りを簡単に見せた。ホワイトサイドは手足が長くて見栄えがし、大きなジャンプが素晴らしい。「困難」の代名詞の様なこの作品を、この二人は実に簡単に見せ、会場の観客にスタンディング・オベージョンで迎え入れられた。

『くるみ割り人形(Nutcracker)』は、多くの振付ヴァージョンがあるが、ABTの場合はもちろん、アレクセイ・ラトマンスキーの振付だ。今回はヒー・セオ(Hee Seo)のクララとマルセロ・ゴメス(Marcelo Gomes)のくるみ割り王子でパ・ド・ドゥが踊られた。ABTの『くるみ割り人形』は通常アメリカ西海岸で公演されるため、ニューヨークではなかなか見ることができない。作品は舞台中央に立ったクララと王子に変身したくるみ割り人形がはっと相手に気づく場面から始まる。ゴメスは優雅で頼りになるプリンスで、セオを優しく包み込む様だ。可憐で華奢なクララのセオはゴメスにリフトされて、ふわりと宙に浮く。途中でセオの回転をサポートするゴメスのタイミングが一瞬ずれたが、セオは自身でサポートして踊り続け、テクニックの確かさを見せた。ある時点でクララが泣き出すが、くるみ割りの王子は優しくいたわり、ロマンティックなムードでうっとりさせた。くるみ割りの王子のヴァリエーションでゴメスは威厳あるべテランの味を見せた。クララのヴァリエーションは歩くだけで始まり、やがてエレガントで素敵な振付となる。セオは最後にいったん入った袖から茶目っ気たっぷりに顔だけを覗かせて観客の笑いを誘った。セオは可愛く美しく、ゴメスは余裕と味のある踊りで、幸せそうに踊る二人は素敵な組み合わせで、美しいパ・ド・ドゥである。

Hee Seo and Marcelo Gomes in The Nutcracker.  Photo: Gene Schiavone

Hee Seo and Marcelo Gomes in The Nutcracker.
Photo: Gene Schiavone

この日の最後は、『眠りの森の美女』の最終幕、「オーロラの結婚(Aurora's Wedding)」のパ・ド・ドゥで締めくくった。非常に残念なことに、この日デジレ王子を踊る予定だったエマン・コルネホ(Herman Cornejo)が負傷のため踊らず、代わりにジョセフ・ゴラック(Joseph Gorak)が踊った。オーロラを踊るカッサンドラ・トレナリー(Cassandra Trenary)のいつもの相手役だ。場面は宮廷の素晴らしいセットの中、国王と王妃の出現から始まった。国王夫妻は金の衣裳だが、その他の人々はオーロラとデジレも含めて、白と銀の衣裳を着け、白い鬘を被っている。結婚式に招待された妖精や演者たちが入場し、その中にはオーロラや城の人々に呪いをかけたカラボスも混じっている。
妖精たちによる踊りで華やかに宴会が始まる。猫のデュエットを踊った白猫のエリナ・ミッティネン(Elina Miettinen)はとてもセクシーで、美しいパ・デ・シャを見せて、なんともコケティッシュな白猫となった。「ブルーバード・パ・ド・ドゥ(Blue Bird Pas de Deux)」はフロライン王女をサラ・レーン(Sarah Lane)、青い鳥をゲイブ・ストーン・シェイアー(Gabe Stone Shayer)が踊った。レーンは比較的地味な踊り方だったが、正しい体の使い方で丁寧、見せるところはちゃんと見せる。一方、シェイアーのヴァリエーションでは、ジャンプは力強かったもののもっと鳥らしさが欲しいと思われた。複雑なジャンプ・コンビネーションはきちんとこなしたが、ピルエットはクペで行い、何となく物足りなく感じられた。このほか、赤ずきんと狼のデュエットも踊られた。
ABTの『眠れる森の美女』は、ラトマンスキーがオリジナルの復元を目指したこともあり、他のヴァージョンでは見られないキャラクターや設定がある。結婚式の祝いの踊りには東洋のキャラクターであるマンダリンと陶磁の王女たちのトリオや、3人のイワンのトリオ、青髭のカップルなどが含まれる。3人のイワンの中には、日本人ダンサーの隅谷健人(Kento Sumitani)が含まれていた。このダンスは強い回転とジャンプを織り込んだテンポの早いロシアンダンスだ。フィナーレで踊られたトレナリーとゴラックによる婚礼のパ・ド・ドゥは良い組み合わせであった。トレナリーは可愛く華奢なオーロラで、ゴラックは美しくエレガントなデジレ王子だ。二人の息がぴったり合い、丁寧なテクニックで美しく、表情のある踊りであった。ゴラックは柔軟な身体と美しいラインで踊り、ゆくゆくは立派なプリンシパルになると期待されるダンサーだが、あまりにも上品すぎて個性に欠ける面がある。やはりコルネホやゴメスの様な、臭みがあると言えるほどの強い個性が主役ダンサーには欲しいと思われた。ゴラックも主役を踊り進めるうちに、そうした個性を身に着けていくものと期待される。

今年の公演を通じて、全体にダンサーの腕の使い方が以前と比べて良くなっていることに気が付いた。これもラトマンスキーのリードの成果と思われた。
(2017年7月5日夜 Metropolitan Opera House)

ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎 恵里

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