偉大な作曲家、チャイコフスキーの人生と芸術を多彩な表現で描いた、エイフマン・バレエ

Eifman Ballet of St. Petersburg サンクトペテルブルグ・エイフマン・バレエ

"Tchaikovsky"by Boris Eifman 『チャイコフスキー』ボリス・エイフマン:振付

エイフマン・バレエのニューヨーク公演でもう一つ上演されたのは、『チャイコフスキー』であった。これは音楽で愛されてはいるが、その人生はあまり知られていない偉大な作曲家の生涯をバレエにしたものだ。

Photo:Евгений Матвеев

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舞台は死の床にあるチャイコフスキー(オレグ・ガビシェフ Oleg Gabyshev)の姿で始まる。苦しむ彼を家族が慰める。しかし彼は幻影に悩まされ続ける。マスクを被った女たちが踊り、その一人に杖で突かれる。突然、もう一人の自分(セルゲイ・ヴォロブエフSergey Volobuev)が現れる。二人のデュエットが続く中、一人の女性が現れ、素晴らしく美しいラインで踊る。これは彼の生涯に重要な影響を与えた存在と思われた。
場面が変わり、チャイコフスキーの人生の回顧となる。後ろに弧を描く橋が現れ、その前で傘を差した人々の群舞が展開する。後ろの橋をゆっくり歩く紫のドレスの女性の姿が現れる。チャイコフスキーの支援者となった、フォン・メック夫人(マリア・アバショワ Maria Abashova)だ。若いチャイコフスキーが走り出してきて、彼女とのデュエットとなる。その後、ピンクのドレスの女性が3人の男性と現れる。後に彼の妻となるアントニーナ・ミリュコワ(リュボフ・アンドレイワ Lyubov Andreyeva)で、美しいラインで取り巻きの男たちと踊る。そしてチャイコフスキーと出会う。彼女が男たちに空中でサポートされて消えたのをチャイコフスキーが追いかけようとすると、突然『白鳥の湖』のロットバルトが現れる。同じ衣裳を着た、異様な男たちが加わって群舞となる。自分の中の二面性に悩むチャイコフスキーの心理を、素晴らしいラインでガビシェフが踊る。
白鳥に扮したチュチュの女性たちが現れ、彼が白鳥に囲まれて踊っていると、美しいアントニーナがまた現れる。そして二人のデュエットとなる。この踊りは彼女が彼にとって大きな存在になることを予言している。彼が再び白鳥に囲まれているうちに彼女は消える。
今度はドロッセルマイヤーとくるみ割り人形やネズミの群れが現れる。『くるみ割り人形』を作曲したのだ。くるみ割り人形を持ってドロッセルマイヤーとデュエットを踊っていると、クララがネズミに囲まれ、くるみ割りの王子が現れて彼女を救う。この二人とチャイコフスキーを交えたトリオに更に白鳥が加わって、作曲三昧にあったチャイコフスキーの姿が描かれる。同時に、これはチャイコフスキー自身の二面性を意味しており、ロットバルトもドロッセルマイヤーも、もう一人の自分(ヴォロブエフ)だった。

Photo:Евгений Матвеев

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黒い紗幕の向こうにフォン・メック夫人に扮したアバショワが現れて踊る。モダンダンスを交えたような一つ一つの動きが非常に大きく、表現が良く分かる。フォン・メック夫人がチャイコフスキーに指揮棒を渡し、彼が指揮棒を振ると、上半身裸に黒いロングスカートの衣裳の男性の群舞が踊り出す。それにパステルカラーのドレスの女性たちが加わって、群舞が展開する中で、頭を抱えるチャイコフスキーの姿があった。そこにアントニーナが現れ、何かを請うような動きをする。彼女にすっかり魅せられたチャイコフスキーは、だんだん彼女の言いなりになる。それを、少し距離を置いて、もう一人の自分が見ている。そして二人のチャイコフスキーと彼女とのトリオとなる。妻を持つことに対して、彼の中で二つの見方があったのかもしれない。
自分自身との葛藤に苦しむチャイコフスキーの心理が、豊かな表現力と端正なテクニックで、ガビシェフとヴォロブエフのデュエットで表現される。うまい演出だ。場面は舞踏会となり、黒いドレスとタキシードの人々の群舞が繰り広げられる。フォン・メック夫人に扮するアバショワの放り投げるようなダイナミックなソロがあり、チャイコフスキーは人々に喝采される。仕事が認められたのだろう。アントニーナが歓喜して二人のデュエットとなる。その後ろでフォン・メック夫人が踊っているのは、常に彼女の支援があっての成功だったのだろう。結局、彼は人々に囲まれ、指されながら拍手を受けて、アントニーナと結婚する。しかし浮かない表情のチャイコフスキーには望んだ結婚ではなかったのだろう。やがて妻は白い布でチャイコフスキーの首を繋ぐようにして、彼と踊る。それから逃げようとするチャイコフスキー。

場面は変わり、フォン・メック夫人がチャイコフスキーからの手紙を読んで興奮した様に踊る。そして返事を書く。チャイコフスキーが『オネーギン』の構想を書き送ったのだ。チャイコフスキーがスポットの中で夫人からの返事を読む後ろで『オネーギン』の踊りが展開する。そして舞台ではオネーギンになったもう一人の自分とタチアナが踊る。チャイコフスキーが読んでいるフォン・メック夫人の手紙をもう一人の自分(オネーギン)が破り去る(バレエの中ではタチアナがオネーギンに書いたラブレター)。レンスキーとオルガとオネーギンのトリオになり、もう一人の自分はレンスキーに殴られる。それを見てチャイコフスキーは苦しみ、泣く。そして彼は曲を完成させる。すると、ティアラを着けた女が現れて、チャイコフスキーの手にある楽譜を見る。オネーギンにかつて傷つけられ、今は公爵夫人として美しく成熟したタチアナだ。二人のチャイコフスキーがユニゾンで踊り、もう一人の自分はタチアナと踊る。そして言い寄って退けられる。フォン・メリック夫人はチャイコフスキーに多くの札束を振りかけて去る。チャイコフスキー金を拾い、笑い出す。 しかし、作曲に没頭する夫に妻は満たされず、男たちと戯れる。そこに現れたチャイコフスキーは妻に金を渡す。別れを希望するチャイコフスキーに妻は激しく抵抗する。この場面のアンドレイワの動きは、素晴らしくダイナミックで美しく、腐れ縁のような二人の関係を良く表現した。妻を殺しそうになり、チャイコフスキーは逃げ出す。
金を手にし、妻とも別れられないチャイコフスキーはギャンブルに走ったのだろうか? 舞台の上で大きな楕円のテーブルを斜めにして、トランプ賭博が上手に表現される。ジョーカーが出てくる。『スペードの女王』だ。テーブルの上のハーマン(もう一人のチャイコフスキー)がテーブルを転げ落ちる。そして杖を持つ黒いヴェールの女性とダイナミックなデュエットを踊る。テーブルを囲む男たちの衣裳がトランプになる。公爵夫人と思われる黒いヴェールの女性が力強い踊りを見せて、パワフルな場面となる。

Photo:Евгений Матвеев

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場面は一番最初に戻り、病衣のチャイコフスキーが見事なジャンプを交えながら美しいラインで踊る。白鳥の幻影が現れ、白い布にくるまれた女が現れて、チャイコフスキーを布で羽交い絞めにする。これは彼を苦しめた妻だろう。布でチャイコフスキーを殴る様にして、笑って消える。もう一人の自分との闘いの様なデュエットがあり、フォン・メック夫人が現れる。夫人が手を差し出そうとした途端、チャイコフスキーは発作を起こしたように痙攣する。後ろの幕が開き、衣装を脱いでサポーターだけになり、同じ姿のもう一人の自分と共に白鳥の中で踊る。そして白鳥に囲まれて、もう一人の自分が消えると、テーブルの上の彼の遺体が黒い布で覆われる。
尚、このバレエの中での作曲の順番は実際に創作された順番とは違っており、この製作で使われた曲も実際にオペラやバレエに使われたものではないが、チャイコフスキーの曲を使用している。このバレエに限らず、エイフマンの振付は、ふわりとしたスムーズなリフトが特徴で、ダンサーは宙を見ながらパートナリングを行う。そのため、見ている方にはリフトが来るとは思えないので、アッと思う意外感がある。ダンサーは全員、非常に強い技量を持ち、良くリハーサルされて、困難なテクニックを簡単かつスムーズに見せる。また、いずれの作品もエイフマンの演出は実に素晴らしかった。アメリカには大げさな表現を毛嫌いする傾向があり、そういう意味でロシアバレエは過剰表現と感じられることもある様だが、私には豊かな、素晴らしい芸術と思われた。
(2017年6月4日午後 New York City Center)

Photo:Евгений Матвеев

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ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎恵里

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