映画『ブラック・スワン』でポートマンとダブルで踊ったサラ・レーンとコルネホの素晴らしい『ジゼル』
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掲載
American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター
"Giselle" by Jean Coralli, Jules Perrot and Marius Petipa
『ジゼル』 ジャン・コラーリ、ジュールス・ペロー、マリウス・プティパ;振付
ABTのジゼルを違うキャストで見た。先日『ドン・キホーテ』の本番中に負傷して、一番の見せ場を飾れなかったエルマン・コルネホ(Herman Cornejo)のアルブレヒトに、本来はマリア・コシェトコワのジゼルの筈だったが、今度はコシェトコワの負傷のため、ソリストのサラ・レーン(Sarah Lane)が代役で踊った。レーンに関しては、映画『ブラック・スワン』の主役を演じたナタリー・ポートマンのバレエのダブルを務めたが、この映画が主演女優賞を含む5部門でアカデミー賞を獲得したにもかかわらず、彼女の名前は全く言及されず、自らマスコミに名乗り出たという、まだ耳新しいエピソードがある。ある意味違うところで名声を得てしまったレーンだが、ABTのソリストになるからには、それだけの実力を持っているはず、と期待された。
Sarah Lane in Giselle. Photo: Erin Baiano.
コルネホのアルブレヒトは威厳と貫禄があり、セクシーだ。一方、レーンのジゼルは可憐で存在感がある。第一幕では、二人のベンチでの演技も明確に伝わり、どんどんロマンチックなムードが高まって観客をぐいぐい引き込んだ。既に著名なダンサーが踊る映像がYouTubeで公開され、知り尽くされているこの場面のジョークに、観客はうきうきと笑い崩れて、まさに愛されているバレエである。コルネホは非常にロマンチックで、何気ない踊りの繋ぎの随所でセクシーさを見せる。二人がうっとりと腕を組んで踊る場面は、後に来るジゼルの狂乱への良い土台となった。収穫祭でのレーンのソロは、上体がリラックスした見事なポイントでのスキッターの後は、華やかなピケターンでまとめ、ブラボーが飛んだ。
ペザント・パ・ド・ドゥは、カッサンドラ・トレナリー(Cassandra Trenary)とゲイブ・ストーン・シェイアー(Gabe Stone Shayer)が踊ったが、トレナリーは可愛いらしく正確なテクニックで無難な踊りで、シェイアーはジャンプが非常に大きく、リスクをかけた演技に拍手が上がった。二人ともほぼ完璧に、そして華やかに踊りあげた。
ヒラリオンを演じたクレイグ・ソルスタイン(Craig Salstein)の演技も全体を通じて非常に明確で、考えていることが台詞を聞くように伝わってくる。ジゼルの狂乱のシーンでは、非常に迫力のあるマイムでアルブレヒトを攻撃し、それに対して怒りを爆発させるコルネホの演技も凄みがあった。さらにヒラリオンがほら貝を吹いて貴族を呼び戻すと、コルネホは混乱する様子のアルブレヒトを良く演じ、婚約者の前で取り繕う男のずるさも表現、ジゼルの手前、恰好が着かず、混乱する男の表情が良く表れた。ジゼルの狂乱の場では、レーンはフォームを崩して苦し気に踊り、花を千切るマイムをしながら顔を覆うなど、観客の涙を誘った。
Scene from in Giselle. Photo: Gene Schiavone.
第二幕では、さらにそれぞれのアーティストの独自の解釈が随所に見られた。
まずは、クリスティーン・シェヴチェンコ(Christine Shevchenko)のミルタが凛とした存在感を持って登場した。スムーズなプロムナード、速いブレーの回転など、なかなかエネルギッシュなミルタで、風に乗って飛ぶようだ。今回も良く揃ったコール・ドの整然とした群舞に何度も拍手が起こったが、他の観客からもこれほど揃っているABTのコール・ドの群舞は初めてという声が聞かれ、カンパニーの新しい方針と思われる。シェヴチェンコのミルタは、ウィリーたちを文字通り制するような、きりっとした威厳があり、しかも冷たく激しい感情の持ち主というキャラクターを描いた。なお、ミルタに従う上級ウィリーの一人として、小川華歩(Kaho Ogawa)がモイラ役でデビュー、静かで長く細い線が美しいソロを踊った。
レーンのジゼルの霊が出現した時の高速逆アティチュード・ターンは、力んだのか音楽が速すぎたのか、踊りながら位置が大きくずれたものの無難に収め、少しオーケストラの音楽が遅くなったこともあり、無事にヴァリエーションをまとめた。アルブレヒトが現れた後も、レーンの視点はぼんやりと常に少し外れていて、意識が別世界にある様な演技で素晴らしい。コルネホのアルブレヒトは墓より後ろの方に花を置いて、他のダンサーとは少し角度を変え(こうした方がアルブレヒトの顔が見える)泣き崩れる様、そこに現れたジゼルの霊にこれは夢かと戸惑う様子を表現した。
Kaho Ogawa's headshot.
Photo by Rosalie O'Connor.
Christine Shevchenko in Giselle. Photo: Erin Baiano.
ウィリーたちがアルブレヒトを殺そうとする場面でジゼルが彼を庇うと、シェブチェンコのミルタは怒りを露にするような少々感情を交えた踊りになる。ここでのジゼルのソロは脚の筋力を要求するものだが、レーンは難なくこなして、それに続くコルネホとのデュエットで美しいラインを作りながら、しっとりと踊りあげた。しかし、綿毛のようなジャンプのコンビネーションでは少々息切れしたかに見えた。コルネホのソロは、大きなふわりとしたジャンプ、安定した強いピルエットの最後はアティチュードになって終えるなど、クリーンに仕上げて床に倒れた。本当に幽霊の様なレーンは、捧げた花をミルタに拒否されると、泣きながら踊るジゼルの霊を表現。そして、アルブレヒトに立ち上がる様に促す。コルネホは冷たいミルタに向かって、空中を飛ぶかのようなアントルシャ・シスのブリゼで進み(これはミハイル・バリシニコフが「ジゼル」で見せたテクニック)、大きく空中に身を投げるようなジャンプをして、ついに倒れる。そのアルブレヒトの息の根を止めようとするミルタの意図がはっきりと見て取れた時、夜明けの鐘が鳴る。あっという間に消えるウィリーたち。そして、アルブレヒトを助け起こしたジゼルは彼の手を取って愛を誓い、花一輪を渡して消える。コルネホはそれを持ったまま倒れ伏し、しばらくして起き上がる。それはまるで夢から覚めたようなイメージで、「アルブレヒトはずっと夢を見ていたの?」と思わず観客に思わせた。そうすることで、アルブレヒトが呆然と歩いて終わる最後が非常に自然に見えた。
それぞれのアーティストの芸術性と解釈が最大限に活かされ、一度はアーティストとしてのクレジットを無視されたかの様な扱いを受けたサラ・レーンの見事な主役デビューとなった。そしてこの舞台に、観客から惜しみない祝福の拍手が送られた。
(2017年5月31日夜 Metropolitan Opera House)
Herman Cornejo in Giselle. Photo: Gene Schiavone.
ワールドレポート/ニューヨーク
- [ライター]
- 三崎恵里