ジュリエットを踊ったロカスとマキューシオの新井誉久が喝采を浴びた、1930年代を背景とした『ロミオとジュリエット』

The Joffrey Ballet ジョフリー・バレエ団

"Romeo and Juliet"  by Krzysztof Pastor
『ロメオとジュリエット』 クリストフ・パストール:振付

創立者、ロバート・ジョフリーの死後、経営難のためにニューヨークからシカゴに移動したジョフリー・バレエが、移転後20年にして初めてニューヨーク公演を行った。いきなり、リンカーン・センターの、いつもはNYCBやABTが公演しているDavid H. Koch シアターでの再デビューだったが、移転した時とは数段高いレベルの、まさに不死鳥を思わせる見事なカムバックであった。

『ロミオとジュリエット』の舞台は、1930年代のイタリアの街の様子のビデオ照射で始まる。行き交う人々の後ろにはコンクリートのビルが見える。近代の衣裳を着たダンサーがその前に立っている。おなじみのプロコフィエフの『ロメオとジュリエット』の曲でマキューシオ(Yoshihisa Arai/新井誉久)とべンヴォリーノ(Alverto Velazquez)が人々と交わる風景でスタートする。

Joffrey Ballet  Photo by Cheryl Mann

Joffrey Ballet Photo by Cheryl Mann

世界大戦を背景にした世相で、ジュリエット側のキャピレット家の人々は軍隊の様な黒い制服姿で、周囲を威圧するように出現。ロメオ(ローリー・ホーヘンスタイン/Rory Hohenstein)も現れ、強いテクニックで存在を示す。 衣裳や時代設定は違うものの、ストーリーはシェイクスピアの原作に忠実で、クラシック・バレエの『ロメオとジュリエット』と展開は全体を通じて同じだ。左右に分かれて争いの場面となり、ローレンス修道士(Dylan Gutierrez)が間に入って収まる時に全員が倒れ、その向こうにジュリエット(クリスティーン・ロカス/Christine Rocas)が立っている。衣裳は非常にシンプルなワンピースで、一見質素な普通の女性に見える。彼女が倒れた人々の間を歩く間、後ろの画面は戦争で崩壊した街並みが照射される。

ジュリエットにサスが当たって場面転換、ジュリエットの部屋となる。このヴァージョンでは乳母は登場せず、ジュリエットの友人たちがその役割を演じる。この日はジュリエットの社交界へのデビューの日。母親(April Daly)が現れ、用意をしてパーティーの場面となる。ロメオたち3人組が忍び込んでくるが、ジュリエットの友人たちと知り合いという設定で、仮面舞踏会ではなく、顔も隠していないが、つまみ出される様子もない。そして巡り合うジュリエットとロメオ。即座に二人が惹かれ合う様子に、介入しようとするティボルトにマキューシオが挑む。ロメオとジュリエットの最初の美しいデュエットは、おじおじと相手を探りながら近づく様子から、すぐに打ち解け、惹かれ合う様子が良く表現された。二人はキャピュレットの家族に引き離され、3人の若者は追い出される。

The Joffrey Ballet's Christine Rocas in Romeo & Juliet. Photo by Cheryl Mann

The Joffrey Ballet's Christine Rocas in Romeo & Juliet.
Photo by Cheryl Mann

ジュリエットが後ろのセットに乗るとそのまま上に上がり、バルコニーの場面となる。バルコニーのジュリエットと下に居るロメオが同じ振りを踊るのは特別のアレンジだ。セットが降りてジュリエットが舞台に出て来て見せ場のデュエットとなるが、振付は独自のものだ。セットの向こうでは終始人影を配置して、近代の街を表現している。幸せそうな二人ののびのびとした、甘く美しいデュエットは、近代の若者の恋となっている。抱き合い、キスをする二人は、いつの間にか町中で人々の中に埋もれている。

第二幕は近代の街並みを自転車で行き交う人々の映像が照射されて、人ごみに混じるロメオたち3人組が、非常にクリーンでシャープなダンスを見せるところから始まる。キャピュレットの人々と共にジュリエットが出てくるが、二人は話もできない。3人を含めた町の人々の踊りの中、ローレンス修道士が現れる。友人に耳打ちすると消えるジュリエット。ジュリエットの友人たちはロメオと踊り、ジュリエットからの伝言を伝える表現をする。ジュリエットの友人たちにローレンス修道士の元に導かれたロメオは修道士と踊る。そこにジュリエットが現れ、抱き合う二人を修道士は祝福して、二人は結婚する。

再び街中となり、マキューシオがリードして華やかな群舞が展開する。ロメオとジュリエットも混じって踊るが、現れたキャピュレット家の人々はジュリエットを連れ去る。ティボルトをからかうマキューシオをなだめ、握手をしようとするロメオにティボルトは乱暴したり屈辱的な態度して、マキューシオを怒らせて喧嘩となり、キャピレット(Fabrice Calmels)に渡されたナイフでディボルトに刺殺されてしまう。それを見たロメオの怒りが爆発し、同じナイフでティボルトを殺してしまう。キャピュレットはナイフを渡したことを後悔、妻はそんな夫を叩いて嘆き悲しむ。背後には戦争で傷ついた人々の救済活動を見せる映像が照射される。そして呆然と歩き去るジュリエット。

ジュリエットの部屋となり、ベッドの上の二人は夫婦になったことを表現するデュエットを踊る。夫婦の会話と分かる踊りだ。二人とも清潔な美しさがあり、難しいリフトがするすると行われる。自分の罪を悔やむロメオ。追放を言い渡されたロメオは夜が明ける前に去らなければならない。ジュリエットに別れを告げ、一旦去ったロメオが、また戻ってくる。しかし、横になっているジュリエットを見て、そのまま去る。しかし、ジュリエットはすぐに起き上がってソロを踊る。ここで些細でありながら、既に行き違いを見せているのは面白い演出だ。

The Joffrey Ballet's Christine Rocas & Rory Hohenstein in Romeo & Juliet  Photo by Cheryl Mann.

The Joffrey Ballet's Christine Rocas & Rory Hohenstein in Romeo & Juliet Photo by Cheryl Mann.

両親が男たちを同伴して入ってきて、ジュリエットに夫を選ぶように言う。ジュリエットは深い悲しみを表現して踊る。その様子を見た男たちのほとんどが去り、最後に残ったパリス(Graham Maerick)とデュエットとなる。悲哀に満ちた表情豊かな踊りだ。母親とデュエットを踊って理解を求めるジュリエットは反抗しながらも、母に助けを求めている。説得できない母は修道士を連れてくる。母親は修道士にジュリエットの説得を依頼するが、ジュリエットと話すうちに死ぬかもしれないと察した修道士は仮死状態を招く薬を渡す。この場面はマイムだけに頼らず、きちんとした踊りで表現された。迷わず、すぐに飲むジュリエット。死んでいる彼女を発見して、両親らは驚愕する。人々の最後に続いた修道士は、ジュリエットの様子を見て去る。後ろ向きの修道士とすれ違うようにしてロメオが現れる。ジュリエットを見て嘆き悲しむロメオは命がないジュリエットの身体とデュエットを踊る。そして、自分のカバンからナイフを出して自分を刺してジュリエットの上に倒れる。目が覚めたジュリエットは必死でロメオを起こそうとするがロメオは絶命している。悲嘆にくれるジュリエットはロメオの手にナイフを持たせて自分を刺して息絶える。人々が現れ、それぞれの遺体を抱えて別々の方向へ去る。そこに両家の仲直りは見えなかった。

The Joffrey Ballet in Romeo & Juliet. Photo by Cheryl Mann

The Joffrey Ballet in Romeo & Juliet. Photo by Cheryl Mann

現芸術監督のアシュリー・ウェター(Ashley Wheater)はスコットランド生まれのイギリス育ち。ロイヤル・バレエ・スクールでトレーニングを受けた。ロイヤル・バレエでキャリアをスタートし、ロンドン・フェスティバル・バレエ、オーストラリア・バレエ、ジョフリー・バレエ、サンフランシスコ・バレエで踊った後、サンフランシスコ・バレエの副芸術監督を経て、2007年、ジョフリー・バレエの芸術監督に就任した。以来、目覚ましい変化をカンパニーに与えてきたという。そうしたプロフィールを裏付けるかのように、カンパニー全体が非常に高いテクニックと表現のレベルを維持している。ジョフリー・バレエ自体は本来アメリカ生まれのカンパニーだが、今やその内容はヨーロッパ風味と言える。

今回、非常に印象に残った二人のダンサーが居た。一人は紛れもなく、ジュリエットを踊ったロカスであった。フィリピン出身の彼女は、際立って容姿が優れているという風には見えず、質素でともすればその他大勢に紛れ込み勝ちなのだが、踊り始めると目を見張るほど、身体のラインが長く美しい。手足の使い方が非常に長く、美しいターンをする。作品が終わってみると、非常に美しいダンサーという印象が強く残った。これも優れたテクニックのうちと思われた。

もう一人はマキューシオを踊った新井誉久。日本人の弱点は表現力にあり、特に古典では演技力豊かな海外のダンサーの中では存在感の弱さが目に着くことが多いが、新井の場合は素晴らしい演技力で舞台を圧倒した。時折、コミカルだったり、やり過ぎて相手を怒らせるマキューシオというキャラクター、そして悔しそうに死ぬマキューシオを見事に表現した。最後のカーテンコールでは、一番大きな歓声を浴びたと言っても言い過ぎではない。素晴らしい存在感であった。

全体に非常にレベルが高く、演出、テクニック、演技のみならず、非常にミニマリズムでありながら豪華さがあるセットなど、優れた要素の多い舞台であった。今後の公演が楽しみだ。
(2017年3月29日夜 David H. Koch Theater)

The Joffrey Ballet's Yoshihisa Arai, Rory Hohenstein and Alberto Velazquez  in Romeo & Juliet. Photo by Cheryl Mann

The Joffrey Ballet's Yoshihisa Arai, Rory Hohenstein and Alberto Velazquez
in Romeo & Juliet. Photo by Cheryl Mann

ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎恵里

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